第三十九話
「シャル様、タオルとお召し物をおも」
「うん、ありがとう」
シャルは脱衣室から手だけを出して、メイドからひったくるように着替えを取った。
そうしてピシャンと勢いよく扉を閉め、はぁ、とため息をついて扉にもたれかかる。
「……ごめん」
頭をガシガシと掻きながら、シャルはルイに頭を下げた。
ルイは少し頬を赤く染めながら、首を横に振る。
「え、あ、うん。いいよいいよ。大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから、うん」
「……普段はいい人たちなんだけどスイッチが入ると、なんというか暴走するんだ。本当にごめん」
そう言ってタオルをルイに渡す。
「俺、一回部屋に行くからゆっくり入って。あ、荷物も持っていっとくから着替えだけとって」
「……え?さっき持ってきてもらったんじゃ」
そう言いながら持っていた荷物を漁って着替えを取りだした。
その言葉にシャルは困ったかのように顔を背け、ルイの荷物を持ち上げる。
「うん、ごゆっくり」
半ば焦って、よくわからないという表情をしているルイを置いて脱衣室から出る。
手にあるタオルの上には二人分の着替え。
その中にある……おそらくメイド長が用意したのであろうルイの分の着替えが、布部分が極端に少なく、あったとしても透けていたりして露出が高いのが一瞬にしてわかるもの。
深くため息をつき軽く頭痛をさせながら、以前使っていた部屋に向かう。
その足取りは通常の5割増しで早い。
「な、なんじゃこりゃあああああああああ」
浴室の扉を開けて、ルイは驚きのあまり大きな声をあげた。
その声は浴室によく響き、反響して帰って来る。
浴室……というより大浴場という方が正しいのかもしれない。
様々な色形、大きさの浴槽、たくさんある洗い場、なぜかある石像や花と背の低い木。
「……一日で回りきれるかな」
ぴちゃんぴちゃんと足音を立て、勇気を出して浴室に入る。
水面いっぱいにバラが浮かんでる浴槽、同じくレモンが浮かんでる浴槽。
紫色のお湯のお風呂に、水色のお湯のお風呂。
ライオンの口からお湯が出ているお風呂に、滝のようにお湯が落ちてくるお風呂。
洗い場には彫刻がされていて、木や花が咲き誇り、動物たちが本当に佇んでいるようだ。
シャンプーやコンディショナー、ボディソープが入ってある入れ物も、無駄に装飾が施されている。
ルイの実家も裕福な方だが、ここまで浴室は大きくないし、浴槽も装飾も少ない。
「こんなおっきいお風呂がある家の鍵持ってるシャルって一体……」
口の端をひくひくさせながら、浴室を端から端まで見ていく。
一通り見て回って、取りあえず端っこにある何の変哲もない普通のお湯のお風呂に入る。
……こんな落ち着かないお風呂は初めてだ。
シャルが自分に与えられていた部屋に到着する頃には、早足は全力疾走になっていた。
ここの人間は総じてノリがいい。
それは良くも、悪くも。
すれ違うメイドや執事たちは、顔を背けたり頬を赤く染めたり、下手すると襲い掛かってきたりした。
それを慣れた手つきで流し、逃げるように部屋に向かい、バタン!と大きな音をたてて扉を開く。
そしてその光景を見て、あんぐりと口をあけてしばし呆けた。
以前は地味なグレーで覆われていた部屋が、ピンクや紫、赤などといった色でカーテンやソファー、ベッドカバーが色付けされていた。
そして見える範囲で5個のティッシュがカバーをつけられて置いてあり、そのカバーに着けられているポケットには、なにやら幼児の手のひら大の箱が入っていた。
……やりすぎじゃないか?
そう思いながらベッドのある方を見て、ぎょっと目を剥き急いで中に入って扉を閉めて鍵も閉める。
天蓋が着けられ、枕が二つ並べて置かれたベッドの隣には意味ありげにサイドテーブルが置かれていた。
以前には無かったものだ。
恐る恐る近づき、そのテーブルの引き出しを開ける。
そして中身を確認するなり勢いよく閉めた。
思わずその場で頭を抱える。
……本当にやりすぎだ。
とりあえずそれをどこかにやってしまいたい衝動にかられ、ふらふらとクローゼットに向かう。
大き目のタオルかシーツの替えを求めてその戸を引く。
「……は?」
中はサイドテーブルの中身以上の物や、とある衣装が所狭しと詰められていた。
そして、一番目につくところには見覚えのある字で「必勝法」と書かれたノート。
それを手に取って中身をぱらぱらとめくると、ご丁寧にイラスト付きで方法や解説やらが書かれている。
本当に丁寧な字とイラストで。
そのノートを元の場所に静かに戻し、パタンと扉を閉める。
その手は小刻みに震えている。
気が付けば駆けていた。
行儀なんて放り投げ、扉を荒々しく開けて廊下を大きな音をたてて走る。
目当ては先ほど別れた、制服の左腕にラインがあるメイド長。
「エミリーは?」
探している途中で別のメイドを見つけ、腕を掴む。
そのメイドも頬を赤く染めてシャルと目を合わせず、恥じらいながら「え、あ。その、おやめください」とか言っている。
それにもイライラしながらシャルは少し声を低くして言った。
「エ、ミ、リー、は?」
その迫力にメイドは表情を戻し、頭を下げる。
「エミリーさんでしたら、浴室横の部屋に……」
「ありがとう」
シャルはメイドから手を離して、浴室に向かう。
が、浴室付近に来てシャルの動きはピタリと止まった。
浴室横と言ってもここの浴室は広い。
脱衣室でさえ、普通の一部屋位ある。
とりあえず壁に沿って歩いてみるが、浴室に向かう扉以外に扉はない。
壁を撫でながら歩いていると、指が一瞬何かの突起に当たった。
よく見るとそこは壁紙が途切れていて、足元の絨毯もめくれるようだ。
シャルは絨毯をめくる。
その床は10cm四方の切り目が入っていて、それを取ると中には小さなレバーが入っていた。
シャルは眉をひそめてそのレバーを動かす。
ガコンという音と共に、壁が扉を開けたように開く。
その中は片側を黒いカーテンで覆われた、不思議な部屋だった。
シャルは不審に思いながらその中に入り、奥へ奥へと進む。
「エミリー」
不自然に膨らんだカーテンに、シャルは呼びかけた。
その膨らみはびくりと揺れ、ゆらゆらと揺れたかと思うと中から制服の左腕の部分に白いラインの入った、エミリーが出てくる。
なぜかそわそわとしていて、落ち着きがない。
「しゃ、シャル様。ど、ど、どうして、こ、ここに?」
エミリーらしくないその言動に、シャルはカーテンを思いっきり開けた。
それは浴室の中が見えるようになっていて、バラ風呂の中でバラを弄って遊んでいるルイの姿も見える。
シャルは見下すようにエミリーを睨みつけ、微笑んだ。
「とりあえず、出ようか」
エミリーは深々と頭を下げる。
「仰せのままに」
エミリーの頭の中は、この場をどう乗り切るかでいっぱいになっていた。
この部屋をどうにかして存続させなければ!!




