第二一話
シャルはルイの手を引いて歩く。
やや速足で、人ごみをかき分け、目的の場所へと向かう。
ルイは引かれている手を離さないようにしっかりと握った。
シャルの早足はルイにとって駆け足にも近かったが、それでもはぐれ無いように、置いて行かれないように頑張った。
それでもしばらくしてから入った路地で、ルイはピタリと止まった。
シャルはつんのめる形で止まり、振り返る。
その路地は何故かすべての店の入り口からピンクの光りが漏れているし、その前ではやたら露出の高いお姉さんや、所謂イケメンと言われるようなお兄さんが通行人に手招きしている。
賑やかな音にまぎれてはいるが、どこからともなく女性の悩ましい声が漏れ聞こえていた。
丁度お姉さんに手招きされた男性が、鼻の下をだらしなく伸ばし店の中に消えていった。
「……どうかした?」
何でもないような顔をして聞くシャルに、ルイは少し頬を赤らめて睨む。
「いや、どうかしたじゃないでしょ。どこ行くの?もしかしてこの私の傷ついた心に付け込んで、あんなことやこんなことやそんなことまでする気ね!!!」
自分の身体をギュッと抱きしめ、イヤイヤと身体をくねくねさせる。
それを冷めた目で見る。
「いや無いから」
きっぱりバッサリ言われて、安心したような残念なようなショックなような複雑な気分になった。
そんなルイを見てため息をつく。
「ここ入ったらすぐだから。恥ずかしいなら引っ張ってくから下向いたままでいいし」
ルイは視線を地面にむけて、小さく「わかった」と頷いた。
シャルはまたルイの手を引いて色町に入る。
客引きのお兄さんやお姉さんに「まぁ可愛らしいカップルね」とか、「兄ちゃん頑張れよ!」とか指笛の音とか聞こえた気がするけれど、ルイは恥ずかしくてそれどころではなく、シャルは目的をさっさと終わらせたくてそれどころでなく、全くと言っていいほど耳に入ってなかった。
そうしてシャルが入ったのは、無駄に看板がキラキラしていて眩しい店だった。
そこは円形のテーブルとそれを囲むようにしてあるソファーがいくつもあり、客は男性が多く、店員の露出度の高い女性がお酒を注いだりなんだりしている店だった。
店員の制止も聞かずにどんどんと進み、一番奥にあるVIP仕様の個室のドアを開いた時には、シャルの後ろに店員がわんさかといて今にも追い出されかねない状態だった。
個室にいた女性三人の女性がいて、その中で一番この場にいるのが似つかわしくない修道女が両脇に他の二人の女性を抱え、驚いたようにシャルを見た。
直後、面白そうににやりと笑って手を一度振ると、シャルの後ろにいた店員たちが下がって行く。
それを確認したシャルはルイを連れて部屋に入り、バタンと戸を閉めた。
そうして修道女の前のソファーに座る。
「珍しいな。なんか飲む?」
そう言って修道女は底の浅いグラスに入った琥珀色の液体を飲んだ。
「いらない。……セフィ姉。仮にも神に仕える身なんだから、酒と女やめた方がいいと思うんだけど」
シャルは半ば呆れたように言った。
「神なんてこれっぽっちも信じちゃいないから大丈夫だろ」
ガハハハと笑って、空になったグラスにまた琥珀色の液体を注ぎ、一口飲む。
そうしてシャルとルイを交互に見て、意味ありげな笑みを浮かべる。
「で、何の用?仲人なら喜んで受けるけど?」
シャルはその言葉に反応を示さず、顔を赤らめているルイに剣を借り、鞘から抜いた。
女性二人が、キャッと小さな悲鳴を上げ、セフィリアは笑みを消す。
「それが何?」
女性を抱いていた腕を組み、足を組み換えシャルを見据える。
「今から修理するんじゃ個人戦に間に合わない。代わりのモノを用意する手助けが欲しい」
そうして刃の方を持ち、セフィリアに剣を差し出す。
それを受け取ったセフィリアは、重さや大きさ、材質を確認する。
「これは……うーん……これと同程度のモノを用意するとなるとかなりの金額が必要になるぞ。金はあるの?」
その返答にシャルは眉を寄せる。
「……ない」
「んじゃ無理だ。諦めな」
そう言ってセフィリアはシャルに剣を返す。
「すみません!お願いします!無理言ってるのはわかってます!でもどうしても個人戦に出なきゃいけないんです!」
ルイは前のめりで言い、頭を下げる。
それを見てセフィリアはため息を突き、天井を仰ぐ。
そうして琥珀色の液体を一気に飲み干し、何かを考えるように足を何度かパタパタさせた。
「……理由は?なんでそんなに個人戦でなきゃいけないの?来年もあるでしょうが。言っとくけど、個人戦の方がパーティー戦よりずっとレベル高いんだからね。今のあんたじゃむりむり」
それにルイは視線を手元に下げた。
悔しさで下唇をかむ。
力不足なのも鍛錬不足なのもわかっていることだった。
……それでも。
