第五十三話
ルイはバリューから借りた剣を鞘から抜く。
森からは大小さまざまだが気配を感じ、中には殺気まで放っているモノもいる。
日はすでに地平線に沈もうとしていて、空は紫色に染まっていた。
大きく聞こえる歌は揃っていて、乱れることは無い。
気のせいだろうか、背後からだけでなく目の前の森の方からも聞こえてくる。
「襲ってくる奴だけを叩きのめすんだ。中には無害な奴もいる。それはシドに任せておけばいい。いいか?襲ってくるヤツだけだぞ」
バリューは念を押すように言った。
ルイは一度頷いて森を見据える。
カチリ、とバリューの腰につけている剣が鳴った。
その直後、森からは数多の動物、変異種たちがまるで森から逃げるように押し寄せてきた。
「うえ!?あわわわわわわ」
あまりの数の多さに、ルイは慌ててどれを叩いていいのか見失ってしまった。
それが分かっているのか、眼が8つあるオオカミのような変異種が逃げ惑うモノに紛れながらルイの頭めがけて跳びかかる。
「うわぁっ」
ソレを薙ぎ払ったのは、ユラだった。
キッと変異種を見据え、不愉快そうに顔を歪めている。
「貴女、本当に戦えるの?役立たずは引っ込んでて!」
あまりの言われようにムッとしたルイは、剣を構えなおした。
「び、びっくりしただけ!役立たずじゃないもん!!」
まるで子供の言い訳のように言って、ぷうと頬を膨らませる。
「さぁ、どうだかー。フェスでもそんなに活躍してなかったみたいだし?むしろシャル兄の足引っ張ってたみたいじゃない?そんな人がシャル兄のそばにいるなんて」
ユラは、手にしていた剣を先ほどの変異種に向かって突き出した。
その突きは変異種の喉をとらえ、背中へと貫通させるとソレをシドのいる方向へと振り払う。
そしてルイを睨みつけて言った。
「胸糞わりぃんだよ」
……う、うわぁ……
ルイはユラの素の姿を見て思わず引いた。
好きな人の前では可愛らしいキャラだが、自分が気に入らない相手にはとことん口が悪くきつい。
ルイはそんな人を何人も見てきたし、自爆してきた人も知っている。
ただ言えることは、そういった人間とお近づきになりたくない、という事。
しかし……
「役立たずかどうか、しっかり見てもらおうじゃないの」
物凄く、腹が立ったのも事実である。
後ろの方でシドが「あぶねーな!」とか叫んでいたがそんなことはどうでもいい。
一体でも多く、襲ってくるモノを倒してやる。
出来るなら、自分一人で。
「「うおおおりゃああああああああああああ」」
ルイとユラは競うようにして剣を振るう。
あちらこちらから血しぶきが上がり、下手すれば猟奇的な何かだ。
バリューとエナ、シドはその様子を見ると、揃って肩をすくめて首を横に振った。
「……若いなぁ」
アップロックは両足が千切れた術者とメイスを担ぎ、闇が濃くなる一方の森の中を走っていた。
うめき声をあげる術者の口には千切った布を噛ませて舌を噛まないようにし、暴れないように両手も縛っておいた。
走りながらするのはかなり骨が折れたが、そうでもしていないと余計な体力を使いそうだった。
痛みと恐怖で、術者の暴れ方は異常だったからだ。
空を仰いでも木の葉が茂っているせいか、それとも闇が濃いからか星どころか突きさえ見えない。
背後の地面は闇の水たまりが見たし、それ一面には目や口が現れては消え、また現れては何事かを話していたり、笑っていたりする。
それはたくさんの老若男女、子供の声も交じっている。
そしてそれに加え、これも様々な黒い手がアップロックを捕らえようと現れては手を伸ばす。
捕らえられなければそのまま闇の水たまりに沈み、新たな手がアップロックを掴もうと伸ばす。
術者は体をくねらせながら咥えさせられた布を噛みしめ、「ムームー」と何かを話したそうにしているが、アップロックはそれを一瞥して舌打ちした。
「鬱陶しいんで少し大人しくしていてくれませんか。貴方が無駄に栄養をためすぎたせいで思うように速度が出ないんですよ。それに、僕自身は、貴方があの闇に飲まれようが引き裂かれようが食われようが、どうだって構わないのです。助かりたければ大人しく、静かにしてくださいませんかね」
その眼を見た術師は信じられないとでもいうように目を見開き、そのまま固まった。
その眼にうつるアップロックは聖職者ではない。
ヒトを殺すことを何とも思わないような、そんな人物だ。
