第五十八話
「うまい!にーちゃん、これめっちゃうまい!ナニコレ!!!」
教会の一室で少年は目を輝かせ、口いっぱいにハンバーグを頬張りながら言った。
「……何って、ハンバーグだけど」
「はんばーぐすげええええええ!」
シャルは苦笑しながら少年がハンバーグを貪る姿を見ていた。
なんの変哲もない、ただのハンバーグにこれほど感動されることは無いので、うれしいやら恥ずかしいやらよくわからない気分になった。
……まぁ喜んでもらえてるし。
シャルはそう思いながら、窓際に椅子を置いて座った。
そして窓の外から着々と交換会の準備が進められている。
一昨日の騒動がまるでなかったかのように、日常が戻っていた。
フォレスティの住人にとって、一昨日の騒動は『いつもの事』に近かった。
彼らの役目が、儀式の阻止と闇の浄化だからだ。
最近は特に儀式をしようとする者が増えている、とアップロックが苦々しげに言っていた。
ぼんやりと町の様子を見ていると、ケンタウロスの少年がババを背に乗せてきたのが見え、目が合うとこちらを指してババに何か言っていた。
ババはケンタウロスの背から降りるとこちらに向かって杖を上げて振る。
シャルは軽く手を上げそれに応えた。
ババが教会に入っていくのを見送ると、ため息をついてハンバーグを貪る少年を見る。
……この少年はもう故郷には帰れない。
少年の部屋にフォレスティの長とアップロック、ババ、ブラウンが集まった。
重苦しい空気に、少年はきょろきょろと見回し、なんとも落ち着かない様子でそわそわしている。
「なに、ちょっとした話をするだけじゃの。心配せんでよいの」
ババは少年の頭を撫でて微笑んだ。
少年は戸惑いながらも頷き、ババの顔をじっと見て話を待つ。
ババは「良い子じゃの」と小さく言うと、一つ息をつく。
「集まってもらった理由は大体わかっておろうの?」
その言葉に少年を除く全員が頷く。
それを見てババも大きく頷いた。
そして視線をブラウンと少年に交互に向けると静かに言った。
「ぬしたちは選ばないとならぬの。戻って死ぬか、ここで死ぬか」
その言葉に少年とブラウンの目が見開かれていく。
けれどババはそれに気づかぬふりをして続けた。
「ぬしらがしたことは世界の禁忌での。どうしてそれがこれほどまでに広まったのか、今ではもう分からぬことじゃがの……他所でする分には此方側にはそんなに被害は出ぬ。出ても贄と術者が消えるか、傷を負うだけじゃの。だが、この森でするとなると話は別じゃの」
この森は、彼の樹に近い。
だから生み出された闇だけでなく、それに呼応して彼方の闇が呼び出される。
そしてその術によって失われた血肉は彼方へ渡る。
その血は彼方の地を汚し、肉からはブロッサリアが芽吹き、咲く。
「……残念な事じゃが、そのブロッサリアは命の樹を支えることは無いの。ただ、闇を生み出すだけじゃの」
結果、彼の地で浄化しきれないほどの闇と穢れが生み出されることになる。
それは命の樹を蝕み、腐らせる。
時間がない、とババは言う。
命の樹はもう永くはもたない。
命の樹は死んだモノの魂を浄化し、大地の恵みに変えていく。
それが出来なくなると、大地は荒れ果てるしかない。
ソレを危惧した命の樹もいくつも苗を生み、穢れの少ない此方に送りつづけた。
それは花であったり、木であったり、動物であったりしたがどれもがヒトの手によって刈り取られ、禁忌の術によって彼方に還される。
苗は闇として彼方に送られ、苗としての役割を果たせずに枯れていった。
だから今代の苗は守らねばならぬ、闇に食われてはならぬのだ、とババは言った。
「今代という事は、苗はこちらに送られているのか?」
ブラウンはババを見据えて言った。
どうしてそのような大事な事を黙っているのか、と。
その苗があれば、世界を蝕む闇を消し去ることができるのに。
闇にヒトが食われることがなくなるというのに。
「……選ぶがいいの。戻って死ぬか、ここで死ぬか。ぬしらにあるのはその二つだけじゃの」
ババの目が怪しく光る。
その猫のような目が、ブラウンを捕らえて細められた。
「戻ればぬしらの主か、我らの手のモノによって消されることになるじゃろうの。とはいえ、我らの手の者が手を下したことは一切ないがの」
「……ここに残れば?」
ブラウンの問いにババだけでなく、フォレスティの長もにやりと笑う。
「ぬしは巨人族じゃの?」
「だったら何だと言うんだ」
訝る様に言い、ブラウンはババと長を交互に睨む。
「巨人族の掟には山を降りてはならぬというものがあったはずじゃがの。まぁ今更、里に戻ったところで禁忌に加担したという罪で追い出されるじゃろうがのう。そこでじゃ、でっかいの」
出された提案の言葉に、ブラウンだけでなくアップロックも目を見開いた。
「何だって?」
「なんですって?」
それを見て楽しそうにババは笑う。
シャルは肩をすくめると、再び窓の外を覗く。
ケンタウロスと戯れる子供たちと、忙しそうに走り回っているユラとルイが見え、シャルはふっと笑みを漏らした。
穏やかな風がフォレスティを撫でていき、パタパタと透けるほど薄いテントが揺れる。
まるでフォレスティの住人を労る様に、優しく。




