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彼方への手荷物  作者: 涼詩悠生
第四章 ニイエケとユグとフォレスティ
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第四十四話

「お、シャル坊か?」


畑仕事をしていたのであろう、麦わら帽子をかぶり、首にはタオルをマフラーの様に巻きつけているその男性は、手には軍手を着けてクワを持ち、まるで珍しいものでも見たかのように目を丸くした。

そしてその目は次第に細められていく。


「シャル坊だ!シャル坊が帰って来たぞ!!」


男性はクワを投げ捨てるように地面に置き、大きな声でそう言いながらシャルに向かって作物を避けながら歩いてきた。

その男性の声に住宅から顔を出すもの、井戸端会議を中断し此方を向くもの、遊びの手を止めこちらに駆け寄って来るもの。

シャルはそんな人たちに微笑みながら答える。


「お久しぶりです」

「おお!でっかくなったな!親父さんを越したんじゃないか?」


男性はシャルの肩を叩き、ガハハハと笑いながら言う。

それには「それはありえないです」とシャルは苦笑した。

そして集まってきた人々が次々にシャルに群がっていく。


「シャルちゃん、後でうちに寄りなさい。シャルちゃんが好きだったアップルパイ焼いてあげるから」

「シャル兄、いつまでいるの?しばらくいる?また遊んでよ」

「まえに教えてもらったの、上手にできるようになったんだよ!後で見てよ!」


まるで飴に群がるアリみたいだな、とその集まりから一歩下がった所にいたルイは思う。

シャルは投げかけられる言葉すべてに丁寧に答えていく。

それはルイにとっては知らないシャルで、そのシャルはおじさんやおばさんたちの言葉に照れたように笑う。

子供たちにはまるで兄の様に接し、一人一人に頭を撫で、あるいは肩を置き優しい笑顔を向ける。

そして、目が合った。


「あのヒトだあれ?」


シャルの視線を追っていた女の子が問う。

視線が一斉にルイに集まり、話題はルイが何者なのかに移行する。

ギュッと口を引き結び、服の裾をきつく握りしめる。

シャルの、ただ困ったかのように笑う姿を見ていた。

否定するでも、肯定するでもない、曖昧な笑みを。





教会の鐘が鳴ると、まるでクモの子を散らしたように解散していく。

あまりにあっさりしたその様子に驚いていると、シャルは「そういうものだ」と何でもないように言った。


「とりあえず、用事済ませてからかな……」


シャルは歩きながら鞄の中から封筒を取り出した。

それは王都フィルハイムのユグ教本部で託されたもの。


「アップロックさん?だっけ?」


ルイの言葉にシャルはこくりと頷いた。


「聖女からお手紙もらうなんてどんな人なの?」


それには少し眉根を寄せて、教会を見据え考える。

どんな、と言われても口でうまく説明できる自信がない。


「会うと分かると思う」


と言うのが精一杯だった。

ルイは訳が分からないと、肩を上げて下げる。

石やレンガ、木材などで造られた昔ながらの家々からは、夕食だろうか、とても懐かしく美味しそうな匂いが漂い、子供ら独特の高い音の話し声が響いてくる。

まるで理想の家族像が、このフォレスティには溢れている。

それは、どの家にも等しく。

そうして同じような家の並ぶ道をまっすぐに進み、高台を登る。

そこには坂に沿って緩やかな階段がつけられ、天辺は木材と蔓で造られた柵がぐるりと囲ってある。

その内側はまるで公園になっており、ベンチは勿論の事、大きく太い立派な樹を軸にして遊具が作られてある。

太い枝にはロープを括り付けてブランコにし、また別の枝には小さなツリーハウス。

ツリーハウスから幹をぐるぐると回るように伸びる滑り台がある。

ルイが口を半開きにしてその樹を見ているのをみて、シャルはクスリと笑う。


「それ手作り」

「へー。そうなんだぁ……は!?手作り!?こんなおっきいの手作り!?」

「それもほぼ一人で」

「はぃ!?こんなすごいの一人で作るのとかどんな人ですか!」

「どんな……」


シャルは腕を組んでうーん、と考える。

あの人をどう表現しようか悩んでいると、白い石造りの教会の扉がギィと音をたてて開く。

二人してその扉を見て、シャルはポンと手を打つと、「あんな人」と指して答えた。

言われた人物はユグ教の法衣を着ていた。

その色はセリシアに仕えていた者と同じ黒。

栗色の髪は短く切られ、眼は細く長い。

その面立ちは『おっとりとした善人』を全面に押し出しており、纏う雰囲気も同じ。


「騒がしいと思ったらシャル君が帰って来ていたのですね。遠路はるばるお疲れ様でした」


そして話し方も同じだった。

その人はシャルに優しい笑みを向けた後、ルイにも同じように微笑む。


「こちらの方とは、初めましてですね。アップロック・ドリューです」

「あ、ルイ・ミドルイアです。よろしくお願いします」


差し出された手を取り、握手をする。


「何もない田舎ですが、ゆっくりしていってください。とは言え、他の街にはない規律を守ってもらうことになりますが」

「規律……ですか?」


首を傾げるルイに、アップロックは頷く。


「まず、柵を越えない事。越えてはいけない柵は色分けされていますのですぐわかると思います」


それは途中まで送ってもらった御者から聞いていたので、頷く。


「次に、鐘……さっき鳴らした鐘ですが、それが鳴ると基本的には外出禁止です。あ、もちろんお醤油とか塩とかもらうとかそう言うのは許容されています。問題なのは意味もなくうろちょろするってことです」


町全体の門限とでも思ってください、とアップロックは付け加える。

それにもルイは意味が分からなかったが、そういう決まりなのなら、と頷いた。

アップロックは「そして」と言いながら、細い目を鋭くする。


「ここで知った事は他言無用です。他所で話せばどうなるか、僕にもわかり

ません」


その目には殺気が込められていて、ルイはびくりとする。

それを確認して、アップロックは変わらない優しい笑顔で言った。


「まぁ、守ってもらえるならどうってことは無いですよ」

「……は、はい」


素直に聞いておいた方が身のためと、ルイは俯きながら返事をした。

シャルは話が終わるのを確認すると、アップロックに持っていた封筒を差し出した。


「これはなんですか?」


首を傾げながら封筒とシャルを見比べる。


「セリシアさんから」


その言葉に目を丸くして、まるでひったくる様にその封筒を受け取る。

そしてビリビリ封をちぎり、中に入っていある手紙を出して読む。


「じゃあ、俺帰るから」

「あ、ああ。ありがとうございます」


シャルは手紙から目を離さないアップロックを置いて、ルイを連れて教会の横道に向かう。

が、足を止め嫌な事を思い出したかのように顔を歪める。


「え、どうしたの?」


教会の奥には他の建物とは違う、大きな煙突があるレンガ造りの家。

それを見据えているシャルに、ルイは不審に思いながら顔を覗き込んだ。

家とルイ、両方を交互に見てルイに言う。


「母さんの料理、食べるなよ。じゃないと、色んな意味で保証しない」

「……は?」

「わかった?」


シャルはルイの両肩に手をパンと置く。

勢いが良すぎてルイの身体は前後に揺れ、手の置かれた肩がジリジリと痛む。

意味が解らないという呆気にとられた表情をしているルイに、シャルはイラっとしたようでもう一度問う。


「わ、かっ、た?」


その必死な姿に、ルイは戸惑いながらもようやく答えた。


「わ、わかった」


シャルの母親の手料理にいったいなにがあるのか、とルイの好奇心がうずうずする。

……そこまで言われると気になるよね。

その思考が後で墓穴を掘ることになる。


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