第三十三話
その魔獣は本当に大きかった。
4m程の高さに頭があり、それを支える首はとても太く、硬い鱗のようなたてがみが覆いつくされている。
胴体や脚も太く、がっちりとした筋肉は黒光りする毛並の上からでも、その形がはっきりとわかる程浮き出ている。
そしてその8本の脚はどれもブーツを履いているかのように、真っ黒な針金のような毛で覆われていた。
耳は立てられぴくぴくと動き、黒くて長いふさふさのまつ毛の間から覗く瞳は黄金色に輝いていた。
ルイはその大きさと迫力に呆気にとられたが、瞬く間に目を輝かせカメラを取り出した。
「すみません!写真撮って大丈夫ですか?」
御者に駆け寄って詰め寄る。
その近さに気圧され、笑ってるのか困ってるのか分からないような表情を浮かべた御者は何歩か後ろに下がった。
「大丈夫ですよ。そいつは写真を取られるのが好きでね。好きなだけ撮ってやってください」
そう言われるとすぐさまスプニレイルに駆け寄り、パシャパシャとシャッターを切り始めた。
正面、横、後ろは勿論、斜め下から撮ってみたり、お腹を撮って見たり、色んな角度や場所を次から次へと撮っていく。
シャルはその様子を見て、苦笑しながら乗車券を取り出して御者へと歩み寄った。
それに気づいた御者はにこにこと笑いながらチケットを受け取ろうと手を差し出す。
「セシリアさんの御一行で?」
シャルはそれに頷きながらチケットを渡した。
「本人はいませんけど、そうです」
御者はチケットを受け取って舐めるように確認した後、腰に着けた鞄からルーペ状の魔法具を取り出した。
それをチケットの右下の部分にあてると、何も書かれてなかったその部分に馬の顔を模したマークが現れた。
「確かに本物で。いや、最近ニセのチケットが出回っているようでしてね。困ったもんですわ。おかげで今では完全予約制、こんなもんでチケットの確認までしなくちゃいけない始末でね。手間がかかって仕方がないったら」
チケットと魔法具を鞄にギューギュー押し込み、未だ撮影会が繰り広げられているスプニレイルに向かって歩き出した。
「今から出れば今日の夜には王都に着くかと。ちょっとばかし揺れますが、ご容赦ください」
シャルは御者の後ろについてスプニレイルに寄る。
「お嬢さん、そんなにそいつが好きなら、わしの横に座りますかい?」
馬車の荷台からエサを取り出して、スプニレイルの前に置きながら御者はルイに笑いかけた。
ルイはその言葉にさらに目を輝かせて何度も頷いた。
シャルはそれを見てこめかみを押さえた。
……どうなっても知らないからな
太陽が地表から半分ほど顔を出した頃、シャルとルイはキュレスティアの寮を出た。
そうして町の南に位置する馬車乗り場に行く。
外泊届は昨日出した。
エトラは不愉快そうな顔をしていたが、ルイの剣やシャルの媒介を壊したのが自分の兄弟だからだろう、物が物だけに渋々了承した。
代わりに課外活動としてレポートを提出するように、とため息交じりに言った。
その手は眉間に添えられ、美しい顔が苦々しく歪められていたが、シャルは気にすることなくさっさと外泊届を置いて出た。
それに喜んだらいいのかガッカリしたらいいのか分からなかったのがルイである。
外泊許可が出たのはいいけれど、レポートは苦手分野。
……またシャルの手を借りることになりそうだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!いやあああああああああああああああああ!止めて止めて止めて止めてえええええ!!!」
御者の隣でルイは絶叫をあげていた。
身体は両肩と腰を馬車に固定するように三本のベルトが着けられている。
しかもソレらは連結するような器具をつけられ、ちょっとやそっとじゃ外れないようにされた。
両手は目の前についている手すりをしっかり握り、力が入り過ぎているのか若干プルプルと震えている。
「嬢ちゃん!喋ると舌噛むよ!ほら口閉じて!景色見てみな、すげー綺麗だから!」
そういう御者はまるで楽しんでいるかのように言った。
御者の身体もルイと同じように馬車に固定してあり、両手は手綱をしっかり握りしめていた。
スプニレイルはただ駆けているだけだ。
王都への道はもう身体が覚えているのだろう、御者の指示なしで的確に進路を取っていた。
そう、スプニレイルは本当に駆けているだけなのだ。
力加減で言うなら、朝飯前どころではない。
起きてトイレに行くような感覚で駆けていた。
それでも馬の何倍もの速度で駆けている事になる。
あって無いような道は凹凸が多く、馬車を上下左右にぐらんぐらんと揺さぶる。
振動が直に伝わる御者席は、絶叫アトラクションと化していた。
「喋るなってっうおわあああ!はやすぎいいいいいいいい!!……う、きもちわるい」
「うわ!ここで吐かないでくれよ!ちょっと待って!!スプー!ちょっと止まってやってくれ!スプーーーー!」
御者の呼びかけにスプニレイルは徐々に速度を落とし、緩やかに止まった。
御者はすかさず足元に備え付けられている荷物入れから新聞紙が何枚か入った紙袋を取り出し、ルイの顔に当てる勢いで差し出す。
「うぉぉおおええええええええ」
受け取るやいなや、その中に朝食べた物全て吐き出した。
御者は背中をさすってやる。
「うぅ……もったいないぃ」
全て吐き出した後の第一声に、御者は思わず苦笑した。
シャルは客席でお茶を飲みながら魔導書を読んでいた。
御者席とは違い、客席は驚くほど振動がない。
ただ、ガーーーーーーーーという車輪の回る音が響くのみである。
それはこの客席には揺れを軽減する装置やら魔法具やらがふんだんに備え付けられているからで、中のくつろぎ安さはその料金の高さ故だった。
激安料金で乗れたりもするが、その場合は今ルイが座っている席での移動となる。
これが絶叫ファンの間では受けていて、数カ月先まで予約が埋まっているとかいないとか。
ちなみに帰省の際、エドガーはその席を必ずと言っていいほど座っている。
シャルの横には二人分の弁当が入ったバスケット。
御者席の様子を小窓から見て、この様子ではしばらく食べられそうにないな、と一つため息をついた。




