第三十四話
王都フィルハイム。
別名、白の都は建物の壁が白で統一された円形の街だ。
中心に王城があり、それを取り囲むように役所関連、その外円には住宅街がある。
商店は中心を通る2つの通りに沿って並び、活気にあふれていた。
シャル達を乗せたスプニレイル馬車は、フィルハイムの西門を抜けてすぐにある停留所に停まった。
ルイは何度か御者席にチャレンジしたが、酔っては止めるを繰り返し、6度目のチャレンジ失敗で御者からストップがかかった。
客席に入ったら入ったであまりの揺れなさ具合に感激し、あたりを調べまわったりしようとしたのだが、シャルが出したお弁当に釣られ座った所、ベルトを装着され自分でははずせないように固定された。
おかげで何時間も同じ体勢で座ることになり、身体のあちらこちらがキシキシと痛む。
客席から降りて、ルイはぐいーっと伸びをする。
辺りはすでに暗く、時刻は8時を過ぎた所。
商店はまだ商い中が多く、ごはんに困ることはなさそうだ。
シャルは御者と話しながら、スプニレイルの鼻先を撫でる。
スプニレイルは喜び、その鼻先をシャルにこすりつけ、勢い余ってシャルを倒して尻餅をつかせてしまい、御者を慌てさせた。
そんな微笑ましい様子をちょっと離れて見ていた時だった。
「……ルイ?」
呼ばれて振り返れば、そこには懐かしい顔が二つ。
「……父様、母様」
高貴そうな身なりの夫婦を見て、ルイは呆然と呟いた。
その呟きにシャルがルイの方を見る。
それとルイの父親がルイの腕を掴み、ひっぱるのとは同時だった。
「この不良娘が!どれだけ我儘をすれば気が済むんだ!お爺様の顔もあって許してきたが、外泊まで許した覚えはない!それもあんなくだらない剣ごときに!ほら!帰るぞ!これ以上好き勝手にはさせん!」
「いや!離して!まだ帰らない!しゃ」
その言葉はシャルの首を振る姿に止められる。
目を見開き、涙があふれ出てくる。
……どうして?
無理やり馬車に押し込まれ、着いた先は懐かしい自宅。
煌びやかな装飾品、高そうな家具、食器。
グレイス校に入って一回目の長期休暇以来なので、もう5年ぶりになるか。
ルイは何も変わらない、以前のままの自宅に懐かしさ半分憎しみ半分といった複雑な状態でそこに居る。
否、今は怒りの方が強い。
話も聞かず、強行に連れ戻した両親にも、助けようとしなかったシャルにも、納得させられなかった自分にも腹が立っていた。
リビングに投げるようにして放り込まれ、ルイは少しよろめきながらも立ち、振り返る。
バタンという戸の閉まる音と、その前に陣取り眉根をきつく寄せ、爪が食い込むほどに拳を握っている父親。
その一歩後ろで泣き出しそうな表情をしている母親。
そうして始まるのはいつもの事だ。
どうして女らしくなれないのか。
どうして女のくせに騎士などというものになろうとするのか。
どうしてそこまで出来が悪いのか。
何故いう事を聞かないのか、言いつけを守れないのか。
そこまで勝手をするのであれば、父親の目が届く女学校に入れる。
そう言った事を次から次へと罵倒して、最終的に母親が涙声で言うのだ。
「……ルイ、どうしてそんな風になってしまったの?母様の何がいけなかったの?私が父様に怒られるのよ?ご近所の人がなんていうか知ってる?」
……本当に嫌になる。
ルイは眉間に思いっきりしわを寄せ、父親と母親を睨みつけた。
「なんだその顔は!親に向かってするたい」
「やかましい!家の外まで聞こえてますよ!いくら庭が広くてもご近所に聞かれたらどう言うつもりです!恥を知りなさい恥を!!」
バタン!という音をたて、今度はルイの祖母が怒りの形相で入ってきた。
レンズの小さな眼鏡をかけ、白髪交じりの栗色の髪は首元で揃えられ、緩いパーマが掛けられている。
黒のパンツに白のシャツという、仕事帰りです!というのを前面に出したその姿に、ルイだけでなく両親でさえ目を丸くした。
「お帰りなさいませ、お義母様」
母親はそう言って礼をする。
それをちらりと見て「ええ、ただいま」と言った後、父親を睨みつけた。
「先ほどから聞いて……違いますね。聞こえていればそれはまぁ好き勝手なことを。親の反対を押し切って商社に入り、庶民の女と遊んでいると思ったら、孕ませて嫁にさせたのはどこのどいつです?その上、仕事がうまくいかなくなれば、父親のコネを使って役人になったのはどこのどなた?ええ?言ってみなさい、ヴィリッド」
