第三十五話
ルイは呆然と、目の前で起きた不可思議な現象眺めていた。
眼も口も開いたまま。
ユグ教会本部の礼拝堂から続く談話室に、ルイとルイの祖母と両親、シャルと白いワンピースの女性はいた。
父親は不服そうな顔で、母親は不安からかそわそわとして落ち着きがなく、祖母は腕を組んで父親を睨みつけ、ルイはただ、本当にそこに居ただけだった。
そこで繰り広げられたのはルイの話であって、ルイの意見は一切聞かれない。
ただ、大人の意地と価値観の違いの大人げない押し付け合い……というよりぶつけ合いでしかなく、本人の意志は無関係なのだ。
こうなってしまっては止まらない。
お互いが納得できるとこまで、もしくは諦めるか切り捨てるまで止まることは無い。
それを第三者の白いワンピースの女性は、ダン!とテーブルを叩き自身に注目を集め、それぞれの目を見ただけで黙らせてしまった。
それだけでも大変珍しい事であったのだが、この後の事はもっと信じられなかった。
にっこり笑って言ったのだ。
「本人の事は本人が決めればよろしい事ではないですか?彼女ももう子供というほど子供ではないのですから、善悪の区別位はできるでしょう。それにユグ教の教会は今どこにでもあります。無い町の方が少ないでしょう。何か万が一のことがあっても、教会に行き助けを求めれば保護してもらう事も出来ます。可愛い子には旅をさせよとも言いますし、今回遠出をさせる事は息子さん夫婦にとっても彼女にとっても成長の種の一つになるかと思いますよ」
そうして一同、こくりと頷いたのだ。
それを見て満足そうに笑って手を二度打ち、「さぁ、お開きにしましょう」の言葉で祖母と両親は席から立ち、ぞろぞろと談話室を出てしまった。
ルイを置いて。
本当に訳が分からなかった。
ルイは呆然と、女性はにこやかに手を振って祖母たちを乗せた馬車を見送った。
そうして見えなくなる頃、シャルが荷物を持って教会から出てきたのを確認して女性はルイに向き直り微笑んだ。
「さぁ、帰りましょうか」
……ますます訳が分からない。
「どうぞどうぞ、遠慮しないで入って。ごめんなさいね、汚いところで。ごはんまだよね?何か用意しましょうか。あ、トイレはここね。お風呂はこっち。シャルくんの部屋はここの突き当り、ルイちゃんはそのお隣ね。とりあえず荷物おいていらっしゃい。話もごはんもその後ね」
女性はそう言いながらパタパタと足音を鳴らし、自宅を案内する。
女性の自宅は教会から歩いてすぐの場所にあり、周りの家屋に比べるとこぢんまりとしていた。
平屋建ての3DKのその家は古く、補修の跡がいくつも見られる。
中は整理整頓され小奇麗であるが曲がり角や交差点、ドア付近に小さな花が植えられたプランターが置かれている。
首を傾げながらルイはシャルに続き、言われた部屋の前でシャルの腕を掴んだ。
「一体どういうこと?何がどうなってるの?あの人だれ?」
シャルはのドアを開けて荷物を手の届く範囲に置き、ドアを閉める。
そしてルイを見降ろしてため息をついた。
「とりあえず、荷物おいて」
そう言ってルイに与えられた部屋のドアを開ける。
ルイは訝りながらシャルと同じように入ってすぐの所へドン!と乱暴に荷物を置く。
「おいたよ!」
そう言って腰に手をやり、胸を張る。
それを見てシャルはため息をついた。
「……あの人は」
「シャルくーん?ルイちゃーん!まだー?」
ダイニングから聞こえた声に、シャルは視線をルイから離した。
その視線はダイニングの方へ一度向き、その天井へ向かう。
そうしてまたため息をついた。
「いこう」
ルイをすり抜けてダイニングに向かうシャルを見て、ルイはぷうと頬を膨らませた。
……なんなのよ!もう!
そうして後を追ってダイニングに行くと、テーブルにはビーフシチューとパン、サラダが取り合分けられて乗せてあった。
ビーフシチューのにおいがルイの鼻をくすぐり、お腹を鳴らす。
その音は思いがけず大きかったようで、女性はくすくすと笑いながら牛乳をグラスに注いでいく。
「どうぞ座って。残り物なのだけれど、味は保証するわ」
ルイは顔を朱色に染めながらストンと椅子に座り、シャルはその隣に座った。
「あ、自己紹介がまだだったわね」
女性はそう言ってルイの前の席に座る。
そうしてにっこりと微笑んだ。
その笑顔は最近どこかで見たような気がする。
「私はセリシア。いつも子供たちがお世話になってます」
そう言って軽く頭を下げた。
「……へ?子供?」
女性の年の頃はおそらく40代半ばほど。
そうなると子供は20代以下……だれだろう。
ルイは首を傾げた。
隣ではシャルが手を合わせ、ぼそりと「いただきます」と言ってパンをかじっている。
「エトラとセフィリアとエドガーの母です」
思わず目を見開き、その後何度か瞬かせる。
そうして勢いよくシャルの方を見た。
視線を感じたシャルは、食べる手を止めてルイの方をみて頷く。
「通りで何処かで見たことある笑顔だな……って」
呆然というルイにセリシアはコロコロと笑った。
「あの子たちは揃って顔は私似だから」
その優しそうな笑顔はエトラのそれと同じ、とても愛情深い笑顔だった。
「そういう訳だから安心して泊まってって。ほら、食べて食べて。シチュー冷めちゃうわ」
ルイはその言葉に少し焦り、胸の前で手を合わせた。
「い、いただきます」
セリシアはルイが食べるのを見ながら説明した。
「ちょっと無理やり通しちゃった。ごめんなさい」
そう申し訳なさそうに前置きして。
「私の眼もシャルと同じ魔眼なの」
ただし、シャルのモノとは少し違う。
シャルの魔眼は後天的なのに対し、セリシアは生まれつきのもの。
視力も悪く、まるで濃い霧の中にいるようで足元すら見えないと言う。
ただ、元素の動きははっきりと見えるのでなんとか生活はできる。
自宅のドアや、曲がり角付近に花を置いてあったのは目印の為だ。
そして魂を引き抜くまではできないが、ある程度なら意志を操ることができるらしい。
ルイの祖母や両親が不自然なまでにセリシアに従っていたのはその為。
「寿命が縮んだり、害が残ることは無いわ。今日の事も、自分で納得したって記憶しているはずよ。次にあったら今回の事は忘れたって事も無いから安心して」
そうして少し哀しそうに微笑んだ。
この眼のおかげである程度思い通りには暮らしていけるのだけど、この眼が疎ましく恐ろしく思えると。




