第四十一話
目の前に並ぶのは、色とりどりの食材で作られた、様々な料理。
どこかの地方の料理もあれば、いつも食べているような料理もある。
エミリーが「このシチューは奥様が作られたんですよ」とルイに耳打ちした時は、ルイの目が落ちるんじゃないかと思うほど見開かれた。
それは本当に美味しかったからだ。
「私、こんな美味しいシチュー食べたの初めてです」
ルイが正直な感想を述べると、シャルの祖母、シュデルテは嬉しそうにホッホッホと笑った。
「このシチューは私が昔から作ってるものでね、よかったらルイさんにも教えてあげるわ。美味しさには秘密があるのよ」
「わぁっ!楽しみです!……あ、でも私料理とかホント駄目で。シャルにも教えてもらってるんですけど、失敗ばかりなんです」
そうしょげて言うルイに、シュデルテはウインクをして口に人差指を当てる。
「それはシャルの教え方が悪いのね。大丈夫。先生にお任せなさい」
そう言うとエミリーの方を向いて頷いた。
エミリーはそれを見て礼をして下がっていく。
ルイはそれを見ながら申し訳なさそうに言った。
「あ、でも本当に私不器用なんです。シャルも丁寧に教えてくれるんですけど、料理だけじゃなくて魔法も覚えが悪いし」
言いながら落ち込んでいくルイをちらっと見て、シャルはパンを取りながら言った。
「……確かに不器用で覚えも悪いけど、諦めないで一生懸命やるのはいいことだと思う」
その言葉にルイは驚いたように勢いよく振り返り、信じられないとでも言うようにシャルを見た。
「いつもため息つくじゃない!」
「失敗の仕方が豪快だから」
「豪快とかいうなー!」
「爆発は豪快だと思う」
ぬぬぬと納得がいかないルイの姿と、淡々と返すシャルの姿を見て、シュデルテは微笑ましく見ていた。
「エディも昔はそうだったわねぇ。教える魔法、教える技、全て爆発させるか身体を傷だらけにさせていて。それでも諦めないで練習して、今では一級魔法士。凄いわねぇ」
シュデルテが懐かしそうに言うと、うんざりしたようにシャルが言った。
「それに巻き込まれる身にもなってほしい」
「あら、それはあなたの修業が足りないからよ」
ホホホホと口に手を当てて笑うと、ルイに向き直り優しく微笑んで言った。
「だから大丈夫、あなたにもできるわ。騎士学校でも優秀な成績をとっているんですもの。同じように鍛錬を積めば、料理も魔法もきっと上手くいくわ」
「……え、どうして」
ルイはシュデルテがグレイス校に居たことを知っていることに驚いた。
成績は悪くはなかったが、良い方ではない。
実力よりも努力が認められて進級した方だ。
知っているのはグレイス校の人間と、キュレスティアのごく一部の教師しかいない。
「ルイ」
戸惑っているルイに、シャルはぼそりと言った。
「そのヒト、エトラ姉の前の学園長だから」
「……は?」
「ちなみに一度会っているわ。キュレスティアに転入してきたときにはまだ学園長してたから」
シュデルテは、丁度エトラに引継ぎをする年なのよね、と言いながらサラダをつまむ。
シャルはシャルで、エトラがうるさかった、と思い返して言いながらパンをちぎりバターを塗る。
混乱しているルイが口をパクパクさせながらようやく出たのは、「……キュレスティアの学園長ってこんなに儲かるの?」というどうでもいいような言葉だった。
それにはシャルが目を丸くし、シュデルテは食べていたサラダを器官にやってしまって少々咳き込みながら、本当に可笑しそうに笑った。
執事がすかさず水を差出し、それを一気に飲み干して咳が落ち着いても、まだシュデルテの笑いは止まらず、ひーひー言っていた。
それでも何とか落ち着かせ……とは言えまだ笑いは残っていたが、何とか気合で「ええ、儲かるわよ」と言った。
「ここだけの話、キュレスティアの学園長のお給料って超破格なの。この屋敷なんて学園長御殿とか言われているくらいよ。エトラもだいぶお給料余っているんじゃないかしら」
「……え、そんなに?」
ルイはこの屋敷の規模を考えて、とても信じられないというように言った。
「ええ。とはいっても、学園長の業務での給料は全体の一割も無いの」
うんざりしたように言うシュデルテの姿は、シャルの面影が少しあった。
……本当に心底嫌そうな顔が似ている。
「理事長の世話役っていう仕事もあってね。話し相手をしたり、身の回りの世話をしたり。ご飯作って持って行ったり。あぁ、塔の掃除っていうのもあったわね。殆ど住み込みよ、住み込み。あんな変人の相手するんだから、これくらい貰わないとね」
「へ、へぇ……どんな人なんですか?理事長って」
呆れながら聞くルイに、シュデルテは目を丸くした。
「あら、知らない?青い髪の見た目20過ぎの男の人よ。いつもは塔に閉じこもってるんだけど、気に入った子を見つけると降りてって『僕と契約して子供産んでよ』とか言うの。ルイさんも気を付けてね。ろくでもないから、ホントあの人」
ルイはそれを聞いてひくひくと口の端を震わせた。
……なんか聞いたことあるぞ、その台詞。
話をしながら楽しい食事も終わり、ミルクティーを飲みながらシュデルテは思い出したかのように言った。
「今日ルイさんはシャルの部屋で寝るの?」
その言葉にルイは口に含んでいた紅茶を噴き出し、シャルはガタっという音をたてて勢いよく立ちあがった。
「なぁに?そんなに慌てて」
シャルの慌てた表情を見て、シュデルテは何のことか分からないといった様子で問う。
「……そもそも、ばー様のせい」
「あら、そうなの?」
まるでお茶目なおばあさんの様に、シュデルテは首を傾げた。
「ばー様、仕込んだだろ」
その言葉にシュデルテはピンと来たようで、戻っていたエミリーを見てがっかりしたように言った。
「もうバレてしまったの?」
その言葉にエミリーは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。誰も何も進展もなく、ばれてしまいました」
「まぁ、仕方ないわね。せっかく生きている間にひ孫が見れるチャンスだったのに」
そう言ってため息をついた。
「無いから!エミリーちょっと」
眉間にしわを寄せて、シャルはエミリーの腕を乱暴に掴んで食堂を出た。
その姿をやれやれ、といったように見送りルイに視線を戻す。
呆然としながらも、少し傷ついたような表情をしてシャルが出て言った扉を見ているルイに、シュデルテは呆れたようにつぶやいた。
「ホント、あの子も乙女心がわかってないわね」
「ちょっとお待ちください、シャル様!あ、いや、そんな、わたくしとシャル様では年の差が。わたくしには夫も子供も」
「だから無いから!」
食堂を出てシャルはエミリーの腕を離した。
そして眉間にしわを寄せて睨みつける。
「……部屋をあんな風にしたのは」
「わたくしでございます。何か足らない物でも?」
何でもないようにエミリーは返した。
口元はうっすらと微笑んでいるようにも見える。
「……片づけてほしいんだけど」
「何故です?満更でもないのでしょう?」
「……そういう問題じゃない。とにかく片づけて。部屋も別で」
そう言って去っていくシャルに、エミリーはため息をついた。
……無駄な意地張ってないで素直になればいいのに。