大人しくなった術者を落ちないように持ち直し、空いている左手で法衣のポケットを探ると、指に当たったものを取り出した。
それは緑色の円形のレンズのようなものの周りに、金色の装飾がついているものだった。
それはシド特製の「魔法が使えないヒトでも、効果は限定されるが魔法が使える」という魔法具だ。
「集め固められた元素、ゆっくりと溶け我と一体となる」
そう呟くと緑色の円形のものがドロリと溶け、腕に流れたと思うと金の装飾が輝きだしアップロックの手首に腕輪の様にくっついた。
緑色の液体は右腕から肩、首や胴へと流れていき最終的には緑色の膜になって全身を包み込む。
そして呟くように唱えた。
「我に纏う元素、風となり我の背中を押せ。決して、追いつかれるな」
緑色の膜が淡く発光すると、風が巻き起こる。
その風はアップロックの周りをつむじ風の様に吹くと、追い風となって背中を押した。
「ぬーーーー!んーーーー!!」
「ウルセエ!って、言ってんだろうがああああああ!!!」
アップロックは背中に風を感じると、足に力を込めて地面を蹴った。
追い風の効果もあって走るスピードは今までよりも格段に上がる。
すぐ脇まで迫っていた黒い手は、すんでの所でアップロックの身体に触れることなく、空振りしてぴちゃんと闇の水たまりに消えていった。
間を少し開け、歌を頼りに走っていると目の前にセフィリアとブラウンがいた。
セフィリアも子供を抱え、走っていた。
木を避け、あるいは足場にし、そこから魔法を使って距離を伸ばす。
地面に降り立てば草をかき分け、目の前に大きな障害物があると避ける、もしくは飛び越える。
そしてブラウンに追いつくと、何やら話しかけて背中を叩いた。
すると、ブラウンの身体がアップロックと同じくつむじ風に包まれたかと思うと、彼の背中を押すように風が吹く。
セフィリアが魔法を掛けたのだ。
ブラウンの走る速度は、どんどんと上がっていく。
何度も足がもつれて転びそうになり、草や枝に皮膚や肉を抉られ、蔦や木の根に足をとられそうになっても、耐えて走り続けた。
後ろから響く様々な年齢のヒトの声は、何が可笑しいのかずっと笑っていた。
まるで狂ったかのように、ひたすらに。
頭が可笑しくなりそうな中、向かう方向の先に光が見えた。
それにホッとした時、前を走るセフィリアの肩から覗く少年と目があった。
否、その目はアップロックをすり抜け、後ろにあるモノを凝視している。
大きく目を見開いたかと思うと、糸が切れた人形の様にガクンと首の力が抜ける。
……その目は見開かれたままで。
闇はまるでフォレスティを包囲する様に迫っていた。
その闇は森を呑み込み、手を幾つも天に伸ばしてまるで白く輝く月をとろうとしているかのようにも見える。
シャルはその光景を教会の屋根の上から見ていた。
命の樹の支柱になる事を夢見て、闇に落ちていった者達の姿を。
同情するでもなく、悲しむでもなく、ただ、そう言うものだと。
ヒトはどの時代でも変わらないのだ、と。
ちらりと、視線を下にずらす。
森の入り口付近で競うようにして襲ってくる獣や変異種を切り倒しているルイの姿が見えた。
ゆっくりと目を閉じ、そして考える。
どうするべきかは分かっている。
元素を喰らいつくし、闇を深めるヒトが消える方がこの世界の為だろう。
だからこの世界的には『今何もしない』が正解なのだ。
……けれど、俺は……
まだ何もしていないし、まだ何も話していない。
まだ、此方側に“居たい”。
「《さぁ!光よ!降り注げ!》」
目を開き、そう歌う。
するとフォレスティ中が光だし、その光は天に伸び、まるで一本の大きな樹の姿のようになった。
一陣の風が吹く。
ざわざわとその樹の枝が揺れ、まるで舞い落ちる木の葉の様に光が森に降り注ぐ。
森から伸びる闇色の手はその光を掴むと、まるで塵の様に砕けて舞い上がる。
そして光に飲み込まれていく。
森中に広がっていた闇の水たまりは、光を浴びた所から闇の手と同じようにして消えていく。
「《どうか、どうか闇に落ちた我が子らが、次に生まれてくる時には、光あふれる生を》」
闇の水たまりが全て光に飲まれると、光の大樹は粒子となって消えた。
足の力が抜ける。
本当にこれで良かったのかは分からない。
けれど、シャルは今とてもすがすがしい気分だった。




