第四十六話
シャルはお腹をさすり、顔を歪めながら家の中へと戻った。
流石、両手剣を片手で扱うだけはあって力は強い。
しかも訓練されているから……
「今かなり失礼なこと考えてない?」
ルイのドスの聞いた声に、シャルはとりあえず考える事をやめる。
そして無言と無表情のまま自分の部屋に通じる扉を開いた。
そこは子供の部屋のようなところだった。
シャルがここの家の子供には違い無いのだが、対象年齢があまりに低すぎるのだ。
おもちゃ箱には木製の人形や積木。
本棚には子供向けのパズルが入ってある箱や絵本が並べられている。
壁には幼いころのシャルが描いたのだろうか、様々な絵が飾られていた。
「とりあえず、荷物はここにおいて」
「……え?あ、うん」
ルイは違和感を感じながら、荷物をおろして部屋の隅に置く。
部屋の真ん中に立ってぐるりと辺りを見回す。
「ねぇ、シャル」
「……ん?」
「ここ、本当にシャルの部屋?」
クローゼットに手をかけた所だったが、シャルはそのまま何もせず下ろした。
「うん、俺の部屋」
「え、だってこんな」
「実際に使ってたのは6歳くらいまでかな。あとはたまに帰って来るとき」
「……え?それはどういう」
ルイに顔を向けたシャルの表情は哀しげで、泣いているのか笑っているのか分からない。
ルイは言葉を失くし、ただ窓から入る日の光で朱く染まるシャルを見ていた。
「シャルちゃーん!来てるんでしょう?でっておいでー」
家のどこからかシャルを呼ぶ女の子の声に、シャルは顔をルイからそらした。
「やべ、行こう」
「あ、うん」
シャルは扉を開け、キッチンに向かう。
ルイはその後を追いながら、さっきの言葉を思い出していた。
……どういう意味なんだろう。
「シャルちゃん、お帰り」
目の前に現れたのは、『見た目』は同じくらいか少し年上くらいの女性。
淡い栗色の肩辺りで揃えられた髪に、ぱっちりと落ちそうなほど大きな目に碧い瞳。
可愛らしい面立ちのその女性は、シャルの身体をあちこちペタペタ触れながら言う。
「元気にしてた?ちゃんと食べてる?お友達できた?ちゃんと勉強してる?エトラに迷惑かけてない?もう、私宛にも手紙よこしてくれたっていいじゃない。ケチなんだからっ」
矢継ぎ早に言われる言葉に、シャルは苦笑して答えた。
「元気だし食べてるし友達は……まぁ適当に。勉強はちょっとしてるし、どっちかっていうと(間接的に)エトラ姉に迷惑かけられてる」
「あら、そうなの?シャルちゃんの事だから、寝坊助で引きこもりなのかと思ってた」
……数か月前まではその通りでした。
シャルとルイは同じことを思った。
「で、その子がお友達?」
「うん。ルイ」
「ルイ・ミドルイアです。お世話になります」
ルイはぺこりと頭を下げた。
女性の表情がぱあっと明るくなったかと思うと、ルイに抱き着く。
「シャルちゃんが女の子連れてくるなんてえええええ!!」
と大きな声で言いながら、ぐわんぐわんと揺さぶった。
ルイより頭一つ分小さいその女性は、本当に子供の様にはしゃぎまわる。
それを見てユラは面白くないと言わんばかりに不機嫌そうな顔をして口をはさんだ。
「……エナさん、私も女の子なんだけど」
「ユラちゃんはいつもいるでしょ」
「えー」
ユラはぷう、と頬をふくらます。
……私だって負けてないのに。
「え、っと……」
困ったルイはシャルの方に視線を向けた。
それを見たシャルは、エナと呼ばれた女性をルイから引っぺがしてひょいっと抱き上げると自らの横に立たせる。
「もうっ、またお母さんを子ども扱いして!」
「してない、してない」
「ひょいってした!結構傷つくんですからね!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「……はい?」
ルイは変なところから声を出した。
会話的には抜群のタイミングで、素っ頓狂な声はダイニングに居た全員の視線を集めるには充分だった。
「どうかした?ルイちゃん」
きょとんと可愛らしく首を傾げて彼女は聞く。
ルイはシャルと女性を交互に見ておずおずと口を開いた。
「お母さん?お姉さんじゃなくて?」
充分に譲歩しての『お姉さん』だったが、その言葉が嬉しかったのか照れたように両手で顔を包み込んでくねくねと身体を左右に捻る。
「やだぁ、ルイちゃんったらお上手なんだからっ!」
……別に上手を言ったわけじゃないんですけど。
ルイは困ったようにその様子を見て、シャルに助けを求めた。
シャルはシャルで何でもないようにあっさりと答える。
「ああ、俺の母さん。エナ・ヴィヴィ・ラント」
「……義理の?」
「いや、本当の」
「いやいやぁ、そんな、ご冗談を」
「あら、本当よ。写真見る?」
ルイはもう一度シャルとエナを見比べる。
確かに面立ちは似ている。
でもまさかこんな少女に17にもなる男の子がいるわけ……
「はい、どうぞ。証拠写真よ!」
エナは本棚から一冊のアルバムを取り出し、ルイに押し付けた。
未だに信じがたいルイは、不審に思いながらもそのアルバムをめくっていく。
捲れば捲るほどにその目は見開かれていき、バッと驚いたように勢いよくエナの方を見た。
「若返ってます!これ若返ってます!ありえないです!!」
そのアルバムには、この家に来てから写したと思われる写真から徐々に若返っていくエナの姿があった。
成長していく二人の子供と年相応に老いていく夫の傍らに、三十路前の姿から徐々に少女へと変わっていくエナ。
普通に考えればありえないことだ。
「母さんは薬師をしていて……これはその副作用というか……」
「禍転じてっていうよね~。勿論、これ以上若返らないようにする薬はばっちり開発済みよ」
てへっと笑いながら、エナは可愛らしくポーズをとった。
ルイはただ呆然とエナを見ていた。
ルイの脳がエナをシャルの母親と認識するのに、少しばかり時間が必要になりそうだ。