「それでも、私は出たいんです。まだキュレスティアで学びたいことがたくさんあるんです!まだ戻りたくない!!!」
キッと視線をセフィリアに向け、半ば怒鳴るように力を込めて言った。
それがどうセフィリアに届いたのかはわからない。
ただ、じっとルイを見て何も話さない。
長くて短い沈黙の間、ルイはセフィリアから一度も目をそらさなかった。
そしてセフィリアは、ふぅ、とため息をつくと脇にいた女性にこそこそと何かを言う。
耳打ちされた女性はにっこりと微笑んで、ルイに手を振って部屋から出ていった。
「どうせフグレル様が『闘技会で良い成績を残せないようであれば連れ戻す』とか言ったんでしょう。全く、あのジジイときたらホントに変わっちゃいないんだな」
そう言ってまたグラスに酒を注ぐ。
くるくると液体を回し、一気に仰いでグラスをテーブルに置いたとき、先ほど出ていった女性が戻ってきた。
「早かったね」
「うん、セフィの言ったとおりだった。胸の大きいコがいっぱいいるお店にいたよ。ほら、こっちですよ。ココ、ココ」
そう言って誰かに手招きする。
「なんじゃ、機嫌よくお姉ちゃんたちにパフパフしてたというのに。ジジイに用があるなら自分で来いっていうんじゃ」
そう不機嫌そうに言いながら入ってきたのは、腰が曲がり頭のてっぺんだけが禿げた白髪の老人だった。
老人は部屋に入るなり中の人物を見て、そうしてセフィリアに視線を戻した。
「お久しぶりですね、フグレル老。相変わらず教え子に無茶ぶりしてるらしいですね」
フグレルは「ふぉっふぉっふぉ」と笑い、セフィリアの隣にどかりと座る。
「無茶ぶりだなんて失礼だのぅ。誰がそんなこと言うんじゃ。およ、そこにいるのはルイか。これはこれは、久しいのう。パーティー戦見させてもらったが、まぁセフィリア相手にしてはまあまあといった所じゃな。もっと励むがいいぞ」
ルイは勢いよく立ち上がり、深々と礼をする。
「はい!お久しぶりでございます。ありがとうございます!」
フグレルはそれを聞いて、ウム、と頷き、手をワキワキさせながらセフィリアの胸へと移動させる。
その様子をちらりと見て、セフィリアはフグレルの手をペチンと叩いた。
「そのセクハラも相変わらずのようですね。そんなことでよく教師が務まりますね」
「ほれ、男の心と身体は別だというじゃろう?それじゃそれ。相変わらずぱっつんぱっつんしていい感じじゃのう。触らせてくれんかの」
ルイは自分の師の見た事も無い姿に、顎が外れそうなほど口が開きぽかんとしている。
……昔セフィ姉が言ってたセクハラジジイはこの人だったんだな。
シャルはそんなことを思いながら、苦笑してその光景を見ていた。
セフィリアは仕方がないな、といった感じでため息をつく。
「仕方ないですね、良いですよ」
その言葉にフグレルは両手を胸の前でワキワキ動かしてニヤニヤ笑う。
セフィリアは、すかさず「ただし」と付け加えた。
「なんじゃ、条件付けるのか。嫌じゃのう、老人の楽しみを奪うおなごは嫌じゃのう」
そう言ってがっかりしたように手をおろす。
「条件って言っても簡単なことですよ。ルイの剣、あれ私ヒビ入れちゃったんですよ」
それにはフグレルも目を丸くする。
「あれをとな?さすがと言うか何というか、凄まじいのぅ」
「いえいえ、卒業してから知り合いに作ってもらった剣がありまして、それがまた良いモノでしてね。それを思いっきり振ってたらやっちゃったんですよ」
「あれを超える業物があるとはのう……あれは無銘の剣であったが、それは綺麗で素晴らしいモノじゃった……」
うっとりと遠くを見るように目を細めるフグレルに、セフィリアはにっこり微笑んだ。
「えぇ、私も失敗でした。それでですね、その剣が使えないので彼女、個人戦に出れそうにないのです。教えに逆らい、無理を言っているのは承知しています。それでもどうかキュレスティアで学ぶことを続けさせてあげてもらえませんでしょうか」
その言葉に、ルイは「お願いします!」ともう一度頭を下げた。
フグレルは渋い顔をしてセフィリアとルイを交互に見る。
「でものぅ……約束は約束じゃからのう」
「ですから、以前から触りたがっていらした私の胸を触っても宜しいですよ、と申し上げているんです」
「よし、引き続きキュレスティアで学ぶことを許可する」
セフィリアの言葉に被さるようにして、フグレルは親指をぐっと立てた。
師のだらしない姿に苦笑しながら、ルイはもう一度頭を下げる。
セフィリアと目があったシャルは、後々どんな請求が回ってくるのかと心配になったが、
「ありがとうございます!セフィリア様、シャル!」
と安心したような笑顔で言うルイにうんうんと頷いた。
とりあえず、今のところは、これで良いということにしておくことにする。




