第五十話
仕事というものは三日もすれば雰囲気に慣れるモノである。
ルイもその例に漏れず、一応ではあるが慣れてきた。
朝食をとった後の教会中の窓ふきが終われば、エナの『自家製野菜』のある農園に行き畑仕事に勤しんだ。
それが終われば森へ薪拾いに向かう。
森へ入る時には獣除けの鈴は勿論だが、迷い子の守りというお守りを身につけなければならなかった。
それは木を彫って作られたもので、祈りをささげる女性の顔が掘られている。
裏には持ち主の名前が掘られ、持ち主が纏う元素を取り込んだガラス玉が埋め込まれている。
「森で迷った時に、役に立つの」
エナはそう言ってルイの首にそのチェーンを掛けた。
「狩猟や採集もあるから、森に絶対に入らないわけじゃないの。ただ、赤く光る柵だけは越えてはだめ。絶対よ」
エナは真剣な表情で言った。
その先に何があるというのか、知りたいようなエナの表情を見ると知りたくないような、ルイは複雑な心境になった。
エナに連れられて工場の裏から入った森は、フォレスティに来るときに通った道とは違って周囲を明るく照らす木漏れ日があり、異様に音が響くこともない。
少し驚いたように辺りを見回していると、木の根元の影に白いもこもことしたウサギのような小さな動物がいることに気が付いた。
それは変異種と呼ばれる、所謂モンスターである。
変異種には勿論凶暴なものもあり、そういったヒトに危害を加えたモノは騎士や冒険者、傭兵等の職の者に駆除される。
しかし、今目の前にいるその変異種は『ルナ』と呼ばれ、ペットにしたりする者もいれば、その毛の使い勝手の良さから家畜にしたりする者もいる程、大人しく人懐こいモンスターだ。
グレイス校時代は訓練先で何度か目にし、癒されもしたが、都会に居れば通常は見られない。
ルイは嬉しくなって、それに近づき手を差し出した。
その刹那、ふさふさの白い毛並が逆立ったかと思うと、その先端全てに目玉がにょきっと生えその全ての目玉がルイを捕らえた。
そして本来愛嬌のある顔のある部分が丸ごと口に変貌し、差し出したルイの手を食いちぎろうと大きく開く。
「ひゃっ」
手を引っ込めたのと、エナの投げたナイフがソレの口に直撃したのとは同時だった。
ルイは肉塊と化したソレを呆然と見つめていた。
「大丈夫?怪我はない?駄目じゃない、勝手にふらふらしたら。危うくおてて食べられちゃうところだったわよ」
そう言いながら肉塊に刺さっているナイフを抜く。
一振りで血を振り払い、残った滴をポシェットに入れてあった布で丁寧に拭くと、鞘に納めた。
「え、エナさん、コレ……」
「あら、知らないの?ルナギミックっていうの。ルナは無害でしょ?それで近寄ってきたものをぱくりんちょ」
エナはルナギミックの死骸を、ポシェットから出した布袋に入れた。
その布袋は特殊な加工がされてあり、個体は勿論、液体気体も漏らさない優れものである。
そしてその口を縛るとポシェットの紐部分に括り付けた。
「気を付けてね。ここは獣も変異種も多いから」
手を払いながら言うと、ルイはこくりと頷いた。
ルナギミック……聞いたことはあったが見たのは初めてだ。
フォレスティでは交換会の準備が進められていた。
集落の周りに長さ3m程の木の板を立て、その内側に光を出す魔法具を取り付ける。空には空が透けて見えるテントが張られ、そのあちこちにも魔法具が取り付けられている。
シャルはアップロックに続き、その作業を手伝っていた。
大抵は背の高いアップロックが行うので、荷物持ちや補助などの、本当に手伝いだけだ。
工場では元素を含んだガラスや金属線の加工ばかりしているので、こういった息抜きはとてもありがたかった。
シャルの媒介と髪飾り、眼鏡の修理はまだできていない。
「……心配、ですか?」
魔法具を取り付けながら、アップロックは言った。
シャルはアップロックを見ず、何も答えない。
沈黙は肯定ですね、とアップロックは小さくつぶやく。
「心配ばかりしていても何もなりません。実際あれから今まで何度か帰省していても何も起こらなかったじゃないですか。今回もきっとそうです。何も起きず、誰も傷つかず、全てが無事に終わります」
今までの帰省と、今回の帰省では違いがある。
……髪飾りがない事だ。
セリシアがシャルに施した術は、いわば髪飾りの代わりのモノだ。
シャルがあちら側に染まらないようにするためのもの。
けれど、それは髪飾りの能力と比べるとかなり劣る。
例えて言うならば、魔法の力で強化されたガラス瓶が髪飾り、目の粗い網がセリシアの術。
ヒトの力ではその程度で精一杯なのだ。
実際、フォレスティに来る時に通った道では、森に残る意識や記憶が流れ込んできた。
「大丈夫ですよ」
アップロックは言う。
それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。
シャルがアップロックを見上げ、何かを言おうと口を開きかけた時、慌ただしい足音と共に二人の住人が息を切らして走り寄ってきた。
「アップロックさん!」
「大変だ!」
ゼエゼエと片方は膝に手を置き、もう片方は胸に手を当ててそれぞれ息を整える。
「どうしたんです?そんなに慌てて」
そう言うアップロックの表情も、険しく硬くなっていく。
この普段平和な集落で、このように慌てふためくことなど限られている。
誰かが大怪我したか、森で迷ったか。
もしくは、森でナニかが行われようとしているか。
「孤独の広場に向かってるやつらがいるって、見張りの奴が!」
「人数は5人で、中に子供もいるらしい」
その言葉にアップロックの眉が、ピクリと動いた。
「シャル君、ここ後たのみます」
シャルが返事をするかしないかの間に、アップロックは駆けだした。
教会に戻り、メンテナンスを終えたばかりの相棒を担ぐ。
……間に合うといいんですが。
シャルは孤独の広場の方向を見ながら、アップロックは駆けながら思う。
何も起きず、誰も傷つかず、全てが無事に終わるようにと。




