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女子高の王子様は、アタシにだけ重すぎる   作者: ちーよー
泉 真琴 幸せの余韻
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75/80

第75話 少しずつ

 終礼のチャイムが鳴る。

 教室中が、一気に騒がしくなった。


「じゃあねー! 」

「また明日!」


 椅子を引く音。机を動かす音。笑い声。

 そんな賑やかな教室の中で、私は教科書を鞄へしまっていた。


「真琴ー! 帰ろー! 」


 聞き慣れた声。


 顔を上げると、めるが私の机にちょこんと肘をつきながら、悪戯っぽく笑っていた。


「うん」


 立ち上がると、めるは満足そうに頷く。



 校門を出るなり、めるは身震いをしてマフラーを口元まで引き上げた。


「今日、風ちょっと強くない? 」

「朝よりは」

「アタシ、髪ぼさぼさになるんだけど」



 ぶつぶつと文句を言いながら、めるはスクールバッグから手鏡を取り出し、片手で自分の髪を指先で整え始める。

 風に煽られる髪を気にしながら眉を寄せるその仕草が、少しだけ可愛いと思った。


 ……いや。少しじゃない。


 付き合う前から可愛いと思っていた。


 でも。今は、その可愛いを私だけが知っている。そんな事実だけで、胸の奥の痛みが、少しだけ和らいで行く。

  

「める」

「ん? どしたの?? 」


 手鏡から目を丸くして私を見上げる。額にかかった前髪が気になって、指先を伸ばす。

 前髪を整えるだけのつもりだった。


 ……もう少しだけ。


 そう思った自分に気付いて、慌てて手を離した。


 

「えー もう、崩れてた? 」



 私の指先が触れた瞬間、めるが一瞬だけ硬直したように見えた。

 私が触れたからじゃない。周りの視線を気にしたのだと分かった。

 めるは学校では――人前では、アタシたちの関係を『恋人』にしない。


 「整えても、この風だから」

 「……ありがと。真琴がそう言うなら、もう崩れても気にしない」


 めるは手鏡を引っ込めると、はにかむように微笑んだ。


 「どんなめるでも、変わらないから」


 口にしてから、自分でも少し気恥ずかしくなる。


 めるが歩き出す。私は、その隣に並び他愛もない話を続ける。


 今日の授業のこと。先生のおかしな口癖。最近一緒に観たアニメの感想。


 話題は、ころころと目まぐるしく変わる。けれど、めるの声に耳を傾けているその時間が、どうしようもなく心地よかった。


「あとちょっとで二年生かぁ」


 めるがふと歩みを緩め、冬の澄んだ空を見上げた。



「早かった」

「一年って、もっと長いと思ってたじゃんね」

「色々あったから」

「あーね……」


 そう言ってめるは、どこか愛おしそうな視線を私に向けてくる。



「ホントありすぎじゃんね」


 二人で顔を見合わせて、小さく笑った。


 具体的に何があったか、わざわざ言葉にして答え合わせはしない。

 それでも、お互い同じことを思い浮かべているのが分かった。


 あの日も。

 あの日も。


 振り返る記憶の全部、私の隣にはいつもめるがいた。


 


 駅前のアーケードへ入ると、それまで私たちを拒んでいた冷たい風が、遮られて少しだけ弱まる。


「ふあー、やっと風から解放された……」


 めるがマフラーを口元から引き下げた。



「春、早く来ないかなぁ」

「まだ二月」

「知ってる。ってか、お姉ちゃんと、昨日電話してたらさ、同じ話をしたんだよね。そしたら『めるは年中、頭は春じゃん』言われた」

「……知ってる」

「真琴まで、ひど」


 不満げに頬を膨らませたかと思えば、次の瞬間にはもう何事もなかったように楽しそうに笑っている。

 めるの表情は、本当に忙しい。


「……あ」


 めるが少しだけ前屈みなりお腹を抑えた。



「どうしたの? 」

「お腹空いた」

「急だね」

「今、『限界』って、お腹の虫から指令が来た」

「さっきまで春の話をしてたのに」

「そう、春。春といえば『花より団子』でしょ? 」

「団子に引っ張られるの早すぎ」

「アタシ、季節のトレンドに敏感だからさ」


 めるのあまりに強引な屁理屈に、思わずふっと笑ってしまう。



「ねぇ、真琴」


 めるが私の顔を覗き込んできた。少しだけ上目遣いになるその瞳に、胸がすっと甘く締め付けられる。


「団子じゃないけど、ひょうたん揚げ食べよ? 」

「いいよ」

「やった! 」



 子どもみたいに無邪気に目を輝かせて、めるは私の少し前を弾むように歩き出す。

 楽しそうに揺れるめるの横顔を見つめながら、私は歩調を合わせつつ、少しだけ思考を巡らせた。


 付き合う前だって、こうして当たり前のように一緒に学校を出て、一緒に帰っていた。

 他愛もない話をして、呆れて、笑って、こうして寄り道をして。

 

 何も変わっていない……はず

 

 

