第六十一話
「相変わらず田舎くさいところねぇ。もっと賑やかにすればいいのにぃ」
「これはこれでいいのだ。海の中とて似たようなモノだろう」
「あらぁ、私の海はもっといいトコロよぉ。タイやヒラメが舞い踊っているしぃ」
「……タイやヒラメは踊り子か」
3mを超す巨人族の男の背には大きな水瓶、手には大きなタライを抱えている。
タライの中には水と共に入っているのは人魚の姿をした魚人族の女王。
パシャパシャと尾ひれで水を叩き、深緑の長い髪をくるくると指で弄びながら妖艶な笑みを浮かべていた。
4mほどもある巨人族の長は様々な鉱石の入った大きな行李を背負い、魚人族の女王を横目に見ながら呆れたように答えていた。
三人(と言っていいのか分からぬが)はフォレスティの門の前で、そんな会話をしていた。
勿論、出迎えていたフォレスティの住人の何人かは、不愉快なのを無理に隠しているせいか口の端や眉根がぴくぴくと動いている。
「で、あなたたちいつまでぼーーーっとしてるのぉ?早く案内しなさいよぉ。使えないわねぇ。うちの子たちならさっさと城まで案内してるところよぉ?」
そう言い放つ魚人族の女王には、その場の空気がギスギスしたものになった事に気が付いていない。
この女王は陸に上がる度にこの様な態度をとるのだ。
これは交換会を開く上で巨人族の長とフォレスティの長の頭が痛い事の一つだ。
これさえなければ、種族間での無駄な争いの大半は避けられるのだが……
海中が種族間競争もなく無駄に平和なだけに、そう言った無神経な発言ができるのだろう。
「な、なによぉ。そんなに睨まなくたっていいでしょぉ?私が誰だか分かってるの?いいの?そんな態度取ってー」
フォレスティの住人の何人かに怒りの眼差しを向けられ、魚人族の女王は少し引いて、けれど大威張りで言った。
「女王、口が過ぎるぞ」
「そんな事ないわ。私は海を統べる者よ。敬って当然。嫌なら私の可愛い魚たちを食べないでほしいわね。あ、もちろん塩をとるのもだめー」
巨人族の長の窘めも何のその、魚人族の女王は鼻をフンと鳴らして言う。
「おお、潮臭いと思ったら魚の配達かの?これはいいのう。丁度食べたかった所じゃの」
パタパタと尻尾を揺らし、杖をついてババはニヤリと笑いながら現れた。
「な、何ですって!?誰が魚よぉ!」
「巨人の、久しいの。山を降り遠回りしてわざわざ『魚』を捕って来てくれた事、感謝するの。ほら、若いのも。その水瓶も馬鹿魚が入ったタライも置くといいの」
「さ、魚魚言うなぁ!この化け猫ぉ!!!」
「ところで魔王はどうしたかの?」
わなわなと震えながら言う魚人族の女王を無視して、ババはせっせと話を進めていく。
「魔王は欠席だ。なんでも、あー何と言ったか……あの羊は口が早くてかなわん」
「『魔王様は嫁候補弄りでとても忙しく。また今回振られるようなことがあれば、わが一族の未来にも関わります。失礼かとは思いますが、今回は欠席という事でお願いします。あ、決してどこぞの魚が依然魔王に向かって言った事が原因というわけではありませんよ。魔王様があの潮のニオイを嗅いだだけで不機嫌になるという事はありません。ただ、しかめっ面になるだけでございます。あぁ、獣人族の女王様にはどうぞよろしくお伝えくださいませ。以前とても良いモノを届けてくださったので』だったかと」
巨人族の青年がタライと水瓶を下ろしながら無表情で言った。
「そう、だそうだ」
「まぁ、仕方ないのう。今魔族は絶滅の危機に瀕しておるからのう。ツクリが彼方の影響を受けやすいせいか、奇形やらがようさん生まれてはすぐ消えていくと言っていたの。新しい風を吹き込む事も必要じゃの。まぁ一番の理由は魚だろうがの」
「だろうな……」
二人はため息をついて魚人族の女王を見た。
「……な、なによ」
「いや、別に何でもない」
「お前さんの不用意な発言は、いったい幾つになればマシになるのかの、って話じゃの」
「私は別にそんな事してないわよ」
その言葉に二人は再びため息をついた。
「90過ぎてもこれじゃ、死ぬまで無理かもしれぬの」
「これでも我らの中で一番年長とは……情けない」
「わ、私を年寄みたいに言わないでくださる?!」
「年寄だろ」
「年寄じゃの」
二人の息のあった言葉に、魚人族の女王はギャーギャーと喚き出した。
そんな中フォレスティの住人たちが、青年が下ろした水瓶とタライを持ち上げようとしていたが、やはり重くて普通の人間ではびくともしない。
「すみません、出迎えが遅くなってしまって」
「……すまない」
その時現れたのはアップロックとブラウンだった。
「あ?お前は……お前が何でここに居る」
巨人族の長がブラウンの顔をみてみるみるうちに眉根を寄せていく。
ブラウンは長の顔を見て二、三歩後ずさった。
「長、この人の事はとりあえず置いておいてください。今は『掟破りの巨人』ではなく、『フォレスティの守護者』なのです」
アップロックの言葉にますます眉間にしわを寄せ、今にも殴りかかりそうなほどの怒りが見て取れるほどに現れている。
ブラウンは顔を上げることができなかった。
長の顔を見るのは本当に久しぶりで、出来ればこの先一生会いたくはなかった。
巨人族の長はそのブラウンの様子を見て察し、一つため息をつく。
「……成程。アップロックが言うのであれば、今は不問に付しておこう」
「ありがとうございます。ブラウンさん、こっちの水瓶を」
そう言うとアップロックは軽々と大きなタライを持ち上げた。
「貴方もお疲れ様です。暫くゆっくりしていってください」
そう言うと未だ煩い女王が入ったタライを持って教会へと向かう。
ブラウンもさっと水瓶を持ち上げると、足早にその場を立ち去った。
「……この、阿呆が」
巨人族の長がそう呟いたのを、ただ一人ババだけが聞いていた。
「若気の至りじゃの。わしらにもようあったの。あやつの場合、眼が覚めるのが遅かっただけじゃの」
うんうん頷きながら、ババは目を細めてアップロックの後ろ姿を眺め、その後巨人族の長の太ももをパシンと叩いた。
「にしても、よう我慢したの。『短気のカンキ』もようやっと大人になったってことかの?」
「……その呼び方はやめてくれ」
ニヤニヤと楽しそうに笑うババを置いて、巨人族の長はフォレスティの長の家に向かった。




