第四十話
グレイスには三つの大きな建物がある。
一つはギルド。
一つは国立騎士学校。
そしてもう一つは、元教師の邸宅。
その主は孫が来ると聞くやいなや、従業員全員を広間に呼び出した。
そしてまるでいたずらっ子の様に笑って言った。
「さぁ、ゲームをしましょうか」
その内容を聞いて従業員一同、盛り上がる。
参加者は位も男女も関係なく。
孫が連れてくる女の子と一線を越えるか否かの賭け。
もしくは従業員の誰かと出来上がるかの競争。
賭けに勝てばボーナス。
競争に勝てば主の死後、主の財産が手に入る。
一番の目当てはその邸宅だ。
隠し部屋、隠し通路、隠し扉、主の遊び心満載のその邸宅は、従業員たちも気に入っている。
人手に渡れば壊されてしまうかもしれない。
それだけは阻止する、という事だけは従業員一同一致していた。
シャルはその話を聞いて、怒りを通り越して呆れた。
いつも何かしらやりだす祖母であったが、まさか自分をゲームの材料にするとは思わな……い事も無いな、とこれまであったことを思い出して考えを改めた。
これですべての合点がいった。
頬を染めていたのは、自分が目をつけられたと思ったから。
襲い掛かってきたのは、既成事実があればこっちの物、と思ったからだろう。
リメイはゲームの話がなくても、ああいう感じだったので除外だが。
「……で、エミリーは俺とルイがくっつく方に賭けた、と」
シャルはそう言ってエミリーを呆れ半分、怒り半分で見つめた。
エミリーが黒ぶちのメガネをくいっと上げると、そのレンズがきらりと光る。
「もちろんでございます」
そう答えたエミリーの目は驚くほどに自信に満ちていた。
長い髪を後頭部で綺麗に団子状に纏めて一切の乱れもなく、纏う制服にも一切の乱れも汚れもない。
この邸宅の主に勤めて20年余り、主の性格も従業員の技量もこの家の造りも隅から隅まで把握している。
「わたくしほどの年齢、技量となりますと、まだ成人前の男の子を手玉にとることは赤子の手をひねるよりも容易いことでございます。しかし、わたくしとてヒトの子、ヒトの親。この世におぎゃーと産声を上げた時からお世話させていただいておりました、シャル様にそんな、あんなことやそんなコトをして差し上げるのは、心苦しく……」
エプロンの裾で涙をぬぐう仕草をするが、その目には一滴の涙もない。
それどころか、その言葉を吐いている口は笑いたくてたまらない、と言った風にひくひくと震えている。
はぁ、と一つ大きなため息をつく。
「……で、話がだいぶそれたんだけど」
「あぁ、勿論、わたくしがよろしいのでしたら、喜んでご奉仕させていただきます。その辺の小僧や小娘にはできないような」
「違うから!」
言葉を遮られたエミリーはやれやれ、といった様子で一つ息を吐くと、眼鏡をとる。
そしてエプロンで拭きながら、「覗き部屋の事でございますね」と面白くなさそうに言う。
その態度はメイド長にあるまじき姿で、下手すればグレたようにも見える。
「ええ、覗いておりました。情事の一つや二つ、見れるかと思っておりましたのに。もう、シャル様ったらシャイなんだからっ」
意地悪な顔をして肘でシャルを小突いてみる。
照れさせたらこちらの勝ちだ。
しかしシャルは冷たく、睨みつけた。
「エ、ミ、リー」
「申し訳ありませんでした」
エミリーはこれ以上怒らせるのは得策ではないと、大人しく頭を下げることにした。
そしてシャルの口から、エミリー他従業員たちにとってはとんでもない言葉が出る。
「覗き部屋封印してやる」
その言葉に、様子を伺っていた他の従業員たちが一斉に出てきて抗議したのは言うまでもない。
「ソレは駄目です!絶対だめですよ!」
「そうです!あの部屋はお客様の安全を確認するための奴ですよ!」
「私は一日の締めにあの部屋で執事のゼノグさんの肉体美を見るのが楽しみなんですよ!」
一斉にその最後の言葉を言ったメイドに視線が集まる。
シンと静まった後、名を言われた執事が恥ずかしそうに頭を掻きながら一歩前にでる。
「実は俺も……」
そう言うとその場にいた従業員が、わーわーと騒ぎ出す。
シャルはその状況に眉間を押さえた。
本当にここの人間は……
「あらあら、何の騒ぎ?」
その声に一同、頭を下げて壁際に寄る。
エミリーも頭を下げ、シャルの一歩後ろに下がった。
「お帰りなさいませ、奥様」
「お帰り」
「ただいま。シャルも来ていたのね」
シャルはこくんと頷くと、白髪交じりのショートボブに、細いレンズのメガネをかけた老婆はにっこりと微笑んだ。
「遊んでちゃ駄目でしょ?そちらのお嬢さんがどうしたものかと固まってしまってるじゃない」
そう言われて視線を追うと、浴室からメイドに案内されていたルイが目をぱちくりさせてこちらを見ていた。
「ルイ」
呼びかけるとハッとしたようにシャルの方に顔を向ける。
「この人が俺の祖母でここの家主」
その言葉にルイは大きく目を見開く。
驚きの絶叫が、屋敷中に響いた。




