第8話 恋・発・嘘 ④
帰り道でも、今いるベッドの上でも考えるのは八乙女さんの事だった。
机に置いたミルクティーのペットボトルに視線を移す。
好きにならない、好きにならない、好きじゃない、好きじゃない
言い聞かせようとしても、視線で追ってしまうだろうし、声を探してしまうだろうし、匂いを思い出すだろうし、触れたくなるだろうし、味わいたくなるだろうし……味わいたくなる?
キス。思わず自分の唇に指先を添えてしまった。
ズキッと痛む。何処かで、突き指したのか、右手の人差し指が腫れていた。
気にしていなければ、痛みはなかったのに……指先で小さな心臓が波打っているかのように、ドクドクと不快な熱を帯びてくる
指も心も「痛い……」
中学生の頃は精一杯願っても、同じクラスになれなかった。
それでも移動中や行事の時は、常に八乙女さんを探していた。八乙女さんを見つけるのは簡単だった。いつも賑やかな人たちの輪の中心にいたから。
高校で同じクラスになり、少しでも近付きたいと思ってしまった。
五感全てで、血管も細胞も、体と心の隅々まで、好きが溢れて爆発しそうになる……どうしようもないな、私。
枕元のスマホが意思を持ったかのように震え、手に取ると画面には『八乙女 める』
この『文字』の並びが私をおかしくさせるんだ。嬉しい気持ちと、深みにハマる恐怖心がせめぎ合う。
親指をタップするだけなのに、簡単な肉体動作だけなのに、精神的疲労が蝕んでくる。
出る勇気はなくて、ライブ留守番電話に切り替えた。
『あ、アタシ。八乙女です〜』
画面上に味気ないフォントで羅列される文字と、笑顔を浮かべた八乙女さんの顔がダブる。
最後なら『彼氏役』の特権使って『好き』って、言わせれば良かった。一度きりで良いから。
さすがにズルい……よね
「ダメだ……『大好き』だよ」
口から熱を帯びた、溜まりに溜まった塊を吐き出さないと、本当に爆発しそう。
私に告白してきた女の子たちは、こんな気持ちだったの? さすがにこんなに重くないか。
私は八乙女さんに言えない。
恋愛対象としてみてはいけないの?
普通って、なんだろう?
拒絶されるくらないなら、何もない方が幸せだ。
この『好き』は、10歳の頃の……小学生の頃の想い出、そこから私が作り上げた『八乙女 める』に縋ってるだけだったら良いのに
八乙女さんの声が、聴きたくて留守録をタップしたくなる
『めるちがスタンプを送信しました』
画面に表示された通知。
すぐに既読にして、わざと電話に出なかったと思われたくないのに、瞬間的にタップしてしまった。
『ホント、今日はありがとうね』
『泉さんと、仲良くなりたいのもホント』
『そう言えばピアノって、まだやってるの? 』
『月曜日、聞かせてね』
最後のスタンプには、可愛らしいイラストの猫が♡を抱きしめていた。
八乙女さんって、猫が好きなんだ。また、一つ、知っている事が増えた。
ピアノの事も覚えてくれてた事が、凄い嬉しいよ。でも、もうやってないよ。中学生の頃に辞めたから。
私のこと、少しは見てくれていたんだね。
この『好き』を《《積み重ね》》た所で、報われないし、どんどん苦しくなるだけなら、この『好き』は《《罪重ね》》ただけになる
さっきから、何を言ってるんだ私は。
八乙女さんを好きじゃなくなったら……そんな私が想像出来ない。
恋から始まったけど隣にいられるなら、自分の気持ちに嘘を付いて友達になれたなら。
いずれ、嘘も本物になるかも知れない。それが、私のハッピーエンドだと信じたい。
月曜日は勇気を出して、普通に話してみよう。
『八乙女さんと友達になりたい』
一章 完




