第十九話
ルイは頭を抱えてうずくまっていた。
確かにエトラもセフィリアもエドガーの姉だけあって美人だし、出るとこでていて引っ込むところは引っ込んでスタイルもいい。
特にセフィリアはゆったりとした修道服を着ているが、それでもしっかりと鍛えられているのがわかる。
確かに綺麗だし、決勝まで来ているのだ、強いのだろう。
……確かにそうではあるが……
ブツブツと何かを言いながらうずくまって動かないルイを見て、セフィリアは不思議そうに首を傾げた。
「何あの子」
それに対してエドガーは憐れむような視線をルイに送る。
「理想と現実のあまりの違いにショックを受けているんだ。触れないでやってくれ……」
そう言って左手を額に指を当て、もう片方の手は胸に当てる。
少し芝居がかったその動作にセフィリアは少しイラッとした。
「それはどういう意味?」
「決まってるじゃないか。ルイは『長い金の髪をなびかせ剣を振り、魔法を使う姿はまさに戦乙女とまで言われている』グレイス校の英雄に憧れているんだ。それが実際に会ってみたら女ったらしで血染めの修道女。もう千年の憧れも一気に覚めるって、ぐはぁっ」
ゴン!という音と共にエドガーは頭を押さえて地面をごろごろと転がった。
セフィリアがエドガーの頭を柄の部分で思いっきり殴ったからである。
媒介としても使用されるソレは、特別な素材を使っているために硬く頑丈でとてつもなく重い。
作った本人でさえ
「セフィリアの言うとおりに硬くて頑丈にしたけど、かなり重たくなったし……もしかしたら無理かもなぁ」
と何度かため息をついたほどだ。
しかし、いざ渡してみると「あーうん、ちょっと重たいね」と言って片手で振り回したので呆気にとられたという。
シャルはそんな逸話を知っている人間の一人で、心の中でエドガーに手を合わせた。
「グレイス校の英雄って言うことは何、グレイス校の子なの?」
転がるエドガーを放っておいて、セフィリアはルイに向き直った。
ルイは未だショックから立ち直れてはいないようだがよろよろと立ち上がり、背筋を正して胸の前に拳を置き礼をした。
「はい。三回生、フグレル組でした。お会いできて光栄です。セフィリア様」
それを聞いてセフィリアは苦笑する。
目上の者にはいかなる相手であれ敬意をもって接するべし。
そんなグレイス校の校訓を、ルイはキュレスティアに来ても守っている律儀に守っていた。
そして久しぶりに聞く師の名前に懐かしくなる。
「フグレル様かぁ、懐かしいなぁ。もう長い事会ってないや。元気にしていらっしゃるかなぁ」
「はい。先日届いた手紙では、私がグレイス校を出る時と変わりない様子でした」
「あはははは。どうせ『鍛え方が足らん!根性叩き直してやる!』とか何とかなんでしょ?相変わらずね」
セフィリアはそう言って大きな両手剣を持ち直した。
シャルは地面に転がっていたエドガーの腕を掴んで強引に起こし、チェーンの媒介を起動させる。
サラはルイの様子をみて微笑んでいたが、辺りを警戒しているのか時折視線と手の指が動いていた。
エドガーが頭をさすりながら辺りを見回し、ぼそりと言った。
「囲まれてるな」
ルイはその言葉に目を丸くした。
「セフィ姉こっち来るまでいったい何組パーティー潰してきたんだよ」
「そんな言うほど潰しちゃいないよ」
「48組を『そんな言うほど』って言えるなら、そうなんでしょうね」
エトラはため息をついて柄に付いた石を撫でる。
「開始1時間も経ってないのに、それだけ薙ぎ倒してりゃマークされるわ……」
遠い場所を見るような目をしてエドガーはため息をついた。
シャルはルイに近寄り、肩にポンと手を置いた。
「気にしなくていい。エドガーの家、特殊だから」
何を、とは言わなかった。
自分だけ気が付いていなかったのだ。
「大丈夫、ありがとう」
と返事をして気持ちを落ち着かせることに集中する。
動揺からか手が震え、剣がカチカチと鳴った。
「ルイちゃん、と言ったかな?」
