第二十五話
「……う、うわぁ……あの白い人酷い……酷いのに凄い……」
「いやいや、黒いのも似たようなもんじゃぞ。おんなじ顔なだけあって腹の中はおんなじように真っ黒くろじゃのう」
ルイの表情は、感心するような呆れるような複雑な表情をしていた。
フグレルは可笑しいようで、大笑いしながら二人の戦いを見ていた。
それは本当に兄弟げんかと言うにふさわしく、観客席に聞こえる程の大声で恥ずかしい失敗談や秘密にしている事等を暴露しながら罵り合っていた。
特にクリスタの暴言は酷く、一度でもグレた経験のある者であれば耳を塞ぎたくなるような言葉の数々が、まるで「どこかに書いてあるのか」と言いたくなるほどすらすらと発されていた。
そんな中でも剣を振るう事は忘れていないらしく、それは見事な攻防が繰り広げられていた。
クリスタはジェードの突きを最小限の動きだけで避け、剣を横に薙ぐ。
それをなんとか紙一重で避けて気合で体勢を立て直し、また突く。
見るからにクリスタの能力が上なのだが、それをジェードが気合でカバーしているといった状態のようだ。
サラは暫く見ていたが、大きくため息をついて自分からステージを降り退場した。
それを見たエドガーは席を立ち、急いで観客席から出ていく。
それに気づいたシャルは横目でそれを見送り、ルイに視線をやる。
ルイはフグレルと、あの技はどうのこうの等言いながら、ちゃんと見取り稽古という言いつけを守っているらしい。
朝、一人で行きたくない!と懇願されて来たのはいいが、シャルは剣の事など少しもわからなかった。
魔法所の一つでも持ってくるべきだったかな、と空を仰いでため息をつく。
聞こえてくる兄弟喧嘩に懐かしさを感じながらも、内容の下品さにうんざりしてくる。
……家でやれよ家で。
日もだいぶ傾き、露天や商店の提灯に灯りがともる。
約1時間にもわたる兄弟喧嘩は、クリスタの勝利で終わりを告げた。
クリスタはにこやかに観客に向かって手を振って退場し、その爽やかさと口の悪さのギャップに落ちた女性陣から黄色い声が飛んだ。
男性陣は男性陣で、酒の肴やケンカした時の文句に使おうとメモを取っている者もいる。
ちなみにジェードを落としたトドメの文句は「もう女に興味ない」である。
勝手にライバルというかコンプレックスの種にしていたジュードは、思わぬ発言に膝をつく。
しばらくこの事で頭を悩ませることになるのだが、それはそれで平和になるのでこの際だから割愛することにする。
ルイは先ほどの兄弟喧嘩の剣技の方の内容に未だ興奮さめやらぬといった様子で、熱弁しながら露店で買ったクレープを頬張る。
シャルはそれをうんうん聞きながら帰り道をゆっくりと歩いていた。
正直、何がどうすごくて素晴らしいのか全く分からないのだが、ルイが目をキラキラさせて話しているものに水を差すのも悪いので黙っている。
クレープを食べ終わる頃には、露店街を抜け商店街に入ろうとしていたところだった。
それでもまだ話したりず食べたりないルイは、話しながらキョロキョロとして店を物色していた。
眼に映るのは焼肉屋、定食屋、喫茶店、ケーキ屋などの食べ物を扱う店ばかりだ。
その姿にシャルは笑いそうになるが、目の前に突如として現れた壁に驚き立ち止まった。
「……あ」
「……え?うわぁっ」
ルイは壁にドン、とぶつかり尻餅をつく。
「ん?なんだ?……大丈夫か、嬢ちゃん」
その壁はぐるりと回転したかと思うと、ルイの腕を掴んでひょいっと簡単に引き起こした。
「……いたたた……すみません、ありがとうございます……あ」
お尻をさすりながら見上げて、ルイは固まる。
