第二十八話
「……なんで俺まで」
『巨人と山賊』の奥にある個室で、シャルは目の前に置かれた鏡に映る自分の姿を見てため息をついた。
「人を呪わば穴二つってなー」
後ろではエドガーがセフィリアに女性用のメイクをされているところで、にやにやと笑いながら言った。
それに対してセフィリアは側頭部をペチンと叩く。
「使い方可笑しい。動くな。筆が目に入るぞ」
「……それより頭が痛いです」
エドガーは軽く涙目になりながらセフィリアに訴えるが、そんなコト聞いちゃいないという風にメイクを進めていく。
シャルはもう一度ため息をついた。
シャルが同じように衣装をつけ舞台に立つ羽目になったのは、エドガーが代役を受けた後、ぽろっと口を滑らせてしまったのがそもそもの原因だ。
「交換会でやる奴なら、お前歌えるんじゃね?」
それを聞いたルイは、眼をキラキラさせながらシャルを見た。
新作ケーキを持ってきた頭領がすかさず
「男なら女の期待を裏切らないもんだ」
とかなんとか言い、ブラウンもうんうん頷いた。
シャルが「音程も歌詞も同じものとは限らない」と言うと、ルイはリリイを呼び出して軽く歌わせたところ、歌詞は違うが音程は同じで、余計に断りがたい雰囲気になってしまい、一夜明け今に至る。
「シャル、髪、結うね。わぁ、この髪留め可愛いねぇ」
そう言ってルイはシャルの髪留めに触れる。
「……壊すなよ」
「壊さないよ」
ぶーっと唇を尖らせながら白と黒の小さな花がついた髪飾りを取り、鏡の横に置く。
シャルはその髪飾りを横目で見つめる。
その瞳があまりにも悲しいモノだったので、ルイはシャルの顔を覗き込んだ。
「……どうかした?大丈夫?」
「……ん。大丈夫」
そう言って悲しみを含んだ瞳のまま微笑んだ。
ルイはそれを見て「そう」としか言えず、櫛を取ってまたシャルの背後に回った。
シャルの綺麗な白髪に櫛を通すと、引っかかる事も無くスルスルと抜けていく。
それを頭の中心で分け、左右それぞれ編み込んでいく。
編み込まれた髪は後頭部で纏められ、こぶし大のお団子を作った。
「……案外器用なんだ」
するするさらさらと髪が結われていく様子をみて、感心しながらシャルは言った。
「案外ってなによ、案外って。これでも髪を結うのは得意なのよ。私、小さい時は腰ぐらいまであったんだから」
そう言って腰のあたりに手を当てる。
シャルはそれを「ふーん」とだけ言って眺めた。
ルイは肩にかかるかかからないか位の髪を、器用につけ毛と一緒に編み込んでシャルと同じような髪型にしている。
それは二人だけでなく、踊りに参加する人間全員がやっている髪型で、何でも歌詞に登場する巫女をモチーフにしているらしい。
「シャル、こっち向いて。化粧するから」
髪に手をやり編み込まれ具合を確認していると、ルイが道具一式を持って来ながら言った。
シャルは一瞬眉を寄せ、椅子の向きを変えて座りなおす。
顔に液体やらクリームやらを幾つも塗り込まれ、粉末状のものをスポンジでポンポンつけられる。
「ほら、そんな顔してると可愛くなくなるよ?」
眉根を寄せたままのシャルに、ルイはクスクス笑いながら言った。
それを見て余計に眉間のしわを深くさせる。
「……可愛くなくていい」
「そんなこといわないの。ほら」
ルイはそう言いながら眉間のしわを撫でた。
シャルはもう一度大きなため息をつき、観念した様子で眉間のしわを緩めていく。
それを確認して、ルイは様々な色の粉が入ったパレットを持ち、筆で茶色い粉を取る。
「目、ちょっと閉じてね」
目を閉じたのを確認して、シャルの瞼に茶色をベースに何色かシャドーをのせていく。
両目を済ませ、緊張していたのか、ふう、と息を吐く。
「ごめん、目、開けてみてくれる?」
そうして開かれた瞼の中から、黒く渦巻く瞳が姿を現した。
その瞳は映すはずのルイの姿は無かった。
ただ、闇だけが渦巻いている。
「ルイちゃん、あんまりソイツの眼、見ない方がいい。引き込まれて抜け出せなくなる。下手すりゃ廃人になるぞ」
不思議な瞳に見入っていたルイは、セフィリアの声にハッと我に返る。
「珍しい。魔眼持ちか。それはますます惜しいな」
雑用をしていたブラウンが、苦笑しながら言う。
それを聞いたルイは首を傾げ、シャルがすかさず答えた。
「魔眼って言うのは、視えないものを視たり相手の魂を引き抜いたりする能力がある眼の事。個人差もあって、一生気付かないままっていう人もいるけど」
「魔眼を通して命の樹が世界を見ている、という説もあるな」
エドガーが衣装を合わせながら言う。
心配そうに見つめるルイに、シャルはぽんぽんと頭を叩き笑った。
「大丈夫。俺の眼見つめなければ良いし、普段眼鏡かけてるから」
その眼鏡は、元素を視えなくするだけでなく、不本意に相手の魂を抜かないようにする能力もあるのだという。
シャルは立ち上がって部屋の隅に間仕切りで作られた、簡素な更衣室に向かった。
