第六十四話
「シャル兄!いる!?」
工場の扉を開け、ユラは息を切らしながら大声で呼んだ。
シャルは軍手をつけ倉庫から工場に広げられた品物を額から汗を流しながら箱に詰めている最中だった。
倉庫にある在庫の殆どを箱詰めする必要があり、昼間からずっとやっているのだが日も沈み、夕食の時間をとうに過ぎた今もまだまだ終わりそうにない。
「あ、いた!シャル兄、ルイさん見てない?」
「見てないけど……どうかした?」
シャルは手を止め、額の汗をシャツで拭って問う。
「それが、夕飯の時間になっても戻ってこなくて……」
「今日は祭りみたいなもんだし、その辺ぶらついてるんじゃ?」
「そう思ってみんなに聞いて回ったんだけど、競りのお昼休憩から見てないって。夕飯には戻る約束なのに……」
その言葉にシャルは訝る様に眉根を寄せた。
「……は?」
「だから!ルイさんの目撃情報が昼頃に魚人族の女王様と話してたのが最後なんだってば!どこにも居ないの!」
「迷い子の守りは?」
その言葉にユラは悔しそうにギリ、と下唇を噛んだ。
「……今、セフィ姉さまが追ってくれてる」
シャルはその姿を見て数秒考えを巡らせると、倉庫の扉を開く。
「ちょっと行ってくる」
そう大きな声で言うと、その中から「おうー」というシドとバリューの声が帰ってきた。
ソレを確認すると軍手を取って積まれてある箱の上に置くと、ユラの頭をポンポンと優しく叩く。
「大丈夫だから」
その言葉にユラはこくんと頷く。
それを見てシャルも頷き、ユラを連れて工場を出た。
フォレスティは普段とは様変わりし、まるで昼のように明るい。
あちらこちらから笑い声が絶えず、また料理や酒のにおいが漂ってきている。
シャルは一直線にフォレスティの長の家に向かう。
迷い子を追う為に必要な道具はそこにしかないからだ。
「シャル!丁度良かった!」
もう少しで着くという所で、セフィリアが焦ったように駆け寄ってきた。
「丁度呼びに行こうとしてたところだ。お前の力を少し借りたい」
シャルはただならぬ雰囲気を感じ頷くと、走って長の家へと向かった。
それを追おうとしたユラは、セフィリアに腕を掴まれ止められる。
「お前は帰りなさい」
「何で?」
諭すように言われ、ユラは信じられないと声をあげた。
セフィリアはただ静かに首を横に振る。
「お前が行って何ができる?邪魔になるだけだ。わかるだろ?」
その言葉にユラはセフィリアを睨みつけた。
「……私が魔法を使えないから?」
「そうだ」
「でも!」
「でもじゃない。自分の能力位わかれ」
「分かってるわ!分かっているからグレイス校に通ってるんじゃない!」
ユラは人間でありながら『魔法が一切使えない』という体質である。
同じ血を持つエトラ、セフィリア、エドガー、ユラの姉弟の中で唯一魔法が使えない、巨人族の血を色濃く継いでいるからだ。
幼い頃ソレを知った時、ユラは本当に手が付けられないほど暴れまわった。
今は落ち着き、新たな夢の為に進んでいても、『人間が魔法を使えない』という事はどこに行ってもついて回り、弊害になることも多い。
そして、今ここでもそれが弊害になっている。
『迷い子の探索』という魔法の手助けが一切できないどころか、『魔法が使えないのに、纏う元素が膨大』という巨人族の性質が魔法の邪魔になる。
……そんな事、分かっている。
ユラは唇を噛みしめた。
それを見てセフィリアは大きくため息をつく。
「今は待て。じきに知らせが来る」
ユラがナニカできるとするならば、それ以降にしかない。
シャルが長の家の扉をノックしようとした時、キイと扉が開いた。
手をあげたままという間抜けな格好で、シャルは扉を開けた主と顔を合わせた。
「来たか」
フォレスティの長はそう言うとシャルに奥に進むよう促した。
シャルは腕を下ろすとそれに従い家の中に入っていき、突き当りの扉を開く。
その部屋はとても薄暗い。
床には魔法陣の描かれた深緑の絨毯が敷かれ、その上には地図が広げられている。
そしてその地図の上には、橙色の玉が一つ置かれている。
ババは上座に座り、ランタンの灯りでゆらゆらと照らされながら、ただ、その玉を見つめていた。
「セフィリアも、わしも、フォレスティの長も皆同じ結果が出たの。あまり信じたくはないがの。お前も試してみてくれんかの」
シャルは頷くと地図と玉の前に座る。
胡坐を組んで一度、ふう、と息を吐き媒介を発動させた。
そして目を閉じる。
思い浮かべるのはルイの姿。
「迷いの森、迷いの子、迷いの魂、迷いの身」
思い浮かべるルイの姿は、どれも一生懸命で笑顔だった。
「引き合い、繋げ、元素の糸。迷う主を見つけ出せ」
橙の玉が淡く光りだし、玉の中では気泡のようなものが揺らいでいる。
「転がり、示せ。迷う主のその場所を。色を変え、示せ。迷う主の生き死にを」
そう唱えると、橙の玉は地図の上をコロコロと転がり、一点で止まる。
そしてその玉は転がりながら白へと色を変えた。
それを見てシャルは眉根を寄せる。
「……同じだな」
シャルの背後でフォレスティの長は呟いた。
「命は今の所大丈夫のようじゃがの……やはり場所が悪いのぅ」
ババはそう言いながらため息をついてその玉を見ていた。
暫くそうしていると、ババはまたため息をつき意を決したかのように口を開けた。
「……ラルラを覚えておるかの?」
その言葉にシャルは一瞬眉根を寄せたが、一人の人物を思い出し頷いた。
獣人族の狐の耳と9つの尻尾をもつ女性で、魔力も高く次期女王と言われている女性だ。
ババは裾から紫色の玉を取りだし、それに手をかざすと橙の玉と同じく白く光りながら転がった。
「ラルラは半年前に子を亡くしての。ふさぎ込んでおったから気分転換にと今回荷運び役を任せておっての。通り道に命の樹の跡もあるし、それで気が済むのなら祈りを捧げるにはいいと思っての。そして今、荷はあるがラルラの姿が見えぬの。昼間ブツブツと『苗』だの『贄』だの呟いてふらふらしていたのを見たという者がいての」
その玉はこつんと音をたてて止まった。
橙の玉にぶつかる音だ。
「……これは、ただの偶然かのぉ」
二つの玉は揃って地図の上にあった。
フォレスティを囲う赤く書かれた線を越えた先、森の奥の崖近くに寄り添うように。




