第二十九話
フランは自室塔にあるバルコニーに顔を向けた。
風に乗って流れてくる元素たちや、運ばれてくる音に惹かれて外に出る。
「懐かしい音が聞こえるね。この音を聞くのはもうどれくらいぶりだろうか」
そう言って目を閉じ、流れる音を聞く。
その胸に痛みを抱いて。
リリイは驚くほどすんなりと、自分の声が出ることに驚いた。
ルイたちと練習していた時は、どちらかがどちらかの音に引きずられて上手くハモることも、声を出すこともできなかったからだ。
シャルの声はとても通っていて綺麗だった。
普段のボソボソと喋る声でも、ルイに対して出していた声でもなく。
どちらかと言えば呪文を紡ぐ時の音に近い。
その声が自分の音を引き出しているのだと思うと、とても安心して歌うことができた。
ちらりと見たシャルの横顔は、普段見ていた表情とは違い心なしか険しく見える。
……こんなにきれいな音なのに。
シャルは胸の痛みを堪えていた。
この音を奏でる時はいつもそうだ。
故郷で奏でている時も泣きたくなるほどの苦しみを胸に抱いていた。
音に合わせて巫女に扮した4人が舞っていく。
それはとても緩やかに、時に荒々しく、そして優しく。
奏でながら瞳を閉じ、開く。
そして巫女ブロッサリアを想う。
同じ音を奏で、同じ舞を舞いながら、全く違う物語を紡がれているのはどんな気持ちなのだろうか、と。
それはヒトが伝え継いでいく最中の誤差なのか、それともヒトの愚かしい欲を隠すためなのか。
真実は今になってはわからない。
どちらにせよ、ブロッサリアは咲くのだ。
そうして最後の音を奏でた後、舞台は静まり返った。
ルイたちがシャルとリリイの間に並び、一同礼をする。
「うおおおおおおおおおおおおお」
そんな大きな歓声と、割れんばかりの拍手が舞台を包んだ。
ルイたちは思わず顔を見合わせ、手を取り合って喜んだ。
シャルは、大きく息を吸い、安堵したように息を吐いた。
……後は今夜の花火だけだ。
「シャルすごーい!あんな特技があるなら教えてくれても良かったのに!っていうかどうやったらあんな綺麗な声出せるのか教えなさいよー」
化粧を落としているシャルの背後で、ルイがせわしなくちょこちょこ動いたりのぞき込んだりしながら言った。
『巨人と山賊』に戻ってからずっとこの調子で、シャルの眉間には再びしわが刻まれていく。
洗面台から顔を上げ、脇に置いてあったタオルでさっと顔を拭く。
そして振り返りながらルイを睨み、その頭にタオルをばさりと乗せた。
「詠唱の練習してたらある程度はできる」
そう言ってため息をついた。
シャルは個室に戻り、隅の机の上に置いてある水差しからグラスに水を注ぎ、一気にそれを飲み乾した。
そうしてため息なのか、ただたんに吐かれた息なのかはわからないが、はぁ、と息をつく。
その後ろ姿は機嫌が悪いようで、ルイは面白くなさそうに椅子に座った。
「急ごしらえにしてはよくやったと思うぞ」
セフィリアはそう言って、エドガーの顔をガシガシとタオルでこすっていた。
エドガーは痛いとか苦しいとか言っているが、セフィリアの耳には届いていないらしい。
どうやらセフィリアにとってエドガーはおもちゃのようなモノらしい。
「お嬢ちゃんの声も綺麗に出てたしな」
そう言ってリリイに向かってウインクした。
リリイは顔を赤らめて「いえ、そんなぁ」とか言いながら体を横に振る。
「ルイ。花火、楽しみにしてるからね」
そう言って背中をバシンと叩かれ、ルイはよろけてテーブルに手をついた。
……つもりだった。
ドタン!!という音と倒れた机と椅子。
そしてルイの身体の下から、メキとバキという不吉な音。
だらだらとルイの額から冷や汗が流れ、止まらない。
「ちょっと、大丈夫?もしかして強くたたきすぎちゃった?ごめんね」
アンはそう言いながら手を差し出す。
