第十七話
キュレスティア学生寮の一室は、驚くほどガランとしていた。
そこはシャルの部屋で、備え付けのベッドと本棚と勉強机、ミニキッチンがある他は物がほとんどない状態であった。
エドガーは担いでいたシャルをベッドに転がし、ふう、と息を吐く。
「今日は疲れたなぁ」
ベッドの横にへたり込み、天井を仰ぐ。
あれから何回か戦闘もあったが何とか予選は通過出来た。
サラとルイの能力の高さには本当に目を見張るものだった。
特に、サラがあのような高笑いをするとは思わず本当に驚いた。
寂しそうに、しかし嬉しそうに笑うその姿はとても哀しさを誘うもの。
この三カ月、一番傍にいたのに何もわからないままだったと思うと途端に馬鹿らしくなる。
「お前ならどうするだろうなぁ」
メンドクサイと言うだろうな、と苦笑する。
エドガーは何気なく天井に手を伸ばす。
手に入ったと思っていた愛しいモノは、本当にこの手に入っているのだろうか。
サラは当てもなく、ただ屋台の並ぶ町並みを歩く。
本当に、当てもないのでどの屋台も素通りしていく。
あちらこちらに設置されている舞台では芸を披露したり、オークションをしたりしているがどれにも興味がわかなかった。
とても、虚しかった。
今までどれだけ悩んでも、抗っても何も解決はしなかった。
それどころか寂しさは募り、辛いだけ。
それなのに、キュレスティアに来てたった三カ月で本当に色んなものが見え、触れることができ吹っ切れてしまった。
17年、悩んでつらくて苦しんでいたものを。
たった、三カ月で。
「おや、シアン様ではありませんか。今日はおひとりなのですか?」
カドリアで呼ばれ慣れた名と声で振り返る。
そして、眉根を寄せる。
白の鎧の騎士、と言っても今は鎧をつけずにシャツにズボンというラフな格好なのだが、それに加え左手に紙袋を抱えていか焼きを食べている姿は、どう見ても祭りを満喫しているものだった。
そして、サラが今一番会いたくない相手でもある。
「パーティー戦、見させていただきました。素晴らしいご活躍で、陛下が見られればさぞお喜びになることでしょう」
ニコニコと笑いながら言う姿にサラは頭が痛くなる。
「……クリスタ」
「はい、なんでしょう」
大袈裟に礼をする。
それでも器用に紙袋の中身を落とさない程度の角度でするあたり、本当に抜け目ない男だと思う。
「思ってもいないことを言うな」
サラの言葉に本当に驚いたという表情をわざとらしくする。
「そんな滅相もありません。本気で思っていますよ。ただ少々……」
クリスタの眼が鈍く光る。
「俺としては面白くはない、と言ったところでしょうか」
声色に殺意がこもっているあたり、こちらが本音なのだろう。
サラはため息をつく。
「とはいえ、私はもう幾度となく振られていますし、今更どうこうしようとは思っていませんよ。ただ、国に帰れば寿命を延ばすためのコトだけは、半ば無理やりにでもさせていただきますが。私の首がかかってますんで、すみません」
首をさすりながらおどけて言う姿は、とても痛々しい。
難しいな、と思う。
「……クリスタ」
「はい?って、えっと、ちょっ……お待ちください!早いです、もう少しゆっくり!」
サラはクリスタの手を引き、人ごみをかき分けて歩く。
屋台のある広場と路地を抜け、住宅地を通り過ぎ、キュレスティア近くにある池に向かう。
こぢんまりとしたものだが、緑に囲まれたそこをサラは気に入っていた。
雑草をがさり、と踏み手を離して大きく伸びをする。
そして大きく深呼吸をする。
うん、大丈夫そうだ。
「シアン様?」
カドリアでの呼び名をそのまま口にするクリスタに、サラは振り返り微笑む。
その姿にクリスタは目を見開き固まった。
久しぶりに見た本物の微笑みだったからだ。
「私はクリスタにはとても感謝しているよ。いつも支えてくれて、本当にありがとう。そしてたぶんこれからも支えてくれるんだろう。でもね」
サラはこの三カ月で掴んだモノを大切に胸に抱く。
そして今まで嫌だけれど手放せなかったモノに決着をつける。
「そもそも私は、長く生きていこうとは思ってはいなかったんだよ」
母はサラの為にと思ってクリスタをつけてくれたのだろうけれど。
クリスタはサラの為にいてくれたのだろうけれど。
「もう、しなくていい。そんなモノ私にはもう必要ない。私は私の意志で生きたい理由を見つけたいんだ。それに、私としていてもお互い辛いだけだろう?」
クリスタはそれを聞いて苦笑する。
彼女が物心つく前から一緒にいて気づかないわけがない。
女王からの命でなければ、無理やり奪うことなんてすることはなかった。
それでも生かす為だと言い聞かせて、一緒に居たい自分を棚に上げて。
いつからだろう、抱くたびに泣きたくなるほど辛くなったのは。
彼女の意志を無視した罰だ。
「……では私はこれから貴女にどう接すればいいんです?夜伽の命は未だ続行中ですよ?」
やれやれと首を振りながらクリスタはおどけて言った。
それにサラは、そんなのは決まっている、と答える。
「今までも命令通りにしていないんだしそのままでいいんじゃないか?陛下には私から『誰が相手でも寿命は延びない』と話しておいてもいいし。それともクリスタは私の友人では嫌なのか?」
その返答には口があんぐりと開いた。
同時にばからしくなって笑いがこみあげてくる。
「あははははははは!なるほどなるほど、そうですね、そう来ましたか。いやいや、参りましたよ。流石はシアン様だ。ククククク……いや何というか想像よりも先を行ってらして、本当に……ふふふふふふふ……」
これ以上喜ばしいことは無い。
サラは笑いこけているクリスタに手を差し出す。
それとサラの顔を交互に見て、がっしりと掴み握手をする。
「ところで彼は自分が貴女の寿命を握っているのを知っているので?」
「知らないんじゃないかな?所有の承認の仕方なんて教えちゃいないし」
サラはいたずらっ子のような笑みを浮かべて答えた。
クリスタは少し憐れんで、同じように笑う。
彼がもう少しだけ悩んで苦しめばいい、と思いながら。
「ぶえっくしょん!!!!ぐおらあああ」
そのくしゃみでシャルは目を覚ました。
見覚えのある天井、嗅ぎ慣れた匂い。
壁についてある時計を見れば、もう少しで夕方といったあたり。
まだ少しだるい身体を起こし、くしゃみの主に目をむける。
ベッドの横の床でエドガーは大の字になって眠っていた。
シャルはエドガーに自分が着ていた毛布をかけ、立ち上がる。
今日の食事はちょっと手間をかけてやってもいいかな、と伸びをしながら思う。
ちらり、とエドガーを見て聞き取れるか聞き取れないかの声で言った。
「おつかれ」
バタン、と扉を閉めて食料を調達に行く。
たまには好物を作ってやらなくもない、と思いながら。