セフィリアはルイを見ず、まだ見えない敵を見据えて言った。
「何のために騎士になるのか。何のために剣を振るうのか。考えたことはある?」
「え、あ。はい。大事な人を守るためです」
戸惑いながら答えた。
その答えににっこりと微笑み、「模範解答ね」とセフィリアは流す。
「現実は、そう言えるほど生ぬるくはないけど」
「……え……?」
そうしてセフィリアは駆けた。
自分の大きさと大差ないほどの大きな剣を担いで。
「私はセフィリア・ブロッドウェイ!!私を倒すことで名を売ろうとする者たちよ!かかってくるならかかってこい!一人残らずテント送りにしてやるわ!」
その言葉に四方八方から火の玉や雷撃、矢が一斉にセフィリアだけでなくシャル達にも向けて飛んでくる。
そして、「おおおおおおおおおお!!!!」という喊声と共に多数の人間が各々武器を持ち迫ってきた。
どのパーティーも我先にといった様子で、その他の事は目に入っていないようだ。
ルイは構える。
何のために、なんて本当はわかってはいない。
ただ、そう言えば格好はつく、聞かれたその場は何とかなると思っていた。
それをセフィリアには見透かされたようで苦しかった。
「私も何のために、って言われたらわからないのだけれど」
その言葉にルイはサラを見る。
サラは微笑んでただ向かってくる敵を見据えていた。
「私は私の為に剣を振るってきました。私自身の自由の為、思い描く未来の為。親や姉は勿論、友人を助けたいからとかそんなの一切考えたことなかったです。あの人たちもそうじゃないでしょうか」
そう言って剣を構えた。
……自分の為……?
「いいんじゃね?今はぽややんって感じで。というか早くあいつらどうにかしとかないと、セフィ姉もエト姉もこっちにも攻撃してくるぞ。あの二人、同じパーティー以外には容赦ないから」
シャルもうんうんと頷いて同意する。
「今はコレどうするかだけ考えればいい」
ルイは3人を見回し、そして頷いた。
「よっしゃいくぞ!打倒セフィ姉!!!」
エドガーはそう言ってセフィリアの後を追った。
「良く言ったクソガキ!!返り討ちにしてくれるわ!!」
そういうセフィリアは一薙ぎで何人も倒していく。
それは、ルイがしていた真似事の何倍も威力があり、的確な攻撃だった。
エドガーはセフィリアの剣を何回か受けながらも、果敢に挑戦していた。
「これでも喰らえ!『拳に炎と体勢を』三割増し!!」
拳をセフィリアに向かって振るう。
「あははははは!!甘い!甘すぎるぞクソガキ!そんなモノ私には効かないね!」
そう言って一薙ぎするとその炎はセフィリアに当たることなく四散した。
その散った炎は周りにいた者に当たり、それぞれ火傷を負ったり服や持っていた荷物に火が付き結果的に自爆になって粒子になった者や、炎を消すのに転げまわる者など様々だった。
「さて、わたくしも参戦するとしましょうか。何せ魔法を使う事自体久しぶりですので加減がちょっと……ねぇ」
エトラはそう言ってブツブツと唱えると鞭の柄に付いた石が光る。
パシン!と鞭を振るうと、目の前の敵に大きなの雷が落ちた。
直撃を受けた者は一撃で光の粒子となり、近くにいた者はその音と衝撃で卒倒する。
「なんかちょっと楽しくなってきましたわ」
そう言ってビシビシ鞭を振るっていく。
ドンドンバリバリ雷が落ち、挑戦者たちが消えていく。
サラは右手の剣で敵を的確に落としていく。
やや遠めにいて小細工をしようとする者にはナイフを投げてけん制する、という仕事もしていた。
シャルは自分に防御結界を張りながら、3人にいつもの魔法を掛けていく。
同時にルイの纏う元素が不安げに揺れているのが気になった。
ルイは次々と挑戦者たちを倒していく。
相手はそれなりに強いのだが、セフィリアとエトラの能力の方がはるかに高く太刀打ちできるものではなかった。
それは何度もセフィリアに挑むエドガーにも言えることで、少しずつ体力を削られ傷つけられていく。