シャルも顔を上げて、その壁が見覚えのある人物だと思うのだが思い出せない。
……誰だっけ。
興味のあること以外はすぐ忘れるシャルは、つい先日対戦……それも苦戦した巨人族であるブラウンの事を忘れてしまったらしい。
忘れたというよりも、ブラウン=ニイエケの法衣の記憶しか残っていないので、現在スーツに蝶ネクタイという出で立ちなのでわからなかった、と言うべきかもしれない。
「なんだ、冒涜者たちか。どうするかな。この際いいか、誰でも。ちょっと来い」
ブラウンはそうブツブツ言い、そのままルイを引っ張って歩く。
「うわっ!え!ちょっと待って!はーなーしーてええええええええ」
歩幅の広いブラウンは歩いているだけなのだが、ルイは駆け脚ではあるが半ば引きずられる格好で連れていかれる。
シャルはそれを走って追いかける。
「……ちょっと、待って」
そう止めようと手を伸ばしたところ、その手も掴まれ、同じように連れていかれることになる。
ルイはギャーギャー叫んでいたが、ブラウンがある店の前でいきなりピタリと止まったせいで前につんのめり、転んだ上に思いっきり砂を食べてしまった。
「うぇっ!っぺっぺ!止まるなら止まるって言ってくださいよ!思いっきり砂食べちゃったじゃないですか!……うぅ……じゃりじゃりするぅ」
砂を吐き出しながら涙目になって訴えるルイをブラウンは見下ろす。
その姿に後ずさりしながら、ルイは「そもそも何の用ですか!」と食って掛かる。
完全に腰が引けてる姿にブラウンは思わず噴き出した。
「ブハハハハハ!いや、すまんすまん。客を連れて来いと言われていたんだが、どうにもうまくいかなくてな。お前たちなら顔見知りであるし、多少手荒くても大丈夫だろうと思ったんだ。詫びに一品ご馳走する」
「……ご、ご馳走……?」
そうして店の看板を見るとそこには「巨人と山賊」と書かれてあり、店の前を通る人も店の前すら若干避けて通り過ぎていた。
センスの無さと悪い予感しかしない店名に、ルイの額から冷や汗が流れ、顔が引きつっていく。
「大丈夫だ、味は保証する。おなごが好きなすいーつ?とやらもあるぞ。口に合わなければ、金を払わなくても構わない」
そうにんまりと笑う。
その笑顔には対戦した時のような気持ち悪さはない。
「そ、そうですか?じゃ、じゃあ、遠慮なく……」
そう言うやいなや、また引きずるようにして店の中に引きずられて入る。
「あ、店の中はかわ」
「二名様いらっしゃいました」
「「「いらっしゃいやせえええええええ」」」
野太い声がいくつも響く。
ピンクやらリボンやハートやらが飾られた可愛らしい店内とは正反対の、そのむさくるしい男性店員たちの合わなさ具合にルイの冷や汗は量を増す。
そして窓際の席に座らされる。
「待っていました」とばかりに髭をもじゃもじゃと生やした定員が、トレイに水の入ったグラスを二つ乗せてやって来る。
「いらっしゃーせ」
そういってニカッとタバコで茶色くなった歯を見せながら笑い、テーブルにグラスを置いて下がって行った。
それにすかさずメニューを持った、痩せっぽっちの男がやって来て、
「おすすめは頭領の気まぐれセットでござぁやす」
と言ってシャルとルイにメニューを広げて渡して下がる。
メニューの影からちらっとバックヤードの方を見れば、たくさんの店員たちがニヤニヤしていたり不安そうにこちらを覗いていた。
ルイはびくびくしながら、横に控えるブラウンの方をちらりと見る。
「……ブラウンさん」
「うん?なんだ、決まったのか?」
「いや、そう言うんじゃなくて……」
そう言ってうじうじとしているルイを見て、訳が分からず首を傾げたブラウンに察したシャルが聞いた。
