第五十一話
ブラウンは胸が痛むのを感じていた。
ニイエケからの指令である儀式の護衛を任され、神の森の中にある希望の広場へと行くことになったのだ。
その儀式にはまだ10にも満たない少年が、希望に溢れた表情で嬉々としてついてきている。
この少年に親も身寄りもない。
ただ、ニイエケの施設で育てられていた少年で、いなくなったとしても悲しむ者はいないだろう。
だから好都合なのだ、と司祭は言う。
神の一部になるとはいえ、此方から居なくなれば悲しむ者は悲しむのだ。
儀式によって負の感情が湧きでれば無意味である、と。
ブラウンは異様に暗く、音が響く森を司祭たちの後を追って進む。
そして開けた所に出ると、司祭たちは少年をその中心に座らせる。
「幸運を」
そう言って頭をくしゃり、と撫でてやる。
「さぁ、はじめよう」
司祭たちは少年を中心に三角形を作ると、持っていた分厚い本を開く。
「「「始まりの地、終わりの地。我らの願いが彼の方に届くことを祈る」」」
ブラウンはその光景を、広場から少し離れ木にもたれながら眺めていた。
……本当にこれで良かったのだろうか。
思い出すのはシャルの事。
以前ニイエケに入らないか、と勧誘したことがあった。
シャルは困ったようにただ笑い、首を横に振るとぽつりと言ったのだ。
「貴方が一刻も早く、そこから抜け出せることを願っているよ」
……なぜ、今彼の事を思い出したのだろうか。
「エナさん!」
ルイとエナが薪を拾っている最中、フォレスティの住人の女性が息を切らして走り寄ってきた。
「よかった、ここにいた。探しましたよ!」
その表情はとても焦っていて、顔色も少し青い。
「……どうかしたの?」
エナは訝るように言うと、その女性は一度大きく息を吸い、吐いた。
それでも胸の前で握られた拳と足は小刻みに震え、歯もカチカチと鳴っている。
……焦っているだけではない、恐れもあるのだ。
「孤独の広場で、儀式が。今、アップロックさんが、止めに。けれど長が、皆を、教会に、集めろって」
詰まりながらも言ったその言葉に、エナの目は大きく見開かれる。
「伝えてくれてありがとう。さ、急いで戻るわよ。ルイちゃんも急いで」
「……え?あ、は、はい」
エナと女性が走り出し、ルイもその後を追う。
気のせいか、先ほどまで明るかった周りが暗くなってきているような気がした。
フォレスティでは住人全てが教会に行くように、とフォレスティの長が命を出した。
その命に従わない者はいない。
皆、焦りながらも教会に集まっていた。
動けない者は男達が手を貸し、教会まで連れて行く。
そうしてものの30分もしない間に、フォレスティの住人全てが教会の前にある公園のような広場に集まった。
「皆、集まっておるな」
一番最後に階段を登ってきた白髪で杖をついた老人は、広場に集まった面々を見ると、一度大きく頷いた。
「よろしい。では、それぞれ掟を守り、媒介は身に着けておるな?」
そうしてまた面々を見回す。
住人が全員、小さな子供でさえも頷く。
その腕には木でできたリングがはめられていた。
「よろしい。アップロック殿が止めに向かってくれてはいるが、万が一という事もある。備えるに越したことは無い……シャル、悪いが頼まれてくれるか。我らの中に森の動きを読める者はまだ育っておらぬのだ」
シャルは長の顔を見て頷くと、教会の中へと向かう。
「あ、シャル」
ルイが息を切らしながら寄ってきて、その異様な雰囲気に驚きを隠せないのか辺りを見回している。
「……何が起こったの?エナさんが教会に行きなさいって」
「シャル!」
ルイの言葉を遮り、シドが布袋を持って駆け寄って来る。
「よかった、間に合った」
そう言うとシャルの頭をガシガシと撫で、笑った。
「まずは手を貸せ。勿論右だぞ?」
そう言われて不審に思いながらも右手を出す。
シドは布袋から、白と黒の小さな花が付いてある螺旋状のリングを取り出すとシャルの人差指にはめた。
それはデザインこそ少し変わっているが、シャルの媒介だった。
「……あ」
驚いたように目を見開いたシャルに、シドは得意げな顔をすると「まだあるぞ」とにやりと笑う。
「耳貸せ。ちょっと痛いかもしれないが、我慢しろよ」
そう言って布袋から小さな箱状の物を取り出し、シャルの右耳に当てた。
チクリ、という鋭い痛みが走ったかと思うと、今度はその箱を左耳に当てまた同じように鋭い痛みが走る。
「痛いんだけど」
「そりゃ穴開けてるからな」
「……は?」
悪びれもなく言うシドに、シャルは眉をひそめる。
シドはそんなシャルにお構いなしで、布袋に小さな箱をしまうと指輪と同じ花がついたピアスを取り出す。
「お前、髪切っただろ。それじゃ髪飾りは無理だから三つに分けてみたんだ。これだと失くす率も壊す率も減るだろ」
耳にピアスをつけ、にんまり笑う。
「効果はどうなってるかわからんが、調整はまたあとで。じゃあ俺は」
「こらあああああああああああ!シド!あんたはちゃんと魔法具見ろって言ってんだろ!さっさと持ち場につけ!」
教会の中に走り去ろうとしていたシドに向かって、セフィリアの怒声とランタンが飛んだ。
「そんでルイはこっち!」
「え、あ、はい!じゃあ、後で。」
セフィリアの手招きに、ルイは慌てて向かう。
シャルはその姿に苦笑して手を軽く上げると、教会の中に入っていく。
階段と梯子を上り、屋根の上に出る。
辺りは森が一面に広がり、遠くには荒野がある。
荒野の先はグレイスだ。
シャルの目は森の中にぽつんとある孤独の広場と、背後に続く森の奥深くにある一本の高い木に向けられる。
孤独の広場に黒いもやがかかってくるのが見えた。
振り返れば木の中ほどでキラキラと何かが光っている。
……大丈夫。陣頭に立つのは初めてじゃない。
シャルは大きく息を吸い込んだ。