サラは自分の周りに敵がいなくなるとエドガーの元に駆けた。
エドガーがセフィリアに跳びかかったところを一薙ぎで弾き飛ばされ、それを好機と一足飛びに間合いを詰めて大きな両手剣を振り下ろす。
ガキン!と金属の当たる音がして、セフィリアの剣がエドガーを逸れて地面にゴンっと当たる。
サラがエドガーとセフィリアの間に入り、自らの剣で軌道を変えたのだ。
エドガーとセフィリアは目を丸くした。
そしてサラは自身の剣を見て目を見開いていた。
たった一撃を受け流しただけだというのに、その剣は受けた所から先がなくなっていたからだ。
「あはははは!いいね!それいいよ!そういう子好きよ」
そう言って一瞬のうちに剣を引いて構え直し、薙いだ。
サラはそれを刃の折れた剣を投げるようにして受け流し、未だ呆けているエドガーを抱えて後ろに跳び、ナイフを4本投げた。
セフィリアはそれを紙一重で避け、一気に間合いを詰めてサラとエドガーごと叩き切るように両手剣を振り上げ、下ろした。
「良い仲間を持ったね、エドガー」
そうして二人ほぼ同時に粒子と化した。
それを見届けて、今度はシャルに向き直る。
ニヤリ、と不気味な笑いを浮かべて一瞬にして間合いを詰めた。
シャルは眉根を寄せ、セフィリアが剣を振るうのに合わせて風の壁を作り一緒に薙ぎ飛ばされる。
身体に風を纏わせ、向きを変え着地する。
薙いだ瞬間にセフィリアはシャルに向かって駆けたが、それを間に入ったルイによって止められる。
勿論、ルイが進行方向に入ったところでセフィリアはその剣を振りぬいた。
……筈だった。
それは甲高い金属音と共に止められ、駆けた足も止められる。
ルイの手はしびれてカタカタと震え、剣がカチカチと鳴っている。
それに「へぇ」と感心したようにルイを見た。
「ただの模範解答じゃなさそうね」
そうしてにっこり微笑んで剣を引き、一足飛びに下がった。
エトラは鞭を振るいながらそれを見てため息をつく。
「また悪い癖が出てきたわね」
セフィリアが構え、顔から笑みが消える。
眼光が鋭くなり、体勢が低くなる。
ルイはぞくり、と背中に冷たいものが走った。
シャルは体勢を立て直し、ルイに防御結界を張ろうと手を伸ばす。
「手を出すと後が怖いですわよ」
伸ばした手をエトラの鞭が捉え、一気に引かれる。
シャルは引きずられるようにしてエトラの足元に転がった。
「わたくし、怒ってますの」
そう言ってシャルを見下ろし、眼以外で微笑んだ。
シャルは逃げるようにさっと視線をルイに向ける。
ルイも真似事ではない、自分の構えで剣を持つ。
纏う元素は緊張で張りつめぎこちなく流れているが、中心はしっかりと力強く流れていた。
そしてそれはあっという間だった。
セフィリアが、にやりと笑ったかと思うと一足飛びに間合いを詰め、剣を振るう。
ルイは体勢を低くして避け、剣先をセフィリアに向け振り上げた。
セフィリアはそれを後ろに避け、薙いだ。
ガキン!という音と共に、ルイの剣はセフィリアの剣に抑えられる。
ルイは剣に力を込めるが、びくともしなかった。
長く短い拮抗がなくなったか瞬間、ルイの胸元にセフィリアの剣が向かっていた。
そうしてルイも光の粒子となって消える。
セフィリアは剣を担ぐとシャルの方に向かって歩き出した。
「いやぁ、良い子たちだね。これからが楽しみだよ」
ニヤニヤと笑いながらそう言ってシャルの頭元に立つ。
「そうやって気に入った子に本気になるのはおやめなさいな。トラウマになったらどうするつもりなの?」
エトラは腕を組み、ため息をついて言った。
「それはその子に縁がなかったって事だと思うよ。で、お前だけが残ったね。さぁどうする?」
シャルを見下ろし、エトラとセフィリアは笑みを消す。
ゴクリ、と唾を飲んだ。
この後セフィリアとエトラの気が済むまで、文字通り踏んだり蹴ったりの説教が続いた。
戦闘中も引きずられながら説教されているシャルをみて、他の挑戦者たちが同情するような酷い扱いで。




