第9話 心のセキュリティ解除出来ず
『泉さん、おはよ』
爽やかな五月の風が吹き抜ける、青空のもと。挨拶の非公開オーディションを始める。
役者も審査員もアタシ……自然体に出来るかどうか。
『泉さん! おっはよ!!』
これは、さすがにテンション高いか? 朝からウザッ。って、思われても嫌だもんね
通学中、入念に色んなパターンで何回も脳内オーディションをした。
それは、もう。全く知らない赤の他人にすら、すれ違いざま、心の中で挨拶するくらいに。
ただの挨拶、されど挨拶。好感度を上げるための大切な日常イベント。
合格を出したいけれど、微妙にハマらず、不合格ばかりが出てしまう。
もはや美少女の笑顔だけでも十分でしょ、……でも、せっかくなら、より可愛くは観られたい
手鏡を片手に持ち、前髪を整え口角を上げる。
うん、可愛い!
通りすがりの猫ちゃんを泉さんだと思って、心の中で『おはよ』
おっ 今の口角の上がり方とか、たぶん完璧じゃん。これだねこれ。心なしか猫ちゃんも喜んでるように尻尾振ってたもん。
小声で最終練習やってみよう。
ゴミ捨て場にいるカラスさんに
満面の笑みでーー
「おはよ! 」
「いつもより早……くね」
あっ……横を向けば
「お、おは。優梨」
「おぉ……おは…よ。ってか、あの、優雅に飛び去って行った、カラスはお知り合いで?? 」
見られたのが優梨で良かったのか悪かったのか。泉さんに見られるよりは全然良い。
「それには、理由があって」
「八乙女の式神的なカラス? 」
「そんな、特別な力は持ってない。笑顔で人を幸せにする事しか、アタシには出来ないよ」
「朝から、うっざ」
どちらにしてもアタシはウザかったらしい。優梨に思われる分には、どうでもいいけど。
隣を歩く『持田 優梨』中学では一・二年で同クラだった友達。
出席順が前後だったから仲良くなったけれど、高校でも同じように前後の出席順になってしまった。
泉さんほどではないにしても、165cmの高身長。
パット見で『キレイ! 』と、おもわせる、大人びた美貌の黒髪ロング。
「優梨。クラス委員の仕事って、なんかあるの? 」
「近いのだと、合唱コンクールかな」
「ふ〜ん。高校でも、クラス委員になるとはね」
「仕方ないだろ、多数決で決められたんだから」
同じ中学の子も数人はいるから、その子たちの票も集まったんだろうけど、謎のカリスマ性は凄いと純粋に思ってしまう。
「アタシはクラスのスローガンにも、ビビったけどね」
「まさか、本当になるとは思わなかったし。ウチは何回か、クラス全員に確認は取ったからな」
「それはそう」
クラスのスローガン
『毎日ハッピー。とりまエモさとメロいを追求するクラス!』
優梨も最初だから、場を和ませる意味合いで、冗談のつもりで言ったんだろう。
本人的には不本意なのかも知れないけど、クラス総意の上でスローガンになってしまった。
三学期が終わるころには、どんなクラスになるのか楽しみでもあり不安でもある。
なんか、教室に近付くにつれて。ガチで息が詰まるみたいな、ピリピリ感がしてきた。
泉さん、もう来てるかな?
教室に入るなり廊下側、前から3番目。泉さんの席に目をやる。
何か、本を読んでるのかな?
相変わらず姿勢が綺麗だ。
クラスメイトから大好評のキラキラスマイルで、全体に『おはよう』と言いつつ、意識は泉さんの方を向いている。
少しドキドキしているのが分かる。大丈夫、大丈夫、ナチュラルに……
自分に言い聞かせ、いつもとは違うルートで席へと向かう途中。
「泉さん。おはよ」
うわっ。なんか、かたいなぁ。。
練習したのに全然ダメだ、マジ有りえん。なんで、挨拶だけでこんなに緊張してんのよ。
初対面でもないのに。
「お、おはよ」
視線だけチラッと向けてくれたけど、まだ泉さんの心のセキュリティは解除出来ず。
ここから。どう、距離を縮めて行けば良いのか。
窓側の一番後ろがアタシの席だから、泉さんとは遠いし、話し掛けるタイミングが分からない。
「……なに? 今の雰囲気? 事後?? 」
席に座るなり、優梨が振り向きながら、ブッ込んで来た。
「は!? 」
「いや、だって。土曜デートだったんでしょ」
「説明したじゃん! 泉さんに手伝ってもらうって」
「だから、その後」
「あのさ、こっちは大変だったんだから」
「いや、しらんけど。八乙女と泉の間に流れる空気感が、完全事後だったし」
いや、それこそしらんけど。そんな風に見えた?
