第二十六話
「わたし、きしになる!あのおねえちゃんみたいになりたい!」
幼いころの記憶というのは、かなり美化されているか劣化させているかどちらかである。
ルイの記憶もその例にもれず、セフィリアに関する記憶をかなり美化させていた。
記憶の中の少女は決勝戦初戦敗退こそしたものの、その戦いぶりは舞うように美しく剣を振るっていた。
ルイはセフィリアのその姿に憧れ、その背中をひたすら追ってきたのだ。
その憧れはある意味、無残に打ち砕かれることになる。
闘技会個人戦は大きな盛り上がりをみせ、終わりを告げた。
結論から言えば、セフィリアは決勝で敗れた。
その試合は本当に凄まじく、その試合では声援も歓声も一切なく、ただひたすらに金属のぶつかる音だけが闘技場に響いていた。
そこに「戦乙女」と言われる程の、舞うように美しいセフィリアの剣技はない。
あるのは荒々しく、しかし確実に相手を死に至らしめんとする剣技と、その戦いの最中に「これ以上楽しいことは無い」と言わんばかりに顔を歪めて笑いながら剣を振るう姿だった。
これを境に「鬼神」と呼ばれることになるのだが、セフィリアはまったく気にしていない。
その呼び名はすでに、ある筋の者たちから呼ばれ慣れているものであるからだ。
そんな鬼神に対したのは、これを機に「白い閃光」と呼ばれる者で抜刀術を扱えるものだった。
セフィリアの細腕と剣の半端ない重量から繰り出される、一打一打をその者は紙一重で避けた。
受ければ自分の剣が使い物にならなくなるというのは、パーティー戦を観戦した時にわかっていたからだ。
それでも避けるのは容易い事ではない。
セフィリアはただの剛腕ではない。
並外れた速度をもつ剛腕なのだ。
そしてその嬉々として殺しにかかって来る姿は、いくら戦闘経験が豊富で女性に口説かれ慣れているとはいえど、尻込みしそうになるほど迫力があった。
ある時は小手を犠牲にして、ある時は肩当を犠牲にして。
白い鎧を粉々にしながら、その者はセフィリアの剣を受け流していく。
そうして気が付けば、身に着けている物は薄手のシャツのようなものとズボンという頼りない姿になっていた。
身体所々に擦り傷や切り傷はあるものの、かろうじて剣だけは無傷で残っている。
利き腕にも大した傷は無く、技を繰り出す支障はどこにも見受けられない。
その者には一撃しかない。
それを仕損じれば、圧倒的な力に敗北するしかないのだ。
そうして彼は鎧がなくなって軽くなったことを最大限に活用し、ただ一度の攻撃に転ずる。
一瞬にしてセフィリアの死角に入り、鞘から抜き出し繰り出された一閃はキィン!という音をたて、避けようと体を捻ったセフィリアの剣を持つ手をかすめた。
ゴドン!という大きな音をたて、その剣は落ちる。
セフィリアの親指は付け根をかなり深く切り、肉は抉られ骨まで傷ついていた。
だらだらと流れる鮮血をただ眺め、そうしてギョロリと視線を向けられる。
その眼はとても異常で、瞳だけが動き他は全く動かない。
ただ、流れていく血を流れるがままにしているだけ。
どれほどの時間をそうしていたのかはわからない。
長かったのかもしれないし、もしかしたら数秒の事なのかもしれない。
ただならぬセフィリアの形相にシインとする闘技場の空気を変えたのは、やはりセフィリア本人だった。
最初は小刻みに震えだす。
それが少しずつ大きくなり、暫くしてこらえきれずにおなかを抱えだす。
そうして
「アハハハハハハハハハハハ!!!アーーーーーーハハハハハ!」
まるで狂ったかのように笑いだした。
それは本当に異常で、恐ろしく、気持ちの悪いモノだった。
セフィリアはひとしきり笑った後、つけていたベールを取って千切り、えぐれた親指ごと手をきつく縛り上げて高々と上げ、声高に言った。
「だめーむりー。剣持てなーい。こーさんっ!」
こうしてセフィリアは敗北した。
セフィリアは治してもらった手を何度か動かし、にんまりと笑って先ほど敗れた相手を、露店が並ぶ路地の人ごみの中、探し当てた。
自分より強い者を見たのは本当に久しぶりだった。
戦いで血を流したことすら、本当に久しぶりだった。
故郷でシスターをする傍ら、傭兵として出稼ぎにでることもあるが、それでも血を流すことは本当に少なかった。
それほどセフィリアは人間として異端だった。
それ故に自分より強いと思える者が現れたことが、純粋に嬉しかった。
まるで恋する乙女のように小走り……には程遠い全力疾走と、肩を叩く……にも程遠いタックルで相手の足を止め、腕を後ろに捻り上げる。
「いたたたたたっ!痛いです痛い!何ですか!」
そうして振り向いた男は、その顔を見てピタリと固まる。
セフィリアはニヤリと笑った。
「ちょっと、付き合え」
……本当に乙女には程遠い笑顔で。
ルイは走った。
全力疾走と言ってもいい。
そうして寮の廊下を走り、寮監の「廊下は走らない!!!」という注意も聞こえないほどの速さで走る。
ぶつかりそうになれば、磨かれたフットワークで華麗に避ける。
そうして無駄に鍛えた技術を目いっぱい使い、ルイは急いで目当ての部屋のドアを金具ごと豪快に壊した。
それは蹴破ったとも言えなくもないが、その部屋の主はその登場の仕方とルイの恰好に驚いたようで、ベッドに座って本を読んでいた彼はルイを凝視して固まっていた。
布一枚で作られた、体の線が露わなっている衣装を纏い、バサバサと裾が翻り太ももがむき出しになっているのも構わずルイはバタバタと部屋に入る。
そして神に祈るかのように跪き、胸の前で手を組む。
そうして本当に神に祈るかのように言った。
「お願い、シャル。助けて」
その言葉にシャルは深くため息をついて天井を仰ぐ。
そうして何やら考えを巡らせて、もう一度ため息をついて立ち上がり、クローゼットを開けて中にある黒のパーカーを取り出した。
それを投げるようにルイの頭に被せると、ルイを見ずに言った。
「聞くから。聞くからとりあえず、上、着ろ」
その言葉にルイは自分がどんな格好をしているのか思い出す。
シャルのパーカーを胸に抱えて、腹の底から出た叫び声が寮どころかキュレスティアまで響き渡った。




