第三十八話
馬車に獣除けの鈴をつけ、リンリンがたがたと音をさせながら馬が牽くこと約2時間。
シャル達はグレイスに着いた。
馬車の中ではすし詰め状態であったが、陽気なおじさんたちの歌と元気なおばさんたちの話で窮屈さを感じるのは初めのほんのわずかな時間しかなかった。
グレイスは下手をすれば王都フィルハイムよりも賑わいを見せていた。
鍛冶師、魔法具技師、武器・防具商は勿論の事、道具商や宝石商も多い。
それはグレイスにギルドがある為だ。
技師や商人の育成と繁栄を目的に結成されたギルドは、流通や品質の査定だけでなく、技師や商人を目指すもの達や騎士学校を卒業した者にとっては就職案内所にもなる。
そんなギルドの建物がドーンと大きく『馬車停留所南』の真ん前にそびえ立っていた。
同じ馬車に乗っていた商人曰く、昔は小さな平屋建てで細々とやっていたが徐々に大きくなり、今ではグレイスの玄関前の一区画丸ごとになった、らしい。
シャル達はそんな建物を通り過ぎ……本当に一区画あるんだなと長い塀を確認して今晩の宿予定の建物を目指す。
「あ」
ルイが声を上げて立ち止まり、複雑そうな表情である施設を見ていた。
北上すること4区画、右手に見えたのは国立騎士学校、通称グレイス校。
その塀は鉄柵で、その高さはおよそ5m。
しかもその頂点部分は有刺鉄線が幾重にも巻き付けて張り巡らされてある。
そのすぐ中には3m程の深さの堀が幅5m程で掘られてあり、見た目はさながら……
「刑務所みたいだな……」
「ひ、否定できないかなぁ……中も基本的にそんな感じだし」
正直な感想を言ったシャルに、ルイは苦笑して頷いた。
塀の中で「いちに!いちに!いちに!いちに!」と掛け声を掛けながら、綺麗に二列に整列した10名ほどが駆け足で通り過ぎていく。
それを懐かしそうに見ているルイの姿を見て、シャルは提案する。
「……挨拶する?」
その言葉にルイは一瞬ぱあっと明るくなるが、すぐに表情を曇らせ凄い勢いで首と手を横に振った。
「いいよいいよ!フグレル様にはこないだ会ったし。友達とかはたまに手紙送ってるし!」
手や首がとれるんじゃないかと思うほど勢いが良く、シャルは不審に思って首を傾げながらも「そうか?……じゃあ」と言って進行方向へ向き直った。
歩いて行くシャルを追いかけながら、ルイは安堵のため息をついく。
……あんな半ば人間捨ててるような訓練見られなくて良かった。
そう思って脳裏に浮かぶのは、半ば拷問に近い訓練の数々だった。
シャルは曖昧な記憶と、小さなメモを頼りに目的地へと向かう。
停留所からかなりの距離を歩いてきた。
周りの建物は、ほとんど上流階級の邸宅と言っていいほどの物で、後ろをついてくるルイもちょっとビクビクしているのがわかる。
建築士たちが腕を競っているのか、様々な建築様式や色とりどりの花々や装飾で街は色鮮やかに彩られていた。
シャルは木々で出来た長い長い塀の横について歩く。
「ねぇ、シャル。本当にこっち?」
不安に耐え切れず、ルイはシャルの背中に声を掛けた。
シャルはメモを見ながら辺りを見回す。
「ん、もうそろそろだと思う」
そう知ってまた長い長い塀の横を歩く。
ルイはため息をつきながらシャルの後に続いた。
軽く10分ほどこの塀の横を歩いていて、感覚が可笑しくなりそうで、こんなでかい家にどうやったら住めるのかとか悶々と考えながらひたすら歩いた。
「ついた」
「あうっ」
5分ほど歩き、シャルは唐突に立ち止まり、ルイはその背中にぶつかり顔をうつ。
「いてて……やっと着いた?もうなっがい塀で目がおかしくなるかとおおおお?」
鼻先を撫でながらシャルが向いている方の門を見て目を丸くした。
それは先ほどまで長々と見させられていた塀が続いている邸宅の、無駄に大きく豪華な門だった。
シャルは荷物から一本のカギを取り出し、その大きな門の横につけられている小さな(普通サイズの)扉のカギ穴に突っ込んだ。
そしてカギを回すとガチャリ、という音がする。
「う、うそぉ……」
ルイは驚きを隠せないようで、ただでさえ大きな目を更に見開いてカギを凝視していた。
キィと扉を開き、シャルとルイは中に入った。
扉はパタンと閉まり、自動的にカギが閉められる。
「え、え、出れるよね?閉じ込められてるとかそう言うのないよね?」
「……ないない」