「セットはおごりの一品に入る?」
その言葉にブラウンは驚いたようで、何度か瞬きを繰り返した後、またガハハハハと笑った。
「仕方ないな!いいぞ!何が食べたいんだ?」
そう言ってメニューを覗き込む。
ルイはおずおずとソレを指さした。
「……女性用とかあったらそれでお願いしたいんですけど……」
その厚かましい注文にもう一度目を瞬かせ、ブラウンはにんまりと笑ってルイの頭をポンポンと叩いた。
そうしてバックヤードに向き直り、驚くほどの大きな声で言った。
「頭領の気まぐれセット二つ!一つはレディースで!!」
その言葉に覗き込んでいた店員たちの表情も明るくなる。
「頭領の気まぐれセット二つ!一つはレディースで!ありがとうございます!!!!」
注文を復唱した後、歌ったり踊ったりして喜んでいる店員たちはドン!と何かを打ち付ける音で一斉に静かになった。
「誰だ!れでぃーすとか訳わかんねぇ事ぬかす奴は!!!出されるもんは黙って全部食えってんだ!!」
そう言って奥から出てきたのは、これも何処かで見たチリチリパーマと無精ひげの男だった。
その男はシャルを見るなり物凄く嫌そうな顔をして、睨みつけるようにして見下ろした。
「何しに来やがった!俺らの夢だけでなく店まで潰す気か!こん畜生め!!!」
そう怒鳴る男に、ルイとシャルは同時に首を傾げた。
「……どちらさまでしたっけ?」
そう言われて男はカチンと固まる。
先日行われたパーティー戦予選に引き続き、またしても覚えられていなかった、シャルたちにとっては影の薄い頭領である。
「うそ!なにこれ、滅茶苦茶おいしい!これ頭領のおじさんが作ったとか本当!?信じられない!!盛り付け可愛いし、なにこのデザートのウサギ!これがケーキとか器用過ぎ!!」
そう言いながらがっつくルイに、頭領は鼻高々といった感じで大きく胸を張る。
出されたものはエビピラフと一口ステーキ、ポテトサラダとケーキのデザートといったものだ。
出てきた当初はあまりの質素ぶりにしょんぼりしたルイであったが、一口食べてみた所あまりの美味しさに全品オカワリしてしまったほどだ。
シャルは苦笑しながらゆっくりと味わって食べる。
一口食べては、うんうん、と頷く。
休みの日のご飯はここにしよう、と密かに決めた。
ルイは食後に出されたオレンジジュースを飲みながら、頭領とブラウンを見比べて首をかしげる。
「どうしてブラウンさんと頭領のおじさんが一緒にお店してるの?」
今更の質問に、ブラウンと頭領は少し間を置き可笑しそうに笑った。
バンバンと膝を叩いて笑うほどウケたことに疑問に思ってシャルを見ると、シャルも笑っている。
「なんなのよう……」
そう唇を尖らせるルイに、シャルは言った。
「食べるのに夢中だったから聞いてないかもしれないけど、さっきそれ話してた」
「えぇーー!うそ!!!」
焦るルイに頭領はニヤニヤと笑って答える。
「本当だぞ嬢ちゃん。まぁどうってこたぁねぇよ。聞いてもすぐ忘れるさ」
「そうだ。俺がこの店を手伝ってるのも、ただ「脱落者テントで知り合って話しているうちに馬が合った」ってだけだからな」
そう言って二人は同じようにガハハハハと笑った。
その二人の雰囲気はとても良くて、シャルもルイも思わずつられて笑ってしまうほどだった。
「また来いよ!今度は新作用意しておくからな!」
そう店員総出で見送られ、シャルとルイは寮に帰る。
ルイはおなかを撫でながら、出された料理と店の雰囲気を思い出して言った。
「また来ようね。次はエドガーさんとサラ誘って」
「ん」
シャルも満足そうに何度も頷く。
思わぬ収穫に大満足の二人だった。




