二十二話
フグレルは激怒した。
それは、セフィリアが胸を触っても良いと言った事に起因する。
ルイに引き続きキュレスティアで学ぶことを許可した直後、早速セフィリアの胸を触ろうとした、のだが……
「なんじゃ!動かん!身体が動かん!」
その手はセフィリアの胸10cm手前で止まり、腕がそれ以上進まないだけでなく指一つ動かなかった。
セフィリアを見れば、にっこりと修道女らしく微笑んでいるだけ。
フグレルは唸りながら腕を動かそうと力を入れるが、びくともしない。
「あら、フグレル老。本当は触る気なんてなかったんですか?もしかして最初からルイに個人戦出場なんてさせる気はなかったとか……なんてすばらしい教師魂なのでしょう!」
セフィリアはまるで感動したかのように言った。
「違う、違うぞ!卑怯な手を使いよってからに!」
額に青筋を浮かべながら頑張るも、やはり腕や指が動くことは無い。
それはセフィリアが纏う元素によるものだった。
それは闘気とも呼ばれるもので、その気にのまれた生物は近寄ることも、意のままに動くこともできないとも言われている。
フグレル自身、若い頃は世界に名を馳せた剣士であり、闘気もかなり強力なものを纏うことができた。
だが今は年老い力も纏う元素も衰え、セフィリアの闘気に打ち勝つほどの闘気を纏うことができなかった。
「わしがもう少し若ければこの程度の闘気、跳ね返してやるものを……」
悔しそうに下唇を噛み、セフィリアの胸の前から腕を引く。
「あら、触らなくてもよろしいので?」
白々しく言うセフィリアを睨みつけた後、フグレルはフンとそっぽを向く。
「触らせる気など元々無かったのじゃろ。詐欺じゃ詐欺」
そうして今度はルイを睨みつける。
ルイはびくりと一度肩を震わし、ぎゅっと剣を抱きしめた。
それを見て、はぁ、とため息をつき低い声で言った。
「先の試合を見たが鍛錬不足は明白。技のキレも悪く動きも鈍くなっておる。そこの小僧の魔法でかなりの部分を助けられたであろう。それに返せる動きをしたか?」
ルイは小さく「いえ……」と答える。
「そうじゃろう。この馬鹿の真似事をして本来の技を鈍らせるのもマイナス評価じゃ。人にはそれぞれ合う型があるんじゃ。それを無理して別の型にすればゆがみが生まれる。それはグレイス校に居た頃に散々教え込んだはずじゃが?それでもお前は3回生かの?」
小さくなっていくルイを見ながら淡々と言い放つ。
その姿は生徒から尊敬を集める教師そのものであった。
グレイス校は一定の能力がなければ進級することができない。
毎年入学する生徒の内、翌年に進級できるのは1/4にも満たないとされている。
その訓練の厳しさに辞める者が半分、留年する者が1/4という割合で、2回生から3回生への進級はもっと難しいとされているが、ルイは順調に進級を重ねていた生徒の一人だった。
フグレルは言い返すことも相槌をうつこともできないでいるルイをまっすぐ見据え、まっすぐ、力のある声で言った。
「お前に見取り稽古を命じる」
サラがフレイアに呼び出されたのは決勝戦が終わり、エドガーの怪我の治療が終わるのを待っている時の事だった。
スーツ姿の黒の騎士が恭しく礼をした後、蝋で封がされた手紙を渡してきたのだが、その内容が「話がある。さっさと来い」のみで思わず眉根を寄せた。
ちらりと黒の騎士に目をやると、彼はただサラを見下ろすのみで何も言おうとはしない。
ただ、その目からは何とも言えない負の感情が見て取れた。
「案内してくださいな」
そう言うと黒の騎士は何も言わず、踵を返して歩き始める。
それを見て、サラは大きなため息を一つついた。
……本当に何も変わっていないのか。
そうして彼の後ろを見失わないように歩いて追いかける。
道中、二人は本当に何も話さず露店の並ぶ道を通り過ぎ、キュレスティアに向かう。
そこの客室にフレイアは宿泊している。
元々国王の住まう城なだけあり、そういった部屋は腐るほどあるのだ。
