第十五話
闘技場のVIP席にフレイアは居た。
分厚く赤い絨毯に金の装飾を施した椅子に座り、サイドテーブルに置かれている紅茶に手を付ける。
後ろに控えているのは黒い騎士。
しかし鎧は着けておらず、黒のスーツ姿での佇まいはまるで執事のようだ。
フレイアは紅茶を一口飲み、カップをソーサーに戻すと席を立った。
「おや、もうお帰りかい?妹君の勇姿を見ていかないの?」
隣に同じように座っていたフランはそれを見て楽しそうに言った。
フレイアはあからさまに嫌そうな顔をした。
「あのようなみっともない姿を晒しているのが我が妹だと思うと虫唾が走ります。これ以上見ていられません」
「とか何とか言っちゃって。ホントは羨ましいんじゃないの?」
その言葉にキッと睨む。
フランはそれを受けても何ともないような様子で、からかうことをやめようとはしない。
むしろ余計に楽しんでいるようにも見える。
「彼女は自分で持ち主も居場所も見つけたみたいだし?自分の行く末が決まっている身としては羨ましい限りだよねぇ。自由も、欲しい人からの愛も、友情も居場所もぜーんぶ手に入れられるのってホント羨ましいよねぇ。ま、僕はある程度持ってるから何にも感じないけど」
黒の騎士が何か言おうと一歩出た所をフレイアは手で制する。
「何が言いたいのです?」
不快感を思いっきり表情にだし、フランを見据える。
フランは「まぁ座りなよ」と言って紅茶を飲み、闘技会の様子が映し出されている巨大な水晶球を見る。
そこにはボロボロになっているサラたちの姿がある。
闘技場の一般席ではブラウン相手に一撃でリタイアしていない、という点で歓声があがっていた。
ブラウン側、シャル側双方に応援する声が響いている。
フレイアは暫くフランの表情を観察して思考を読んでみたもののわからず、ぼすっという音をたてて椅子に座った。
「ラベンディスは本当に面白いね。代々みんな同じ顔、同じ声、同じ性質で生まれて同じ名前をつけられるのに、決まって双子の片割れは色を好み、もう片方は色を嫌う傾向があるんだよね。そして残るのは色を好む方。まぁラベンディスが生物の体液なしでは成長できないっていうのもあるけど」
フレイアはようにムスッとした顔で水晶球を見る。
サラが見た事も無い表情をしている。
カドリアにいるときは何も感じていないような表情をして、いつも何があったとしても一切変えないというのに。
どうしてそんなに苦しそうに、痛そうにしながら楽しそうにしているのか訳が分からない。
「君の周りには色欲目当てで人が集まるけど、どうして彼女はそれなしで人が集まるんだろうね」
そんなもの、フレイア自身が知りたいことだ。
欲しいものはいつも妹が持っていく。
愛しい人も、友情も、信頼も、能力も。
同じに生まれてきた筈なのに、どうしてラベンディスの性に従って生きてきたフレイアには得ることができず、抗い続けているサラは望まずにして得ているのか理解しがたい事だった。
ラベンディスの麻薬の蜜や魅惑の匂いをもってしても、欲しいモノは何一つ手に入らない。
手に入ったのは快楽と堕落。
「貴方に何がわかるというの」
王位も捨て、理事という職につきながらもだらだらと過ごし、ただ何気なく毎日を塔に引きこもっている者に何がわかるというのだ。
「貴方になんかわかるものですか」
わかってたまるものか。
これから味わう長い長い重圧も、責任も、孤独でさえも。
「うん、僕はわからない。でも長い時を生きる孤独は知っているし、女王が昔戴冠する前、ここに来るたびに愚痴ってたことは今でも覚えてる。『どうして姉はあんなに早く逝ってしまったのか。どうしてあんなにも頑なに人と交わることを拒むのか。シテしまえば長く生きられたのに。私は独りにならずにすんだのに』ってね」
「『盟約と契約に従い対価は我が記憶一粒。命の大樹よりその力を我に与えよ』」
シャルを中心とした円が一気に広がり、そこからさまざまな色の光が噴水のように溢れだした。
あまりの眩しさにルイもサラも目を閉じる。
その時サラは自分の身体に違和感を覚えた。
爆発の瞬間、受け流すことに失敗して犠牲にした左手の指が動くことに気が付いたのはその数秒後。
粉々に砕けているであろう骨のあたりに触れても一切痛くはない。
試しに腕や肩、手首をぐるんと回してみた。
驚くほどに全くと言っていいほど痛みを感じることも、違和感を感じる事も無かった。
まるで何もなかったかのような状態になっている。
爆発の際に切った頭は、すでに傷が塞がっているのかただ血液が流れた跡が固まっていて、触るとボロボロと落ちた。
エドガーはその光の温もりで目が覚めた。
爆発の際に鼓膜が破れ、血を流していたはずの耳は何も変わらず普段通りの音が聞こえる。
爆風の圧力で傷ついた内臓もやはり同じで、普段通りの機能を果たしていた。
落下時に少し頭を打ったのはまだ治っていないのか起き上がると少しめまいを起こした。
『責任とれよ』
そう頭に直に響く声で聞こえた。
「おう、あたぼーよ相棒」
そう言って左手のひらに右手の拳をうつ。
準備オッケーいつでもいける。
ルイは身体が軽くなったのを感じた。
両手剣はまるで持っていないかのように軽く感じられる。
その場で何度か屈伸し、跳ねてみる。
まるで羽がはえたかのように軽い。空まで飛べると錯覚しそうだった。
そうして光が消えていく。
「う、うわぁ……ナニコレ綺麗」
「……すごい……」
「よっしゃ、きたあああああああああああああ!!!!」
3人の目に映るのはシャルが見える世界そのもの。
色とりどりの元素が輝き、飛び交う。
地面に生えて咲く花々や木に咲く花から、色とりどりの元素が出ているのがわかる。
次にルイとサラは自分の身体を元素が覆っているのを見て驚く。
書物には載っているものの実際にみるのは初めてだった。
それは確かに力強く波打ち、流れていた。
人により色も量も流れ方も違うのが見て取れる。
「命の大樹の御力をこのようなことに使うとは何たることか」
ブラウンが立ち上がり、シャルを睨みつける。
「我らニイエケの者がどれほどの血と命を捧げているのかわかっているのかああああ!!!!」
ニイエケは命の大樹を崇拝する宗教の一つだ。
様々な国に教徒はいて、同時にその信仰を危険視するものも多い。
それは血と命を『彼方』へ送ることにより、命の大樹の力が安定し世界の均衡を保たれる、という言い伝えを実際に独断と偏見で実行するからだ。
シャルもエドガーもその教えにはうんざりしていた。
ブラウンの法衣に見覚えがあるのは、幼少期のシャルの自宅にニイエケの者たちが毎日のように押し寄せてきていたからだ。
それはとてもしつこく、エドガーの姉二人に加えその両親でさえもブチギレて暴れた上、国が動き出してシャルを保護してしまうほど。
シャルは本当にうんざりだった。
『さっさと終わらす』
サラとルイ、エドガーの頭に直接シャルの声が響く。
シャルは目を見開き、瞬きも一切せずに何か呪文を唱えていた。
なんの詠唱かは声が小さすぎるのと早すぎるため聞き取れない。
けれどその詠唱のおかげで、今の状態があるのだということはわかる。
「よっしゃ、もっかい行くぞおおおおおおおおお」
「「おーーーーーーーーーーーーー!!」」
これが最後のチャンスになる。




