第五十二話
「《もし、この声が届くのであれば聞いてほしい。叶えられるのであれば力を貸してほしい。この地に光で満たしてほしい》」
ルイにとってその言葉は、全く耳にしたことのない言葉だった。
父の仕事の関係上、いくつもの国の言葉を耳にしたことはあるが、そのどれにも当てはまらない。
シャルの口から奏でられるその音は、ホーリーガーデンフェスで聞いた音と同じものだった。
そして、シャルの音が終わり一拍置くと、フォレスティの住人が一斉に歌い出す。
それは老若男女問わず、足腰立たない老人や2歳くらいの子供まで皆一斉に同じ音を奏でた。
「《ヒトは過ちを犯す。我らはこの地を守るだけ。ヒトはこの地を闇に染める。我らはこの地を照らすだけ。世界と繋がる我が一部よ、どうかこの声を届けておくれ。二度と繰り返したくはないのだと、彼の方に伝えておくれ》」
住人達の腕にはめられている木製のリングが一斉に輝き出した。
それはそれぞれ違う色を発し、持ち主を包み込んでいく。
あまりの光景にルイは目を見開き、口を半開きにしてその光景を見ていた。
「ルイちゃん!」
腰に剣を着けたバリューは手に一振りの剣を持ってルイの元に走り寄る。
「ルイちゃんの剣はまだ直ってないんだ。悪いが今はこれで凌いでくれ」
それはルイの持っていた剣に似ているが、両手剣ではなく片手剣だった。
「一体何が……儀式って……?」
剣を受け取りながらルイはバリューを見上げた。
「とりあえず移動しながら説明しよう。まず俺たちが今しないといけないのは、この音を止めないようにすることだ。変異種たちが柵を越えてくるからな」
険しい顔をしながらバリューは森に向かって歩き出す。
森沿いにはセフィリアとユラが剣を持って何やら深刻そうに話したかと思うとセフィリアは町の方へと駆けだしていく。
シドは教会を囲むようにして取り付けられているライトな様なものを点検していた。
壊れてもいいようにライトの予備が山の様に積まれており、シドの身体には工具や線がたくさん取り付けられている。
エナはポシェットを肩から下げ、バリューに向かって手を振った。
「俺らは『虚無の儀』と呼んでいる。ニイエケの奴らは『支柱の儀』と呼んでいるな……今、それが始まったみたいだ」
悲しまないで、どうか目を開けて。
立ち止まらないで、前だけを見て。
我らは共にある、貴方と共にある。
忘れないで、貴方は独りではないことを。
アップロックは駆けた。
音が異様に響くその森の闇が、一層濃くなったことを感じる。
『ニイエケの枢機卿の一人グラデコールの部下たちに動きがあります。彼は虚無の儀を積極的に取り組んでいるヒト。もしかしたらそちらで事を起こすかもしれません。』
セリシアの手紙の一文を思い出す。
ギリと歯を鳴らして眉根を一層きつく寄せると、アップロックは背中にある相棒の包みをとった。
それは黒いメイスで、装飾らしい装飾は一切なく、いかに効率よく殴り殺せるかのみを考えて作られているような、見るだけでも痛々しい作りになっている。
アップロックは前を見据え、開けてくる森をソレを構えて駆け抜けた。
『ごめんなさい、貴方にはまた嫌なことを頼んでしまう。出来るならみんなが生きてかえれたらいいのだけれど』
……ヒトを犠牲にして良しとするそんなモノに、どうして情けを掛けれようか!!
目の前には10にも満たないであろう少年が、3人の術者に囲まれ祈りを捧げていた。
術者たちの本が白く輝き出すと、少年の足元から芽が出ると急速に成長し、少年を下から持ち上げるかのようにして伸びていく。
まだ先のある少年が、成長した木の台に乗せられ天へと昇って行く。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
アップロックは術者に向かってメイスを振った。
大地が我らを育み、空が我らを優しく包む。
星が我らを導き、太陽が母の温もりを教えてくれる。
月は我らを安息の眠りへと誘い、山は我らに厳しさを教える。
ガキン!という音と共に、アップロックの振るうメイスは形状の違うメイスに止められる。
その持ち主は、身の丈3mを越す程の巨人。
「この儀を邪魔する奴はゆるさん」
巨人はそう低い声で言った。
アップロックはその巨人を睨みつけると、止められているメイスに力を込める。
「貴方たちはナニをしているのか本当に理解しているのですか?ソレが本当に命の樹を救うことができると?」
ギリギリと金属のこすれる音が響く。
アップロックはシャルの事を思い出していた。
あの日、シャルが彼方から変わり果てた戻ってきた日を。
その彼の口から語られる、自身の先と世界の現状を。
「そんなモノいくら捧げても、彼の方の支柱にはなりえません。世界の闇を濃くするだけです。早くやめないと」
アップロックの言葉は途中で止まる。
その視線は少年を持ち上げている木の下に注がれた。
巨人もその視線を追い、ソレを見る。
木の根元に、闇の様に黒い水たまりのようなものが出来ていた。
ソレはわずかに動いているようにも見える。
アップロックは巨人のメイスを渾身の力を込めて薙ぎ払うと、怒鳴りつけるように言った。
「ここは危ない、逃げてください!それにもうすぐ日が沈む。そうなると私では手が付けられない!」
その時、術者たちの本が宙に浮くと大きな音をたてて真ん中から破れた。
それは黒い炎で包まれ、落ちていく灰が地面に着くと、そこもまた闇の様に黒い染みがぽつん、ぽつんとできていく。
そして……
大いなる父よ、我らに恵みを分け与えてくれる父よ。
どうか、我らに光を与えて。
我らの子を闇に沈めてしまわないで。
繰り返したくはない、もう、見たくはない。
誰の涙も血も見たくはない。
だから……
黒い染みという染み、水たまりという水たまりに幾つもの目と口が現れる。
ソレは大きく鼓動をうつとにやりと笑うように口をゆがめ、眼を細めた。
ぞくり、とブラウンは背中に悪寒が走る。
……アレは、何だ?