そう言われて父親はぐうの音も出ないのか、押し黙ってしまった。
驚きの過去を知ってしまったルイは、ぽかんと口を開けたまま祖母を見ていた。
祖母はルイに向き直り、いつも通りの優しい表情で笑いかける。
「お帰りなさい、ルイ。教会で帰省のあいさつは済んだ?」
「……え、あ。まだ……デス」
その返答に、「まぁ!」と驚いたような表情をして手を胸の前で叩く。
「それはいけないわ。今すぐ行きましょう。ついでにそこの馬鹿たちも一緒に行きなさい。その馬鹿な頭を治す術を教えてもらいましょう」
祖母はにこにこと笑いながら侍女に馬車の用意を指示した。
ユグ教会本部。
フィルハイムの北東に位置し、ユグ教の信者は世界一を誇る。
そしてフィルハイムにある教会はとても大きく、またとても美しいと評判であった。
馬車を教会の門の前に止め、ルイは祖母に連れられて中に入る。
両親も苦い顔をしながらその後ろについてきていた。
白で統一されているその教会は、新旧の建築技術や装飾がまざり、高い天井近くの窓にはステンドグラスがはめ込まれていた。
礼拝堂には椅子がこれでもかというほど並び、正面の二枚のステンドグラスには違う絵柄がはめ込まれている。
片方は大樹と女性、片方は様々な花。
ルイは聖卓の近くに女性と一緒にいるシャルを見つけた。
長さが腰まである金髪のソバージュの女性は、純白の七分袖のワンピースを着て、同色のショールを羽織っている。
シャルが親しげにその女性と話しているのをみて、ルイはムッとした。
……私を助けないでおいて、自分は女の人とお楽しみですか!そうですか!
聖卓に近づくと、シャル達はルイに気が付いたのか女性の一歩後ろに下がる。
その姿にルイは再び、ムッとした。
「お祈りですか?」
「ええ。孫娘の帰省のあいさつと、愚息夫婦の馬鹿さを治してもらおうと思って」
女性の言葉に祖母はにっこりと微笑んで答えた。
「まぁ、ご子息夫婦はそんな仰るようには視えませんけれど」
驚いたように口の前に手をかざし、女性は両親の方を見た。
「っひ」と母親は小さな叫び声をあげ、祖母がそれをすぐさま睨みつける。
「気を悪くされたらごめんなさい。根はいい子なんですけれど、どうも頭が悪くて……」
フォローにもなっていないフォローを祖母はにこにこと笑顔でする。
女性は笑顔を絶やさず、「いえ、良いんですよ」と返した。
ルイはそのやり取りに首を傾げて女性の顔を見た。
色白の、何処かで見たことがあるような面差し。
そして、白い瞳。
「……目が……」
「こらっ!あなたまで!」
思わず呟いた言葉を祖母が窘め、女性は「大丈夫ですよ」と言いながらルイに微笑んだ。
「ええ、あまり見えていないの。生まれつきのものだから慣れているのだけれど、ヒトの顔が見え辛いというのはやっぱり寂しいわね」
そう言ってステンドグラスを見上げる。
ルイはその姿を見てステンドグラスに向き直り、膝をついて祈りをささげた。
ただいま戻りました。シャルがむかつきます。どうにかしてください。
祖母も膝をついて何やらブツブツ言いながら祈りをささげている。
祖母が祈りを終えて立ち上がった時、奥から修道女が出てきて女性に何かぼそぼそと話した。
それをこくりと頷いて、祖母に微笑んだ。
「何か込み入った事情があるようですし、よろしければここの談話室を使われてはいかがですか?丁度この時間はヒトも居ないですし、第三者が入ることで話がまとまることもありますよ」
そう言って祖母の瞳をじっと見つめた。
祖母はそうねぇ、と何かを考えながらもその瞳から目をそらすことはできず、暫く考えた後に「そうさせてもらうわ」と返事をした。
両親が何かを言おうとしたが、すかさず女性が微笑みかける。
何も言われたわけではないのに、両親ともに押し黙りこくりと頷いた。
ルイは不審に思いながらシャルを見る。
シャルはこめかみに手を置き眉根を寄せていた。
……いったい何だというの?
従順に従う家族と、それを困った事案のように頭を悩ますシャルを不思議に思いながら、ルイはみんなについて談話室に向かった。




