第五十九話
ルイは少々戸惑っていた。
詳しい事はよくわからないのだが、どうやらブラウンが教会で暮らすことになったらしい。
その事をアップロックが苦笑しながら説明していたのだが、その間ブラウンは不愉快そうな表情を崩さず、ブツブツとなにやら呟いていた。
かろうじて聞き取れたのは「何で俺が」のみで、あとはよくわからない言葉を呟いていた。
「あのーブラウンさーん、ちょっとーあのー。そこ退いてほしいんですけどおー。聞こえてます?っていうか聞いてくださいよー。どいてくださーい」
濡れぞうきんを持ち、ルイは窓の前で仁王立ちしているブラウンに呼びかけた。
他の窓はすべて拭いてしまい、残りは教会の礼拝堂入り口のすぐ横にある縦に長いこの窓だけなのだが、いくら呼びかけてもブラウンは目を瞑ったまま答えない。
寝ているのかと思えば、口はなにやら動いている。
聞き取れないほどの速さでなにやら呟いているのはわかるのだが、取りあえず何でもいいから退いてほしいと、ため息をつきながらルイは思った。
外ではなにやら子供たちが楽しそうに歌を歌っているし、太陽は暖かく心地よい光を降らしている。
この窓さえ拭いてしまえばエナの手伝いをする前に日向ぼっこしながらちょっとお茶でも飲めるのに。
「おや、サボりですか?ブラウンさん。この教会で暮らす以上、やることはやっていただかないと」
アップロックが洗濯物を干し終え、空の籠を抱えて入ってきた。
笑顔なのにその表情が怖く感じるのはなぜだろう、とルイは首を傾げる。
「……俺がする必要を感じない」
「そんなコト言ってると、エナさんに『治療』されてしまいますよ」
「……ここの医者は本当に医者か?」
ブラウンは嫌そうな顔をして聞いた。
たまに術者の見舞いに行くと、毎度とても楽しそうに治療するエナとエナに必要以上に怯える術者に出くわすからだ。
エナが席を外すと術者はまるでうわ言のように言うのだ。
「アレは人間ではない。アレに逆らってはいけない。アレに逆らってはいけない」
身体を子供のように縮こませ、がたがたと震え布団を頭から被って。
毎度、毎度だ。
「まぁ、医者と言えば医者ですね」
苦笑しながら言うその姿に、ブラウンは眉根を寄せた。
そして腕を組むと、指でトントンと腕を叩く。
「あの獣人族の婆さんも何を思ってここに住めとか言いやがるのか。異教の建物をどうして俺が」
「異教とは言い切れないかもしれませんよ?」
アップロックはステンドグラスを仰ぐ。
「そもそもここはユグ教の庇護のもとにあるだけで、ユグ教の教会ではないのです。勿論、ニイエケのものでもありません。ただ、純粋に命の樹に感謝するためだけの教会です」
ブラウンとルイに向き直ると、備え付けのベンチに座る様に促す。
ルイはそれに従ってちょこんと座るが、ブラウンはピクリとも動かない。
「私もババ様に聞いた話ですので、どこまであっているのか分かりません。ババ様も伝えて行くうちに変わった所もあるじゃろうの、と言ってました。けれど、大筋の所は大して変わらぬはず、とも言ってましたね」
困ったように笑いながら、アップロックは自身もベンチに腰掛けた。
「初め、この世界には太陽と月、大地と海の神、そしてまだ生まれたばかりの命の神がいました。他にイキモノは何もいませんでした」
「……は?」
「命の神は何度も何度もイキモノを作ろうとして何回も失敗しましたが、その努力は無駄にならず、色んな生き物や植物が生まれました」
「かなり端折りましたよね、今端折りましたよね!?」
アップロックはにこにこと答えた。
「だって関係ない前置き長いとだれちゃうでしょう?」
その言葉にブラウンは呆れたようにため息をついた。
ルイも口をポカンと開けている。
こんな奴が神父で大丈夫か……?
「さて……人間がある程度多くなり、集落をつくって過ごせる程度には賢くなった頃の話です」
ある集落では不作が続いていた。
何人も神の住む森に嫁がせたが、一向に良くなる事はない。
しびれを切らした集落の長は、自身の娘を嫁がせることにした。
森に置いて行かれた娘は森をある程度彷徨うと、澄んだ水の流れる小川を見つけた。
娘は蔦や木の枝で川のそばに簡単な寝床を作ると、魚を捕ったり木の実を食べたり、たまに罠にかかった動物を食べたりして暮らした。
なんとか落ち着いて暮らせるようになった頃、彼女を白髪の青年が訪ねてきた。
しかしその青年は人の言葉を知らず、かわりに知らない言葉を話す。
あまりの言葉の通じなさにキレた娘は、青年に言葉から始まり漁の仕方や獣から毛を刈りとって紡ぐなど、ヒトが暮らすのに便利な事をいろいろ教えた。
青年は代わりに娘に小さな石のついた首飾りを渡し、教わった生活に使うと便利な魔法を教えた。
そうこうしている間にとても仲良くなったのだろう、二人の間に子供ができた。
「は!?」
「いや、だから話かなり端折ってますよね!?」
展開の速さに驚いている二人に、アップロックは笑顔を絶やさず答えた。
「だって、だらだら続くと寝ちゃうでしょう?」
ルイはその言葉に押し黙った。
否定できない自分が辛い。
「これからどんどん飛ばしますよ。何人か子供を作った後、森に客が訪れます。それは娘のいた集落の男達です。不作がずーっと続いてたんでしょうね。怒鳴り込ってやつです」
森を守るために立ちはだかった獣たちは狩られ、行く手を阻む植物には火がつけられた。
獣も、木々も皆泣いた。
痛みで、悲しみで、悔しさで。
青年はその声を聞き、娘と共にヒトの前に立った。
そして、ヒトを止めようとした娘はヒトによって狩られた。
崩れゆく娘を見て、青年は目を疑った。
ヒトがヒトを殺すとは、そのような事を平気で出来るようなものだとは思わなかったからだ。
青年は苦しんだ。
自身が育ててきた物、自身が愛する者。
全てが崩れ、絶望し怒りした。
そして世界に闇が広がった。
その闇は人間を引きちぎった。まるで失敗作だと言わんばかりに。
彼の叫びに呼応する闇がする事をまだかすかに息のあった娘は見て、涙した。
彼にこんなことをさせてはいけない。
もう誰も彼を傷つけないで。
娘は使ってはいけないと言われていた言葉で世界に祈りを捧げた。
それしか闇を止める方法がないと分かっていたのだ。
闇を生み出しているのは青年……命の神。
彼を止め、守れるのは他の神しかない、と。
祈りは届き、闇と娘は光に包まれ一瞬にして消えた。
命の神の絶望も怒りも消え、そして命の神自身世界から隔離された。
残ったのは森が焼かれた跡と、娘がいた場所に咲いた花だけ。
「その森が焼かれた跡が、このフォレスティ。娘の祈りのなれの果てが禁忌の術だと言われています。わかりましたか?」
「……端折り過ぎてさっくりしかわかりませんでしたけど、子供どうなったんですか?」
授業を受ける子供の様に、手を挙げてルイは質問した。
その質問に、満足そうに頷いてアップロックは答える。
「神と娘の子供たちは後に『花』と呼ばれることになります。命の樹が生み出す恵みを世界に行き渡るようにしたことで、その土地の権力者になったようですよ」
その言葉にルイは信じられないというように目を見開いた。
……あのナンパ師理事長が、神の子孫なんてありえない、と。