ルイはその手を取る事が出来ず、ただ壊れたおもちゃのようにシャルの方に顔を向けた。
見下ろした格好になっているシャルは、軽く首をかしげる。
そうして……
「……しゃ、シャル……ご、ごめん」
そう言って起こした体の下から、割れた眼鏡と砕けた花が姿を見せた。
シャルの目が見開かれ、大きなため息をついた。
ルイたちが魔法を発動させるのに与えられたのは、キュレスティアのグラウンドだった。
シャルはただ砕けた髪飾りをぼーっと眺めているだけ。
あの後もルイは謝り続けたが、シャルは怒ることも責めることもせず、ただ「いいから」と言うだけだった。
ルイ達はシャルをそっとしておくことにして、準備を進めていた。
一番下には直径2mほどの黒い魔法陣。
その上に紫、赤、青、黄、緑と同じ大きさの、けれども柄が違う魔法陣を重ねていく。
そうして魔法陣は色とりどりの、けれど何が何やらわからない物に仕上がった。
「……シャル?できたよ……大丈夫?」
手を払いながら、ルイはおずおずと覗き込むように話しかけた。
シャルは「ん」とだけ発し、魔法陣に近づく。
「……呪文は覚えた?」
その言葉にエドガーとサラ、ルイは頷く。
日はだいぶ傾き、辺りは薄暗い。
「……さっさと終わらせよう」
その言葉に覇気は無い。
ただ、本当に早く終わらせたい一心だった。
各々、魔法陣を囲むようにして立ち、手を前に出した。
「「「「起動」」」」
それぞれの媒介が光る。
そうして互いに視線を送り、同時に頷く。
「初めに。魔法とは命の恵みを有効に活用したにすぎない。方法を間違えればヒトを傷つける道具になる。それを理解し、よく考えた後に学ぶことを望む。ヒトの助けとなり、喜びを与える者にならんことを」
魔法学初期知識書に書かれてある一説を、それぞれ様々な思いで紡ぐ。
そして一つ呼吸をする。
「まず初めに、光があった。その光は空高く舞い上がり、絢爛豪華に咲く花になる。次に喜びがあった。その喜びはヒトだけでなく、この地に住まうすべてのものに安らぎをもたらす花になる。花は人々だけでなく、この地に潤いをもたらす恵みとなり大地に降り注ぐ」
緑と黄色の魔法陣が輝き、地面から剥がれるように宙に浮く。
そしてその中心から色とりどりの光の塊になり、空高く、幾つも舞い上がった。
そしてそれらは大きな花を咲かせるように、弾け、花火のように広がった。
町の方から歓声が聞こえる。
「そして音が生まれる。音は彼の地にまで響き恵みを運ぶ者たちにひと時の休息をもたらす。与えられた休息は、我らと共にこの祭りを楽しもうとするモノたちの為に扉を開き此の地に招く」
青の魔法陣がべりっと剥がれ空に舞い上がった。
そうしてその魔法陣から出てくるヒトの形や様々な動物、あるいはよくわからない形だったり形がない精霊たちは、町の人々の元へと降り思い思いに飛び回った。
それはとても綺麗で華やかで、精霊に触れられた者の中には長年患った病が治る者、見えない眼が見えるようになった者、歩けるようになった者、気分が晴れ晴れとした者、様々だった。
赤の魔法陣は地面から剥がれシャル達の目の前でふよふよと浮いていた。
その真下に描かれた紫の魔法陣と呼応するように輝いているのに真っ先に気が付いたのはシャルだった。
そうしてハッとしたようにエドガーを見た。
エドガーは悪戯がばれた子供の様に、一瞬「やべっ」という顔をしたものの、「てへ」と舌を出した。
赤と紫の魔法陣が白く輝き、その間にヒトの顔のようなものが出てきたとき、ルイとサラは何かが違うとようやく察した。
幾度もしたテストではこんな事は一度も起きなかったからだ。
シャルは今すぐにでもエドガーを殴り飛ばしてやりたい気分になった。
怒鳴り散らしてやりたいが今は詠唱中で、途中で止めるとどうなるかは予想できない。
思いっきりエドガーを睨みつけ、右手で拳を作る。
……後で殴ってやる。絶対に。




