第三十二話
「シャル・ランド、手紙が届いていますよ」
寮監はそう言って寮の入口にある、受付の小窓から手紙を差し出した。
シャルは手紙を受け取り、差出人を確認する。
見覚えのある字に見覚えのある名。
「……相変わらず汚い字」
そう言ってその場で封を破り、中を確認する。
中身はとても簡潔で、文字は便箋一枚も埋められていない。
便箋を封筒に戻し、寮監に礼を言って自室に向かった。
ホーリーガーデンが終わり、一か月が経とうとしていた。
キュレスティアの雰囲気も元に戻り、祭りの前の慌ただしさも騒々しさもない。
ただ一人、シャルだけが元に戻り損ねたように浮いていた。
長い髪は髪留めを失ったせいで鬱陶しくなり、バッサリと首下で切られた。
ビンの底のような眼鏡もなく、ただ闇の様に黒い瞳がはっきりと見える。
その容姿は決して悪くはなく、どちらかといえば良い方であったため、陰では「なんてベタな……」と噂されたりもしている。
そして魔法関係の……媒介を使用する講義は全て欠席していた。
シャルの媒介が壊れた為である。
「静かだねぇ」
ルイは食堂の端の方に座っているシャルの向い側に座る。
いただきます、と買ってきたエビドリアにフォークを入れて、ふと思い出したように言った。
「エドガーさん、ちゃんと頑張ってるかな」
「……大丈夫だと思う。図太いししつこいから」
シャルはそう言って親子丼を食べた。
シャルの媒介を壊した原因でもあるエドガーは、つい先日カドリアに旅立った。
交換留学生という名目で。
エトラからとても厳しい難題を言われたらしく、顔を合わせても数分しか話す暇がないほど何かに勤しんでいた。
そしてある日の夜、シャルの部屋を訪ねてきたかと思えば、
「俺、カドリアに行ってくる!」
と異様にハイテンションで言ってきた。
そしてその半日後、キュレスティアを発った。
本当に慌ただしく、煩くしながら。
シャルは何かを思い出したかの様にスプーンを置き、隣の席の上に置いてあった荷物の中から一通の手紙を取り出した。
「……剣、直す当てはできた?」
そう言ってルイの顔を見る。
ルイは肩を少し上げて首を振った。
「全然。父様と母様に言ってみたんだけど駄目だった。まぁ、元々反対されてたから仕方ないんだけど」
そう言ってドリアを掬ってフーフーと息を掛ける。
シャルはその返答を聞いてホッとしたように表情を緩めた。
「提案なんだけど」
そう言って封筒を差し出した。
不審に思いながらも受け取り、中に入っている一枚の便箋を取り出す。
それを広げて思いっきり眉をひそめた。
記されていたのは、うにうにと這うミミズと何かの図形を描いたような物。
それが文字だと分かるのにたっぷり30秒かかったが、解読はどうもできそうになかった。
「……ナニコレ」
封筒に便箋を戻し、シャルに渡す。
シャルは苦笑して「だよなぁ」と小さくつぶやいた。
「父さんが鍛冶師してるんだ。俺、兄さんに媒介直してもらいに帰るんだけど、よかったら一緒にどうかと思って」
ルイの目がどんどん見開かれていく。
「もちろん、無理にとは言わない。結構遠いし。けど、うちの父さんなら修理できなくても、なにかし」
「いく!!!!!」
ガタン!と勢いよく椅子を倒して立ち上がり、シャルの言葉を遮ってルイは前のめりになって答えた。
その眼はキラキラと輝いていて、目の前まで顔を近づけられたためシャルは少し引き気味に「わかった」と苦笑した。
「いつ行く!?何で行く!?行き方は!?いつ着く!?」
「……とりあえず落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!私の愛しの愛剣フランシスカちゃんが直るか直らないかの大事な時なのに!」
「フランシスカちゃんて……」
「綺麗な名前でしょ?あのコの美しさには敵わないけれど、私が思いつく限りで良い名前にしたの!」
シャルの口の端がぴくぴくと震えているのに対し、ルイのテンションは上がっていく。
そうしてシャルは昼休みの間、ルイの『フランシスカちゃん』についての自慢を聞くことにある。
ルイは自室に戻ると、早速荷造りを始めた。
着替えや財布は勿論、お菓子やトランプなどのゲームも詰め込む。
「三日くらいかかると思う。宿は……たぶん大丈夫」
昼休みが終わろうとしていた頃、シャルはうんざりした様子でそう言って地図を取り出し、簡単に道筋を説明した。
「キュレスティアから王都に馬車で行って一泊、乗り換えてグレイスで一泊。そこから途中までは馬車、あとは徒歩。うまくいけば三日目の夕方くらいには着く」
「馬車って、ここから王都まで4日はかかるんじゃ……」
「普通の馬車なら」
シャルは荷物から紙切れを取り出した。
そこには足が8本あり、たてがみがまるで鎧をつけているかのように首を覆っている黒い馬が、座席がいくつかある馬車を牽いている姿が描かれていた。
イラストの上にでかでかと『スプニレイル馬車』と書かれてあり、その下には普通の馬車に比べてどれだけ早く移動できるか、事細かに書かれていた。
スプニレイルは黒い馬のような魔獣で、現在では野生の姿を見ることはない。
ある古い書物には「馬の百倍を超える速さで走り、海を泳ぎ、深き渓谷を飛び越えた」とある。
そして生存数はとても少ない。
現在確認されているのは10頭ほどで、その内の一頭の牽く馬車はとても高額でセレブ御用達と言われている。
「スプニレイル馬車じゃない!これの乗車券馬鹿高いのにどうするの?」
「ん、昔のツテで2枚とれた」
「……どんなツテですかそれは」
半ば呆れながら、スプニレイルのパンフレットを小さくたたんで自分のポケットに入れた。
「とりあえず、明後日には行こうと思ってるんだけど……大丈夫?」
ルイの返答は決まっていた。
ウキウキしながら荷物をまとめる。
最低限だけで良いと言われたが、やりたいことが多くて荷物が増えていく。
勿論カメラは忘れない。
スプニレイルの写真をいろんな角度から撮らなくちゃ!
「……あ」
シャルは簡単に荷物をまとめている最中、ふと手を止めて小さく声をあげた。
天井を仰ぎ、しばらく考えて「ま、いいか」と荷造りを再開する。
労働で代金を払うくらい、ルイならなんとかできるだろう。
久しぶりに会う故郷のヒトの顔を思い出して苦笑する。
……みんな元気でしているだろうか。