「あのー、皆さんもうすぐ出番みたいですー」
足に包帯を巻きつけたリリイが個室の戸を開いて言った。
リリイは歌う係として舞台に立つらしく、白い布の衣装の他に包帯隠しの薄茶色の麻のズボンをはいていた。
エドガーは「へいへいー」と言いながら席を立ち、扉に向かった。
リリイの横を通り過ぎる際、リリイの肩にトンと手を置いて言った。
「あいつの声に呑まれないように頑張れよ」
そうして店を出ていくエドガーを、リリイは首を傾げて見ていた。
中央広場に作られた舞台の席は、たくさんの人で埋め尽くされていた。
舞台のそででルイたちは緊張した面持ちで出番を待っていた。
シャルとエドガーだけが普段通りの表情で、特にシャルは呑気に魔道書を読んでいたりする。
「……なんでそんなに余裕なのよ」
ルイが不満げに言うと、エドガーはニヤニヤ笑った。
「俺もシャルも慣れてるからなー。故郷で何回かやってるし」
「うわ、何それ初耳。なんかずるい」
「……だったら俺の代わりにやって」
シャルは魔道書を閉じて、ルイの頭に乗せた。
それを落ちる前に掴み、脇に置いてあったテーブルに置いて睨む。
「それは嫌」
その言葉にシャルは心底がっかりした様子で肩を落とした。
どれだけやるの嫌なのか、その姿を見ただけではっきり分かるほどに。
「次の組の人、張り切ってどうぞー」
舞台からそんな声がして、ルイたちはぞろぞろと移動する。
シャルは言われた立ち位置について、一つ息を吐く。
そうして、全員が立ち位置について準備ができたという合図を見て、舞台の反対側にいるリリイと頷き合った。
そして大きく息を吸う。
「アーーーーーーーーーーーーー」
リリイは音程を変えながら一つの母音を発声した。
そしてそれが詩の始まりの合図になる。
それは昔々の話。
ヒトの立ち入らぬ森に住まう巫女と、何も持たぬヒトの子の話。
巫女は命の恵みを運ぶ。
恵みは大地を潤し生命を育む。
森の一番奥、そこから生まれる恵みを彼女は独り、運び続ける。
ある日、ヒトの子は巫女の住まう森に迷い込む。
何日も迷い続け、抜け出すことも叶わず、力尽きた。
思い出すのは近くて遠い故郷のこと。
叶うならば、もう一度故郷を見たかったと涙を流す。
巫女が恵みを運ぶ途中、ヒトの子を見つけた。
涙を流して力尽き、命の炎が消えかけているヒトの子に。
巫女は哀れに思い、持っていた恵みを分け与えた。
命の炎は再び燃え上がり、ヒトの子は息を吹き返す。
そうして二人は出会った。
それがどんな悲劇になるのかも知らずに。
巫女はヒトの子をソトへ誘う。
巫女とヒトの子は共に恵みを運びながらソトに向かう。
険しい道は助け合い、花が咲き乱れる道は休憩して。
そうして二人は惹かれあいながら、森の出口にたどり着く。
離れ難くソトへと誘うヒトの子を、巫女は頑なに拒む。
巫女とて離れ難く、繋いだ手を離そうとはしない。
けれども巫女は出られない。
ヒトの子は森にいられない。
ヒトの子は巫女を引っ張りソトへ誘う。
恵みをばらまきながらヒトの子の故郷へと向かう。
険しい道は助け合い、花が咲き乱れる道は休憩して。
そうして二人は絆を深め、ヒトの子の故郷にたどり着く。
そこで二人は契りをかわす。
それがどんな悲劇を生むかも知らずに。
巫女がヒトの子と共にいて、ヒトの子の故郷は潤う。
巫女はヒトの子に恵みの使い方を教えた。
ヒトの子は巫女にヒトの暖かさを教えた。
そうして子を成し、五つのとしをまたぐ頃、空が朱に染まる。
それは森の神の怒り故。
役目を果たさぬ巫女と、巫女を連れ去ったヒトの子に。
森の神はヒトに与えられた恵みを奪う。
それは生命のみなもと。
うばわれた生命は無残にも散ってゆく。
そうしてヒトの子の故郷は朱に染まる。
巫女は涙を流し、許しを請う。
森に帰ると誓うけれど、森の神は許さない。
怒り狂った神の手は愛しきわが子にも襲い掛かる。
ヒトの子は我が子を守ろうと挑むが、敵うはずもなく。
我が子の生命が奪われようとした時、まばゆい光が現れる。
それは巫女の力故。
巫女をつくる恵みは光となり、わが子を守り、神を鎮めた。
我が子の無事を喜ぶヒトの子は、わが子を抱きしめ巫女の元へ。
けれどもそこに巫女の笑顔は無い。
あるのはただ巫女であったモノだけ。
それは巫女の力故。
巫女が恵みであった故。
神は還り、ヒトの子の故郷にもヒトは戻る。
ヒトの子は我が子を連れ、巫女を森へと誘う。
巫女の瞳には光は戻らず、笑顔を浮かべることは無い。
そうして巫女は森に返り、巫女が眠る地には花が咲いた。
それは小さく頼りないモノ。
けれどもそれは力強く、白と黒の花を咲かせた。
ヒトの子はその花に巫女の名をつける。
小さく可愛らしい、けれども力強く我が子を守った巫女の名を。
その花の名前はブロッサリア。
花は恵みを運ぶ。
ヒトの子が幸せになるようにと。
我が子らが健やかに育つようにと。