動揺しまくっているルイを置いて、シャルはかなりの面積がある庭を歩く。
それは一面の花畑のような庭だった。
整理、整備された広大な庭には色とりどりの季節に合わせた花々や木々が植えられ、そのどれもが丁寧に手入れされている。
そうして歩いていると一羽の小さな青い鳥がシャルに向かって飛んできた。
それは嘴がシャルの身体に刺さるほどの勢いで。
シャルはそれを体一つ分横に避け、鳥はシャルの身体の横を通り抜けるとシャルの周りをぐるぐるパタパタと飛び回り、そうかと思えば屋敷の方へと飛んでいった。
「……なにあのコ」
「鳥」
「いや、そうじゃなくて」
いつも通りの返答をするシャルに、ルイは苦笑する。
花を見ながら歩いているとぽつりとシャルは言った
「……誰が入ってきたか見に来ただけ」
「あ、そうなんだ。賢いね」
その言葉にシャルはこくりと嬉しそうに頷いた。
10分ほど庭を歩いてようやくついた玄関の扉は、これまた大きく豪華な装飾が着けられていた。
その中でもライオンの口に魔法陣のような円形状のものが着けられているドアノックが目を引く。
ルイはシャルがいつそのドアノックを使うのか、どんな音がするのかと楽しみにしていた。
しかし、シャルはそのドアノックを使う事はなく、ガチャリとドアノブは回される。
「ええええええ!?いやいや、ちょっとちょっとおおお」
ルイの声は虚しく、扉は音もなく開いていく。
そうして出迎えたのは、一人のお辞儀をしたメイドだった。
「お帰りなさいませご主人様!じゃなかった旦那様でもなかった!!シャルさま!」
「た、ただいま」
シャルは苦笑して答えた。
それに対してメイドは目をキラキラさせる。
「シャル様がこの屋敷にいらっしゃると、奥様がおっしゃってからこのリメイ、首を長く長くながああああああああああああああくしてお待ちしておりました。以前使っていらしたお部屋もそのままに、きっらきらのピッカピカにしてあります。お疲れでしょう、先にお風呂になさいますか?お食事になさいますか?」
リメイはシャルに襲い掛かろうとする勢いでまくし立てた。
その目にルイの姿は一ミリたりとも映っていないようで、見向きもしない。
シャルは軽く引きながら「じゃあ風呂に」と言うと、一瞬リメイの眼がキラリと光り、口元がニヤリと笑った。
「承知いたしました。そうおっしゃると思って既に準備は整えてあります。宜しければ背中をお流しいたしましょうか?」
「い、いや、いいから」
「そう遠慮なさらず。私とシャル様の仲じゃありませんか。お望みになられるなら、このリメイの身体を好きになさってもいっ」
ガンという音がリメイの言葉を遮り、頭を抱えその場にうずくまらせる。
その原因である銀色に輝くトレイを持った左肩に白のラインが入った制服を着ているのメイドは、リメイの目の前で足を踏み鳴らす。
ひぃっという短い悲鳴の後、そのメイドはシャルに向かって深々と礼をした。
「お帰りなさいませシャル様。リメイの無礼、どうぞお許しください。後できつく、きつく叱っておきますので……そちらの方はルイ様ですね。よくいらっしゃいました。ごゆっくりなさってください」
そう言って微笑むメイドに、ルイは強張っていた頬を無理やりに微笑みに変えて礼をする。
「あ、えっと、この度はお世話になります。ルイ・ミドルイアです。よろしくお願いします」
その姿にメイドは目を細め、こちらもにやりと笑う。
「ところで、ルイ様とシャル様のご関係は?二人で帰省なさるのですから、勿論恋仲とみてよろしいのでしょうか?」
「……え?ええええええええ!?」
「奥様からお二人でいらっしゃると伺ってから、わたくしずっと考えておりました。ベッドに枕を二つ置こうか否か。アレや道具は幾つご用意したらいいのか、種類は豊富な方がいいのか、形はどうしようかともう夜も眠れぬ日々を」
「うん、それでいいから。風呂行くから着替え持って来といて」
「え?え?えええええええええ!?ちょっシャル!?」
シャルは顔をひきつらせながらルイの手を引いて急いでその場から離れる。
「ちょっ!シャル!」
後ろから聞こえるルイの声が驚きと動揺で裏返っている。
忘れていた自分が悪いのだが、まさかここまで言われるとは思わなかった。
心の中でその原因を作った人物を恨みながら浴室へ向かった。