認証番号に失敗して、心のセキュリティ解除出来ず、時間を置いて再挑戦だよ。
『誘ってみる?』と、言いながら、優梨は泉さんの方に視線を向けた。
「先週4.5人で班を作れって、先生言ってたやつ」
「あーね。アタシと優梨と叶乃に……泉さんか」
隣の席に目をやるも、叶乃は当たり前に来てなかった。
いつも遅刻ギリギリか遅刻しちゃってる問題児。
「泉が、良ければだけど」
「さっそく、言ってくる! 」
再挑戦が早くもやってきたじゃん。
今まではグループを作るときは出席順だった。入学して一カ月以上は経つタイミングで、好きに作って良いことになったのだ。
すでに出来上がってるグループも少なくないけど、泉さんが特定の人と仲良くしてるとこは見ていない。
良し!と、心の中で握り拳を作り気合を入れてみたものの……なんか、嘘の彼氏役を頼んだ時より緊張してるんだけど。
近付きたいと思えば思うほど、意識しちゃって普通に出来ない。
意外とアタシって、乙女だったんだな。
「あの、泉さん。良いかな? 」
今度は本を閉じて、しっかりと顔を向けてくれた。
しゃがみ込み、泉さんと目線を合わせる。
う〜ん。オデコ出した泉さんもきゃわいい。
あれ? 人差し指にテーピング?
「指、どうしたの? 」
「何でもない」
視線逸らした上に、指まで隠されちゃった。
「もしかして、土曜日」
「違う。大丈夫」
言葉の圧こそ変わらないものの、これ以上は聞きづらい。
「えっと、班を作る。って、あったじゃん」
「ええ」
「あのさ。もし、良かったらさ、アタシたちと同じ班にならない。かなって? 」
普段、アタシと泉さんが話すことなんてないから、クラスメイトの視線を浴びてるような…
「ごめんなさい」
「え? もう決まってる?」
「……ううん」
「じゃあ何で? 」
泉さんの指先が、テーピングの端を弄る。
視線を逸らして――
「ごめんなさい」
「アハハ……そっか。もう、決まっちゃってるよね」
スッと立ち上がった泉さんは、アタシと目を合わせないように、きゅっと唇を噛み締めていた。なんか、身構えてる? そんなにアタシに誘われたの嫌だった? 嫌われるようなこと、したっけ??
あぁぁぁ 振られたぁ 振られたよぉ〜
再々挑戦ってあるのか? なんで、もっと早くに誘ってなかったんだ。
いや、まぁ。土曜の出来事がなかったら、誘う気にもならなかっただろうけど
「ただいま……てんさげ。情緒死んだ」
「こっから見てたから、分かるよ。泉、どの班になったんだろ? 」
「アタシたちの班じゃないことだけは分かる」
「泉に限った話じゃないけど。あぶれる子がいたら、ウチらの班にしてもらおうと思って、空けておいたんだよ」
「さすが、面倒見の良いクラス委員ですね」
「そんな、ふくれっ面で言うな。すぐ、顔に出る」
自分でも悪い癖だとは思いつつ、直らないのだから仕方ないじゃん。
少しイラッと来たので、思わず机に突っ伏した。
なんで断られただけで、こんなにも凹むんだろ。
「各班長が持ってきたリストに、泉の名前なかった気がするけど」
そんなの、まだ出してない班があるだけでしょ。同じ班なら掃除とか日直とか、一緒にやれたのになぁ
アタシと泉さんの距離って、どんだけ離れてんだろ?
もう、今日一日。な〜んも
やる気、起こんないや




