第五十四話
王都フィルハイム、ユグ教本部。
兼『ニイエケ本部』。
セリシアはゆったりと応接間のソファーに座り、紅茶を一口飲んだ。
そしてにこにこと微笑みながら、目の前の茶色の法衣を着た極悪面の髭ジジイもとい、グラデコールが真紅の法衣を着た者になにやら耳打ちされているのを見ていた。
グラデコールの目が一瞬見開かれ、そして何事もなかったかのように髭を撫でると、「もういい、下がれ」と言い放った。
そして真紅の法衣を着た者が礼をしながら去ると、「失礼」と言って一つ、息をついた。
「よろしいのですか?」
まるで心配するかのように首を傾げて言う。
グラデコールは人が良さそうに笑って、手を振ってこたえた。
「大丈夫です、ちょっとしたアクシデントがあっただけです」
「まぁ!それなら早く行かないと!グラデコール様がいないと大変なのでは?」
慌てたように言うセリシアにグラデコールは「いやいや」と首を振った。
「私の部下は非常に優秀な者が多いのでね、大丈夫ですよ。むしろ私などいない方がいいのではないかと思うくらい優秀でしてね」
そう言って笑うグラデコールに、セリシアは「まったくだわ」と心の中で舌打ちした。
この者のせいで一体何人もの人間が、肉塊と化し彼方へ渡ったのか。
考えただけでも吐き気がする。
しかしそれを表に出さないのが聖女の勤め。
セリシアは「そんなコトありませんわ」と言いながら、グラデコールの良いところを上げていく。
グラデコールは統率力があり、皆に慕われていて、広い視野で物事を見る事の出来る人物だ。
そう、表面上は。
しかし、裏に回れば血と金でまみれたタダのヒトデナシ。
グラデコールはセリシアのおべっかに気をよくしたのか、照れてるのか何なのかよくわからないが気持ち悪くニヤニヤと笑った。
「そう言えば、ご子息がカドリアに渡られたとか。心配ですね」
セリシアはその心にもない言葉で不愉快になり、一瞬顔をしかめかけたがなんとか押しとどめてにっこりと笑った。
「いえ、あの子が選んだことですから。きっと大丈夫ですわ」
「とは言いましても、カドリアは戦争中。いつ何が起きるか分からないじゃないですか」
それはつまりナニカするという事なのだろうか、と一瞬思ったが、セリシアはそれを表情に出さない。
「私は彼を信じていますから」
ただそう答えた。
セリシアは、エドガーがどこに居るか知っている。
そしてどのような生活を送り、どのような状況に立っているのかも知っている。
それは親としては心配になる局面だったりするのだが、同時に命だけは大丈夫という状態でもある。
仮にこの人が手を出そうとしたとしても、デメリットが大きすぎて何もできないのだ。
エトラもセフィリアも、エドガーのカドリア行きを反対していたが、セリシアは大賛成だった。
最近ゴソゴソと小細工を仕掛けているどこぞのヒトデナシに、人質にされてしまってはたまったものではない。
「そうですか。貴女がそう仰るのでしたら、ご子息は優秀なんでしょうなぁ。ハッハッハ」
そう言ってワザとらしく笑う。
彼は彼女が魔眼持ちで人を意のままに操れ、元素を視る力があることを知っている。
しかし、『元素は人の感情や状態を鮮明に表す』ことまでは知らない。
彼の元素が落ち着きなく動き、激しく不規則に波打っている事を知らない。
それは、焦りや動揺。
「……セリシア様。そろそろ……」
セリシアの後ろに影の様に立っていた黒いフードを目深にかぶった……シャルに手紙を託した人物はセリシアに耳打ちする。
「まぁ、もうそんな時間?申し訳ありません、グラデコール様。わたくしこの後用事がありまして……」
「おおなんと!では私はお暇しましょう。またこうやって話をしたいものですな!」
勢いよく立ち上がり、セリシアに握手を求める。
セリシアはゆっくりと立つと、その手を綿でも掴むかのように優しく握った。
「また面白いお話を聞かせてくださいね」
「もちろんですとも!」
そう言うと手を離し、ドアの方へと向かった。
そしてふと、何かを思い出したかのように振り返ると、何かを考えるかのように視線を泳がした後口を開いた。
「セリシア殿は『苗』の在処をご存知ですかな?」
「……苗?ですか?」
「ええ、命の樹の苗です。此方に贈られたらしいという情報が手に入りましてね」
それを聞いてセリシアは目を見開き、胸の前で手を合わせると喜ぶように言った。
「それでは、此方側に蔓延る闇が消える日も近いという事ですね!」
「はい。早く見つけ出し彼方へと送りたいと思っておりますが、どうもまだ見つからないようで……10年ほど前に見つかったとウチの者が騒いでおりましたが、それ以来とんと話がでないのです」
セリシアは残念そうに肩を落とすと、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。わたくしの元にそのような話は来ていませんわ。10年前……と言えばちょうどわたくしがここに来たあたりですか……」
そう言って悩みこむ素振りを見せると、グラデコールは慌てたように手を振った。
「いやいや、セリシア殿が知らないのでしたらいいのです。我らはこれからも世界再生にむけて努力していく所存ですので」
「グラデコール様が仰るなら心強いですわ。わたくしにも何かお手伝いできるようなことがありましたら遠慮せずに仰ってくださいね」
「セリシア殿の手を借りると全てがうまくいきそうですな!ハッハッハ!ではこれで」
そう言って応接室から去っていく。
セリシアはソファーに座り足音が遠くなったのを確認すると、ふう、と息をついた。
「……よろしいので?」
「構わないわ。今のところは」
セリシアはそう言うと、カップに残った紅茶を一気に飲み干した。
あの様子からして企んでいたことが失敗に終わったのだろう。
被害のほどは分からないが、彼にとってはよろしくはなかったようだ。
アップロックをフォレスティに残し、シャルに手紙を託して良かったと心の底から思った。
とは言え、このまま放置していても宜しくない事になるのは分かっている。
そう何度も孤独の広場で儀式を続けられれば、アップロックも『光の樹』を歌うフォレスティの住民も持たない。
だからと言って表だって全面対決をする気もなければ、『命の樹の苗』を渡す気もない。
いくら『苗』があっても、それを虚無の儀であちらに送られては全てが台無しになる。
それだけは避けなくてはならない。
我が子を守ってくれた、あの子の為にも。
「もう少し、あの人と関係者を『見守って』いて頂戴。何かあれば『お手伝い』して差し上げて」
「……御心のままに」