 そんなことを考えているうちに、目的のお店が見えてきた。


「着いた! 」


 めるが立ち止まり、嬉しそうに私に振り返る。


 放課後ということもあって、店先には数人の学生が並んでいた。


「思ったより空いてる」

「休日だと、もっと並ぶもんね」

「真琴って、甘口と辛口どっち派? アタシは甘口派」

「どっちも食べられるけど、今日は甘口にする」

「お、真似したな」


 満足気にめるは頷きながら、列の最後尾へ並ぶ。


 ホットケーキみたいな甘い匂い。自然とお腹が空いてくる。


「匂いだけで、涎出るわ」

「もう少しで、私たちの番」

「おけ。それまで、なんとか我慢する」


 隣を見ると、めるは真下を向いていた。食べている人を見ないようにしているらしい。



「そんなに、お腹空いてるの? 」

「うん」


 即答だった。


「今日は六時限目が体育だったじゃん。終わってからHRの時も、お腹鳴らないように耐えてたし」

「……そうだったんだ」

「奇跡的に、お腹の虫が言う事を聞いてくれた」


 真下に向けられた顔が上がった瞬間だった。



 ぐぅ。

 

「……」

「……」


 めるがゆっくりと私を見る。


「今のは」

「聞こえた」

「ノーカン」

「鳴ってた」

「真琴。こういう時は『聞こえてない振りをする』のが、レディーに対しての正解よ」

「レディーならお腹の虫を飼い慣らすべき」

「ぐぅの音も出ない……いや、物理的には出たんだが! 」

 


 思わず笑みが零れた。


「笑ったな!? 」


「ごめん」

「絶対思ってない! 」


 店員さんに呼ばれて、二人で一歩前へ進む。


「二本お願いします。どっちも甘口で」



 注文を済ませして、少し待つと「お待たせ、ひょうたん揚げ二本。どっちも甘口ね」威勢のよい店員さんから差し出された木串を、一本ずつ引き抜く。



 持ち手の串だけが飛び出し、揚げたての熱を指先に感じながら、店先の空いていたベンチへ腰を下ろした。



 「いただきます! 」


 めるはケチャップが垂れない角度を保ったまま、一口目で上のひょうたん揚げを大きくかじり取った。


「あっつ! 」

「揚げたて」

「それは、分かってたんだけど! 」


 口を小さく開けて、はふはふと息を吹きかける。

 その姿に、また笑ってしまう。

 

「……また笑った」

「うん」

「ひど」


 文句を言いながらも、めるも笑っていた。


 めるが恐る恐る、ひょうたん揚げの二つ目へ口を付ける。


「……今度は平気」

「学習した」

「さすがにね」


 得意げに笑うめるを見ながら、私も一口かじる。


 揚げたての衣はまだ温かく、ケチャップと中に隠れた、かまぼこが口の中に広がった。


「美味しい」

「ほんそれ。この甘じょっぱさとケチャップの酸味が、空きっ腹に最高に染み渡る」


 めるは満足そうにもう一口かじると、何気なく串へ視線を落とした。



「……ん? 」


 首を傾げたまま、串をくるりと回す。


「真琴」

「なに? 」

「これ」


 差し出された串を見る。


 持ち手の先に、小さい文字。


『当り』



「める、凄い。おめでとう」

「え、ウソ!? 」


 思わず、めるの声が弾む。


「えっ、待って待って! ホントに!? 」


 めるが串と私の顔を何度も見比べる。


「私も初めて見た」

「やばっ! 激レア当てちゃった!! 今日のアタシついてるじゃんね!! 」


 その場で小さく跳ねるめるを見ているだけで、私まで嬉しくなった。


 「記念に《《取って》》おきたい気もするけど、こっちの方で」


 めるがスマホを取り出し「真琴、持ってて」と串を手渡して来た。


 そのまま串を持っていると『当り』と書いてある部分を、角度を変えながら丁寧に《《撮って》》いく。


 撮り終えて店員さんへ串を渡すと、


「あら、珍しい。おめでとう! 」


 そう言って、新しいひょうたん揚げを、めるに一本手渡してくれた。


 揚げたてらしく、ほわりと湯気が立ち上る。



 「はい! 」


 嬉しそうに掲げた新しい一本……でも次の瞬間には、その勢いのまま私へ差し出してきた。


「真琴、食べて! 」

「え? 」

「半分こ! 」

「当たったの、めるなのに」

「だからじゃん」


 めるは当たり前みたいに笑う。


「一人で食べるより、一緒の方が美味しいじゃんね」




 昔から、そういう子だった。

 自分だけが得をすることを選ばない。


 だから私は。そんなめるが、好きなんだ。




 ベンチに座り直し二人で一本のひょうたん揚げを分けながら、行き交う人々を見ていた。


 夕方の商店街は、買い物帰りの人や学校帰りの学生で賑わっていた。


 そんな中でも、めるは楽しそうに今日あった出来事を話し続けている。


 私は相槌を打ちながら、その横顔を眺める。


 ふと、校門を出た時のことを思い出した。

 触れかけた指先を、慌てて離したこと。

 周りの目を気にして、一瞬だけ硬直しためるのこと。


 ただの日常のはずなのに、思い出すたびに、何かが小さく引っかかる。


 ――この感情に、名前をつけたら。


 心の奥底にある扉へ、鍵をかけたはずだった。

 それなのに、閉じ込めたはずの向こう側で、ドアノブが静かに回った気がした。

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