その眼も口も大きさもばらばらだが、その年齢も様々だ。
ぴちゃんという音がしたかと思うと、その染みから手が生え、木の中心にある水たまりに這いずる様に一斉に向かう。
ずる……ぴちゃん
ずる……ぴちゃん
ずる……ぴちゃん
それらは静まり返った希望の広場に、異様なほど響く。
そしてすべての染みが水たまりに集まると、それはうごうごとうねり、一度大きく跳ねた。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
一瞬にして黒い霧が辺りを覆う。
ブラウンはその男の叫びを聞くと、森に向かって走り出す。
「あんた、ブラウンか?」
がさり、と木の上から音がして上を向くとそこには血染めの修道服を着た女がいた。
その女は眉根をきつく寄せると舌打ちし、森の中へ指さして言った。
「歌を頼りに走れ!すると光が見えてくる!」
早く!
ブラウンは言われた通りに走る。
木の根に躓きかけ、草に腕や脚を切られながらかすかに聞こえる歌を頼りに走った。
我が子らよ、どうか闇を呼ばないでおくれ。
どうか我らの願いをきいておくれ。
誰も血に染まることを望んではおらぬ。
誰もが光の下に生きていきたいのだ。
大いなる父の涙を増やさないでおくれ。
「父さん!」
セフィリアは地面に降りたつと、アップロックに駆け寄った。
「贄はあそこに」
アップロックはセフィリアに振り向く事も無く、木の上の少年を指した。
セフィリアは頷く。
「共に」
「無事で」
そう言いあって頷き合う。
水たまりから幾つもの手が伸び、術者たちが囚われていく。
その手をかいくぐり、あるいは切り落としてセフィリアは不自然に生える木の上目掛けて飛び上がる。
「『風よ、我を目当ての場に運べ』」
その音が終わると、セフィリアの身体を風が包み込み、少年のいる場所へと運んだ。
日は大地に沈み、辺りが一層闇の霧に覆われ、暗くなっていく。
セフィリアは急いで腰につけてある布袋から迷い子の守りを取り出すと、少年の首にかけてやる。
「私が良しと言うまで目を瞑って、何も見るな。何も聞くな。いいね?」
セフィリアが言うと少年は首を傾げたが、こくんと頷いた。
セフィリアはソレを見て少年の頭を撫でると胸に抱える。
……急がなければ。
「『風よ、我を下ろせ』」
そう言うと背後から風が吹き、セフィリアを一気に吹き飛ばす。
森の入り口まで飛ばされ、森の木の上に着地するとフォレスティに向かって走り出した。
振り返ってはならない。
一人でも多く、此方に留めなくてはならいのだから。
「助けてくれ!こんなはずぐぁ」
「いだい!いだいいいいいい!」
ガリ、グチャグチャ、ベリ
黒い水たまりから出る手は、二人の術者たちをとらえた。
術者たちはその手に引き裂かれ、あるいは水たまりの口に食いちぎられる。
思わず目を背けたくなったが、アップロックもそれどころではなかった。
一番手前に居た術者だけは手前に引き寄せることができたが、その足は黒い手に捕まれている。
「ひ、ひぃ!離せ!離せええええ!!!」
「暴れないでください!くそっ」
アップロックが上半身を抱えバタバタと暴れる術者に、その手は足首あたりから徐々に上がっていく。
黒い水たまりに目をやれば、するすると大きくなってきているように見えた。
……否、実際に大きくなっていた。
日が沈んでからその引き寄せる力は大きくなり、その水たまりの面積は闇が濃くなる時間に比例して大きくなっていく。
……ぐずぐずしていると、僕も巻き込まれかねませんね。
眉根をきつくよせ、抱え込んでいた術者を小脇に抱えるように持ち変える。
そしてメイスを持ち変えると、先端を柄の方にずらす。
そこには斧のような鋭い刃が収まっていた。
「な、何をする気だ!」
「食いしばってください」
その刃で行われる事を一瞬にして察知した術者は、眼を見開き一層暴れる力を強くする。
ソレをアップロックは腕力だけで抑えつけ、メイスの刃をもう片方の手で押し付けるようにして術者の両足を切った。
千切れた、という方が正しいかもしれない。
切り目を入れられたその足は、引っ張る力を強くした闇の手によって引きちぎられたのだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ」
術者の絶叫が響く。
アップロックはメイスと足を失くした術者を抱えて、森へ走る。
水たまりは大きく、闇の霧が深くなっていく。
アップロックは走った。
微かに聞こえる歌と、光を頼りに。
光を降らせ、闇を照らせ
迷う我が子に道を示せ
誰も闇に落ちることなく、誰もが帰ることができるよう
そして父の涙を減らせ