その一室にコンコンとノックをすれば、中から「どうぞ」と声が返ってきた。
黒の騎士が扉を開け、一言「お連れしました」と言った。
サラはその開かれた扉から中に入る。
「何か御用でしょうか」
中にはフレイアがベッドでシーツにくるまりながら読書をしていた。
周りに何人もの男性をはべらせており、その表情は恍惚としていながらも焦らされて困っているような表情だった。
あまりに見慣れた光景なので何かを言う気も、する気も無かったが、そう言えばそういうモノだったと改めて認識した。
そしてそれを平然と他国でできる姉に感心しながら、いつも通りにっこりと微笑んだ。
「闘技会、個人戦があるんですってね。それ、出なさい」
「……はい?」
いきなりの事に思わず変なところから声が出た。
フレイアはその反応に不愉快だと言わんばかりに顔を歪め、パタンと大きな音をたてて本を閉じる。
「二度も言いません。登録はすでに済んでいます。詳しいことはそこのジェードに聞きなさい」
「……はぁ」
「わかったなら下がりなさい」
そう言われるや否や、黒の騎士に腕を引かれ部屋を出される。
これもいつもの事であるが、姉がどうして不機嫌なのかも、どのような意図をもって言っているのかさっぱりわからない。
首を傾げていろいろ考えてみるが、やはりよくわからない。
「……で、ジェード。いったい何だというの?やたらご機嫌ななめだけれど」
それに関して黒の騎士は何も答えない。
ただ、冷たく見下ろすだけ。
詳しいことを聞けと言われているが、この調子では答えてくれないことはわかりきっていた。
……本当にこの二人は何も変わらない。
「まぁいいわ。明日からの個人戦に出ればいいのね」
ため息をついて踵を返して帰る。
こつこつと足音だけが響き、それが遠い故郷での生活を思い出させる。
とても寂しく、辛い日々でしかないモノを。
ただ、自由の為だけに幾人もの人を切り捨ててきたことを。
「どうかされました?」
城をでた直後、サラはそう呼び止められた。
振り返り顔を上げればそこにはクリスタがいた。
相変わらず食べ物が入った紙袋を抱えていて、サラは苦笑するしかなかった。
「いや……姉様にお呼び出しをされてね」
「おや、それはそれは。また機嫌でも悪いのでしょうか」
そう言って紙袋の中から小さな包み紙をサラに差し出す。
受け取って開けてみれば、それは可愛らしいウサギの形をしたクッキーが入っていた。
「あら、可愛らしい。ありがとう。機嫌、悪いみたいね。ジェードまで機嫌悪かったし。あ、あの子はいつもの事か。なんか個人戦に出ろとか言われたわ。剣ボロボロにしたのに、本当に容赦ないわね」
そう言ってクッキーを摘まむ。
口の中にバターとメープルの香りが広がり、そのくせ甘さは控えめでとても美味しかった。
クリスタはおいしそうに食べるサラを見ながら、フレイアと双子の弟について考える。
思い当たるふしがないわけではない。
先日、闘技場の一般席からちらりとVIP席を見た時に、とても不機嫌な顔をして観戦しているのを確認していたからだ。
隣に座っていた青い髪のキュレスティア城主が、とても楽しそうだったことから何か言ったに違いないのだが、後でジェードに聞いても何も答えなかった。
……あの二人は本当に難しい。
カドリアでも随分と悩まされる事ではあるが、今回は他国でのことである。
自国にいるように振る舞われれば、たちまち外交問題になりかねない。
……あまりオイタが過ぎなければいいのだが。
そう考えて視線をサラに戻した。
「その個人戦、今から登録することは可能でしょうか?」
「……へ?」
クリスタはにっこりと笑ってサラに言った。
「見ていて私もうずうずしてきたもので」
サラはぽかんと口を開いてクリスタを見上げていた。
……そう言えばこの男もにっこりと笑っているが、一番何を考えているかわからない奴だった。




