第四十七話
エナがテーブルに料理を並べていく中、シャルはユラが取っておいた食材で簡単に調理していた。
エナの作る料理は危険なのだ。特に客が来たときは。
エナが作る料理で今まで起こった事を思い出し、思わず眉を寄せてこめかみに手を添える。
……どうしてあの人はいつも張り切る方向が可笑しいのだろうか。
軽く一家の悩みを考えながら、出来上がった本当に簡素な料理をダイニングまで運んだ。
地味なシャルの料理とは反対に、テーブルに並べられているエナの料理は色とりどりに飾り付けられどれもおいしそうに見える。
いや、実際に美味しいのだが……
「わぁ、おいしそうー」
「でしょー。実際に美味しいから遠慮せずに食べてね」
「はい、ありがとうございます」
キラキラとした眼で料理を見るルイに、エナはにっこりと微笑んだ。
そのやり取りにシャルはヒクヒクと口の端が引きつる。
ふと見れば、バリューもシドも、ユラでさえもどうにも言えない微妙にひきつった笑みを浮かべていた。
一同考えることは同じだった。
いかにしてあの料理を食べずにいられるか。
シャルが作った料理をテーブルに並べ終えた頃、玄関とは違う方向からドアノックの音がした。
それに気づいたエナはそちらにパタパタと向かう。
「はいはーい」
そうして開かれたのは地下への扉。
「すみません、遅くなりましたか?」
「そんな事ないわ。丁度いいくらい」
「よかった。ちょっと用事をしてたら予定より時間が過ぎてしまって。手伝わずにすみません」
「いーのいーの。その代わりにユラちゃんがお手伝いしてくれたから」
「だったらいいのですが……こんばんわ、お邪魔します」
そんな会話をしながら現れたのは、教会で会ったアップロックだった。
改めて見ると、アップロックは巨人族のブラウンほどではないが背が高く、それは頭が天井についているのではないかと思うくらいだ。
ゆったりとした黒い法衣から時折のぞかせる腕や首元からは、がっちりとした筋肉が浮き出ている。
少し額に汗を滲ませ背中には、長さ約1m半ほどの黒い包みを背負っていて、アップロックがそれを下ろして地面に置いたところ、ゴンという硬い音が鳴った。
「鐘が鳴ってもお仕事?大変ね」
「いえいえ、日ごろは暇ですから。たまにこういう事があると飽きずに済みます」
「飯終わったらちょっと見てやろうか。前にメンテしてから大分経ってるだろ」
「ありがとうございます。助かります」
そうにこやかに言うと、アップロックはテーブルの上の料理を見た。
そしてその笑顔のまま固まる。
「アップロック?どうかした?」
エナが心配そうにアップロックの顔を覗き込み、ジャンプしながら顔の前で手を振ると我に返ったアップロックは焦ったように「い、いえ、だ、ダイジョウブ……?です」と答えた。
その表情は先ほどまでのにこやかさとは違う。
察したユラはアップロックに歩み寄り、その腕に手を置いて言った。
「今日は自信作だそうですよ、お父様。なんでも農園で育てている自家製『野菜』をふんだんに使ったのだとか」
その言葉にアップロックは「あ、用事がまだ」とか言って早足で去ろうとしたが、ユラに腕をがっちりと掴まれ引き戻された。
そしてその目は語っていた。「逃げることは許さないですよ、お父様」と。
「「いただきます」」
「「「「「い、いただきマス」」」」」
そうしてはじめられた夕食では、異様な光景が繰り広げられた。
美味しそうなエナの料理に手を出すのはエナ以外には誰もいない。
ルイがエナの料理に手を伸ばせば、シャルがそれを制するように自分が作った料理を取り皿に乗せていく。
他の人もエナの料理を誰が食べるかで牽制しあっているように視線によって熱い戦いが繰り広げられていた。
エナは気づいているのかいないのか、にこにこと笑いながらも自分が作った料理を口へと運ぶ。
そして色んな話をペラペラと話す。
シャルが小さい時の事。
エドガーは、昔は今よりももっと女の子のようだった(今でもそのような格好をすれば見えなくもない、と付け足して)事。
バリューとの馴れ初めや、アップロック一家との出会いって毎日一緒に食事する仲になるまでの話等、本当に色んな事を話した。
ルイはエナの話し方もあるのだろうが、内容が本当に可笑しくて食事を口にできないほど笑いこけた。
そんな中でもシャルはルイの皿にエナの料理が入らないよう、耐えず料理を入れ続けた。
そうしてひとしきり話した後、エナは普段山盛りのご飯を何杯も平らげるのに、今日は食が進んでいないバリューとアップロックに視線を向けてこう言った。
「……食べないの?」
その視線はとても鋭く、けれども表情はまるで聖母と思わせるような笑み。
バリューとアップロックはだらだらと冷や汗を流し、料理とエナを見比べお互いに目配せしあって意を決したように頷き合う。
「……いただきます」
シャルとシド、ユラは心の中でそっと手を合わせた。
二人がエナの料理を口に入れて呑み込んだのを確認したのを見計らって、エナはトドメを刺すようにニヤリと笑って言った。
「結果は数分後かしら」
その言葉にルイは驚いたかのようにエナの顔を見る。
バリューとアップロックは観念したようにぐったりとうなだれながら、エナの料理を食べていた。
味はとても美味しいのにも関わらず、自身の身に何が起こるかわからない料理を。
……もうどうにでもなれ。
ため息をついて、そう思った。
食事を終え、食後のお茶を飲んでいる時、それは起こった。
ムサイおっさんのバリューとガチムチのアップロックは気持ち悪いほどくっついてイチャイチャしている。
しかも本人たちはそれが普通だと思ってしまっているのだから余計にたちが悪い。
あまりの気持ち悪さにシドは、さっさとお茶を飲んで自分の部屋に引っ込んだ。
ユラはその二人を見ないようにして本を読む。
エナはその二人の様子をメモに取りながら、うんうん頷いてお茶を飲んでいた。
その様子をポカーンとだらしなく口を開けて見ているルイに、シャルは言った。
「母さんはたまに俺らで薬の実験をすることがあるんだ。解毒薬とか中和剤とかも用意して」
ため息をつきながら「だから母さんの作る料理は食べるなと言ったんだ」と言った。
目の前で広げられる気持ち悪い状態で理解したルイは、何度も何度も首を縦に振る。
それを確認して、その気持ち悪い二人を見た時思いっきり眉をひそめ、ルイを二人が見えないように体の向きを変えてエナに言った。
「そろそろ薬飲ませて」
「えー、これからなのに」
「早く」
エナは不満げにハイハイと言いながら椅子から立ち上がり、キッチンへと向かった。
ルイとシャルの後ろでは、もう一線を越えそうなほどのイチャイチャぶりが披露されている。
「ほら、二人とも。一発やる前にこれ飲んで。精力がつくから」
そう言いながら持ってきた緑と黒が混ざり合う液体は、どう見ても人が飲むものではない。
正常な思考を持っていれば、一気に飲み乾すなんてことは無いだろう。
現在正常な思考ができないバリューとアップロックは、頷き合ってその液体の入ったグラスを受け取り、乾杯をして一気に飲み干した。
と、同時にユラが素早い動きでバリューとアップロックの手にバケツを置く。
……毎度毎度よくやるよ。
シャルは二人が吐いている光景を楽しそうに見ているエナを見て、深い深いため息をついた。




