第六十二話
61話で少し変更点があります。
詳しくは活動報告に記載してあります。
どうぞよろしくお願いします。
種族の長達は教会の礼拝堂に集まった。
礼拝堂の扉は巨人族の長が狭いが何とか通れる程度には大きさで、中にはいっても天井も高い。
備え付けの椅子たちはからくりで床に収納されおり、その上には円卓とティーセットが用意されていた。
勿論巨人族が使うには小さすぎ、その食器を扱う姿は御飯事の様に見えるのだが。
魚人族の女王は相変わらずタライの中で、どこからか出した手鏡を見ながら身なりを整えている。
と言っても、彼女は透けるほどに薄い紫の布を胸と腰に巻き付けているだけでなので整えるも何もないのだが。
「さて、始めるとするかの」
そう言うと長達は一斉にババの方を見た。
彼らが今から行うのは種族間意見『交換会』である。
話すのは世界の現状と異変の報告、それに伴う対応と対処法について。
そして、『苗』の行く末について、である。
フォレスティを囲むように張られた大きなテントは、ようやく完成を迎えた。
それは夜になると現れる精霊や妖精、またよくわからないモノを一時的に入れないようにするための物で、あちらこちらにランタンが吊るされ、天井にもたくさんの光を放つ魔法具が取り付けられている。
「フォレスティ全体を家の中と同じようにするんだ」
シャルはそう言った。
この交換会は長達の意見交換が主な目的であるが、各種族が持ち寄るモノの交換会も含まれている。
鉱石や魚介類、珍しい草花など持ち寄られる中、フォレスティの住人が提供できるものは加工品ばかり。
そしてその大半はシドとバリューが作った物。
特にシドの魔法具は精巧で能力も高く、また精工で渋いものから可愛らしい物まで幅広く作るので世界中で人気なのだが、本人は注文が来ても気がのらない物は作らない質なため、プレミアがついていたりする。
そういった貴重な鉱石や加工品を精霊たちが見惚れて持って行ってしまったり、変なモノが取りついてはいけない。
何より物品交換会という競りでは昔、過熱し過ぎて鐘の音を聞き漏らし、気付けば翌朝になり何人か消えている、という事が何回か起こったらしい。
「それを防ぐためのテントなんですよ」
とアップロックは丁寧に説明した。
ルイは広場のベンチに座り、見事に様変わりしたフォレスティを眺めていた。
この様変わりに自分も何かしら貢献したと思うと嬉しくて、思わずにんまりと笑う。
「ほんっと、毎年毎年仰々しいわよねぇ。人間が何人消えようが別に構わないじゃない」
そう言う声の主は礼拝堂の扉の前に置かれたタライの中に居た。
ルイはびっくりして凝視すると、魚人族の女王は不愉快そうに眉を寄せくるくると新緑の髪をいじくりながら睨みつけた。
「何よ」
「い、いえ……意見交換会はよろしいのですか?」
ルイがその言葉を発すると、女王は一層鋭く睨みつけた。
「また、追い出されたわけですね。読んでみたらいかがですか?空気とか人の感情とか。結構面白いとおもいますけど」
やれやれ、といった様子でアップロックが言うと、今度はそちらを睨みつける。
「煩い、混血」
その言葉でアップロックが纏う空気が変わる。
全身をピリピリした何かが伝い、ルイはそれを感じて身震いした。
……殺気だ。
「……あぁ?」
にこやかで優しいイメージのあるアップロックから発せられたとはは信じられない、とても低くドスの利いた声。
目つきも見る見るうちに代わり、その風貌は聖職者のモノでは無い。
ルイはこの目つきを見たことがあった。
以前ルイがまだ実家で暮らしていた頃、祖父を訪ねてきたイカツイ男達、所謂マフィアと呼ばれる者たちと同じ目をしている。
流石にこの空気は読めたのだろう、女王は「ひぃっ」と小さな悲鳴をあげて狭いタライの中で後ずさる。
「さっき、言いました、よね?空気とか、ヒトの感情を読めって」
異様にゆっくりと、凄みのある声が響く。
女王はこくこくと焦ったように頷いた。
「……こんな時、なんて言うか、わかりますか?わかりますよね、勿論」
殺気はそのままで、にこやかに言う姿は本当に恐ろしく、女王は勿論だがルイも頭を下げた。
「わ、わるかったわ」
「申し訳ありませんでした」
その言葉で殺気はまるで夢でも見ていたかのように一瞬になくなり、いつもの優しいアップロックの姿がそこにあるだけ。
「やだなぁ、なんでルイさんまで頭下げるんですか?何か悪戯でもしましたか?」
本当に何も無かったかのように笑うアップロックに女王とルイは呆気にとられ、口をポカンと開けたまま立ち尽くしていた。
後で知ることになるのだが、フォレスティでは「アップロックを本気で怒らせてはならない」という暗黙のルールがある。
エドガーがアップロックを怒らせ、その豹変ぶりをフォレスティの住人に知れ渡ることになったのは言うまでもないが。
様々な植物の入った行李を背負っている獣人族の女性は、切り取られたかのように地面の無い崖に祈りを捧げていた。
生まれてまだ間もない我が子を亡くしてから、もう何度ここで祈りを捧げただろう。
叶うならばもう一度、この腕に抱きたいと何度も何度も祈りを捧げた。
我が子を亡くした時、どうにかならないかと獣人族の女王であるババにすがったが、ただ悲しそうに首を振り静かに言うだけ。
「亡くした命は戻らぬ。どのようにしても戻せぬ。主は食べた物を元の姿に戻せるかの?それと同じ事じゃの。命の神でも不可能な事もあるの」
信じられなかった、信じたくなかった。
全ての命の父とも呼ばれ、また全ての命の源とも言われている命の神にできない事があることなど。
命の神ならば、我が子を生き返らせることなど容易いはずだ、と。
現にあのヒトの子はできたではないか。
「そこまでしつこく望むなら戻してやろうか?」
背後から急に話しかけられ女性は慌てて振り返り、その勢いで尻餅をついた。
そこには足元まで伸びる闇のように黒い髪と、同じような瞳を持つ青年が立っていた。
「やだなぁ、そこまで驚かなくてもいいじゃん。お前の子だろ?どれだったかなぁ、これかな?待てよ、これがこうで、この記録を基に再構築させると……こうだ!」
そう言いながら考えるように瞳を閉じ、手でナニカを探すように動かして掴む仕草をすると、胸元で両腕を何度かくるくると回した。
そして何かを抱えるように腕を動かしたとき、その腕の中には小さな泣き声をあげる赤ん坊の姿があった。
女性は目を見開いて、その赤ん坊を見ていた。
その泣き声に聞き覚えがある。
その姿に見覚えがある。
何度も何度も焦がれては諦め、また焦がれては諦めを繰り返した。
慌てて立ち上がり子供を受け取ろうと青年に歩み寄った瞬間、その赤ん坊は霧散する。
「あ、あぁ……ああ……」
「そんなに慌てるなよ。誰もタダで戻してやるなんて言ってないぜ?」
膝と手をつき砂を握りしめて涙を流す女性に、青年は不気味な笑いを浮かべながら耳打ちした。
それは、悪魔の囁き。
けれど女性は躊躇う事なく頷き、受け入れた。
青年は笑う。
何てヒトはこんなにも愚かなのか、と。




