第十六話
ブラウンの纏う元素の量は凄まじいものだった。
感情が昂ぶっているのもあるのだろう、ルイたちが纏う量とは桁違いの量をまとっている。
ちらりとシャルの方を見れば変わらず目を見開いたまま何かを呟いていて、その呟きに呼応するように浮遊している元素が揺れ、サラやエドガー、ルイの纏っている元素に飛び込み吸収されていく。
その姿はまるで人形のようだ。
ルイは再びブラウンを見据え、ごくりと生唾を飲む。
……行くしかない。
先陣を切ったのはエドガーだった。
ブラウンの後ろ10mほどの位置にいたエドガーは、地面に拳を叩きこむ。
「『大地の槍よ。彼の者に向かい、爆ぜろ』」
地面から突き出る大地の槍はまっすぐにブラウンに向かって突き出ていく。
ブラウンはそれを持っているメイスを横に振るだけで先端を粉々に砕いた。
同時に小規模であるがいくつもの爆発が起きる。
それは土煙を起こし、ブラウンの視界を遮るものになる。
ルイは駆け、その運動を利用し一回転して両手剣を振るう。
その瞬間剣が淡く緑に光り、その光が風の刃になってブラウン目掛けて飛んでいく。
それを見てルイは攻撃でさえも助けられていたことに気付く。
そして気が付けばブラウンに向かって駆けていた。
グリップをしっかりと握りなおし、カチリと鳴る。
祖父の言葉を思い出す。
剣はたゆまぬ努力と強い想いに必ず応えてくれる。
「負けてたまるかあああ!!!」
一気に間合いに飛び込んで横に薙ぐが、その一撃はメイスで受け流される。
ルイはすかさず振り下ろすが、後ろに避けられる。
軽く舌打ちをして持ち手を逆手に変え、また間合いをつめて下から上へ振り上げる。
そしてまた持ち手を元に戻して今度は斜めに振り下ろし、逆手にして右から左へ薙ぐ。
一瞬にして持ち手を変え、一瞬の隙も無く攻撃を与えていく。
これが本来の彼女の戦闘スタイルなのだろう。
今までは所詮『グレイス校の英雄の真似事』でしかなかったのだ。
サラはそれを見て、フッと笑う。
「私も見習わなくてはいけませんね」
目を閉じ、精神を集中させる。
今までも何度か隊の仲間と戦場を駆けることはあったが、基本的には独りだった。
大勢の兵を引き連れる時も独りだった。
手を差し伸べられることなんて一切なかった。
戦場で剣を振るうのも、秘密裏に人を葬るのも自分の自由のためだ。
目を開き、シャルの方を見る。
彼の視ているものを思い、剣を鞘に納める。
そして笑った。
仲間の為に傷つくのは、なんて愉快なのだろう!
仲間の為に剣を振るうのは、どうしてこんなにも嬉しいのだろう!
サラは素手のまま駆けた。
サラがブラウンの間合いに入るのと、ルイの剣が弾かれよろけるのは同時だった。
「私とも遊んでくださいます?」
そう言って右手を真横に素早くスライドさせたかと思うと、小型のナイフが右手に握られていた。
それを横に振り、避けたブラウンの胸に一筋の切り傷をつける。
次の瞬間、下から顔目掛けて4本のナイフが飛んでくるのが見えた。
サラは攻撃した瞬間に左手で下からナイフを投げたのだ。
それは顔をかすっていく。
「このっ!異端者どもがっ!!!」
眉根を寄せ、新たに投げられた8本のナイフをメイスで払落し、そのまま振り上げる。
ルイとサラはとっさに下がり距離を取った。
メイスが一気に振り下ろされ、ドン!という音と共に、ブラウンを中心とした直径3mほどの地面が深さ1mほどすり鉢状に陥没した。
舞い上がる砂煙は一陣の風によってかき消され、同時に砂嵐となってブラウンを襲う。
それはシャルが起こした風だった。
その風は砂嵐、竜巻となってブラウンの身体のあちらこちらを小さな石達が傷をつけていく。
「そこに炎を入れたらどうなるのかなぁ?」
背後からの楽しそうな声に咄嗟に振り向く。
女らしく微笑む彼は、右の拳に炎を携えている。
見ているその間にもその炎は、温度も大きさも大きくなっていく。
「……や、やめろおおおおおっ!!!」
「や、だ♪」
エドガーの手にある炎が、竜巻に吸い込まれたかと思うと同時に火柱がたつ。
「うおおおおおおおおおおおああああああ!!!!」
唸り声と共にソレは光の粒子となる。
カランカラン、とエドガーの足元に木彫りのロザリオが転がる。
それはすぐに炭になり、ぐしゃりとエドガーの足によって潰される。
そして3人は一斉に視線をシャルに向ける。
彼は未だ目を見開いて何かを唱えたまま。
ヤバい、とエドガーは走り出した。
この光景を以前も見たことがある。
思い出すのは幼少の記憶。
なぜかシャルが忘れ去ったモノ。
今回は契約をクッションにしているからと楽観視したことを激しく後悔した。
……同時に4人に魔法を、それも幾つも次から次へとかけるなんてどう考えても異常じゃないか。
エドガーの後をサラとルイも追う。
「何事もなければいいのだけれど」
サラが呟いた言葉に、ルイは大きく頷いた。
ヤバいな、とシャルは思った。
見えているものが此方側ではない。
そこは一面の白黒で、血なまぐさい。
正直自分でもやりすぎた、と思ってはいたがここまでだとは思わなかった。
とはいえ、自分ではどうすることもできないのでエドガーたちに起こしてもらうしかない。
一発ひっぱたく程度で済むかな、などと考えていると自分の中から米粒大の金色に輝くものが出て飛んでいくのが見えた。
それは遥か遠くに見える大樹に吸い込まれていく。
それが対価の記憶だとすぐに気が付いた。
どのような記憶かはもうわからない。
ただ、どうでもいいことだったらいいな、と思った。
頬に痛みが走りモノクロの世界が歪み、そこに焦った表情をしているエドガーの顔が透けて見えた。
もう一度、今度は反対側の頬が痛む。
ゆっくりと瞬きをする。
「……痛い」
「そりゃ痛いですんでよかったな!!!」
モノクロの世界はなくなり、色とりどりの元素たちやエドガーたちの姿がはっきりと見えるようになる。
そして自分の状態を確認する。
ひたすら眠く、身体が動かない。
寝かされている状態なのがありがたかった。
「寝る。負けたら……」
「任せろ!向かってくる奴全部ぶっとばしてやる!」
半泣き状態のエドガーの言葉に、ルイはうんうんと頷く。
サラはシャルの頭を母親のように優しく撫で、微笑んで言った。
「今は安心してゆっくり休んでください」
それを聞いて、フッと笑い目を閉じた。
意識が遠のく中、テトラにまた怒られると思ったがどうでもいいとも思った。
今はとても満ち足りていて、晴れ晴れとした気分だった。
持ち点、191。




