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女子高の王子様は、アタシにだけ重すぎる   作者: ちーよー
八乙女 める 名前の、その先
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72/80

第72話 真琴だけ。

 ぎっしり詰まったチョコの中から、きらきらした星型のやつを指先でつまんで、一つ口へ放り込む。


 パリッ。


 歯先で繊細な薄いコーティングが割れた瞬間、中からとろっとろに柔らかいガナッシュがあふれ出して、舌の上でなめらかに溶け出した。


「んっ……!? 」


 あまりのクオリティの高さに、ガチで目を丸くしちゃう。


「おいし……っ、文化祭の時も思ったけど、やっぱりプロ級だよ!! 」


 ただ甘いだけじゃなくて、カカオの香りがしっかりするほんの少しビターな風味。大人っぽくて、上品で。でも最後に、胸がキュッとなるみたいにふわっと優しい甘さが残る。


 ……なんか、真琴みたいじゃんね。


「……良かった」


 アタシの反応をじっと待ってた真琴が、胸のあたりに手を当てて、ホッとしたように小さく息を吐いた。


 その、肩の力が抜けた一瞬の仕草だけで、真琴がアタシの「美味しい」を聞くまでどれだけ緊張してたかが痛いほど伝わってくる。


 だって、あの完璧超人な真琴が、3回も作り直したって言ってたもんね。

 そりゃ、アタシの口に合うかどうか不安にもなるか。


「ガチ美味おいしすぎて飛ぶんだが。さすがにレベチ」

「ほんと……? 」

「アタシの人生史上、このチョコが一番優勝だし、一番好き」


 ――その瞬間。


 真琴の耳がじわっと赤く染まった。

 視線を泳がせながら、口元を引き締めて照れを隠そうとしてる。


 ……あは、分かりやすっ! 


 付き合う前の真琴は、何を考えてるのか全くミリしら状態だったのに、今ではある程度気持ちが分かるから不思議だ。



 普段あんなに王子様オーラ出ちゃってるくせに、そういうとこ、マジで可愛すぎるんだけど。


「……あはは」


 あまりの愛おしさに胸がいっぱいになっちゃって、アタシの口元からも自然と甘い笑みがこぼれてしまう。



 チョコを味わい尽くして、甘い余韻に浸ったところで。


「あ、そうだ」


 スマホショルダーから自分のスマホを引っ張り出す。


「アタシからもあるんだよね」

「……プレゼント? 」

「うん。でもね――」


 真琴が、黒髪のショートボブを小さく揺らして不思議そうに首を傾げる。そのきょとんとした顔すら、絵画みたいに綺麗でビビる。



「物じゃないんだけど」

「ものじゃない? 」

「まぁ、見れば分かるから。ちょっとスマホ近づけて」


 画面をスワイプしながら、アタシは自分のスマホを真琴のスマホへ近づける。


「AirDrop、オンにして」


 ピロン、と電子音が鳴ってAirDropの共有が完了する。


 数秒後。


 画面に表示されたファイル名を見た瞬間、真琴の細い指先がピタッと止まった。


『真琴だけ。』


 部屋の中に、ガチな静寂が降臨する。

 真琴は、スマホの画面を見つめたまま、瞬きすら忘れたみたいに完全フリーズ。


 ……え。

 ちょ。

 待って待って待って。

 あれ? ヤバいかも!?


 いざ目の前でそのファイル名を見つめられると、アタシが自分で名付けたくせに、急激に恥ずかしさが限界突破してきた!?


 いや、冷静に考えて『真琴だけ。』ってヤバくない!? 激重じゃん!

 深夜テンションって怖いんだって!!!! 


「やっぱ今の無し! 大至急キャンセル!! 」


 スマホを奪い取ろうと身を乗り出すアタシに、真琴は「え?」と小さく声を漏らしながら、ひょいっと器用にスマホを上に掲げてアタシの手をかわした。

 

「リーチの長さ、ここで発揮すんなし! 」

「無し? 何それ」

「違うの! 違わないけどガチで違うの! 」



 もう! 無理無理無理!!

 ちょっと待って、冷静に考えてアタシ!?

 こんな気合い入りまくりのコンテンツ、本人の目の前で一緒に見るもんじゃなくない!?!? アタシのメンタル崩壊する!


「せめて、一人の時に見て! マジでアタシがいない時にスクロールして! 」


 真琴の手元にあるスマホを必死に隠そうと、上から両手で覆いかぶせるも、アタシの手をまたひょいとかわして、画面をタップしようとする真琴。


「今見る」


 鬼かよ! 


「ダメーーーッ! 」


 思わず真琴の袖をぎゅって掴んで、全力で引き剥がそうとした。


「どうして? 」


 スマホを胸元に抱え込んだ真琴が、アタシをじっと見つめてくる。その、ちょっと拗ねたような子犬みたいな目で見つめられるの、ガチで反則なんだけど!


「恥ずかしいから!! 」

「なぜ? 」

「なぜって、それは……っ! 」


 うわあああ、もう!!

 真琴にどう説明したらいいのよ!?


「お願いだから! アタシのライフがゼロになる! 」


 両手を合わせて必死に拝むアタシに、


「やだ」

「えぇっ!?!? 」


 あの真琴が――ハッキリと「やだ」って言った……!?



「める」

「うぅ……なにさ……」


 スマホを死守したまま、真琴はアタシをじっと見つめてくる。


「今日」


 口角がきゅっと締まった綺麗な唇から、ずるすぎる言葉が紡がれた。


「私の、誕生日」


 ……あ。

 チートじゃん。そんなの絶対反論できないじゃんね……!



「……ずるい。マジでずるい」

「うん」

「それ出されたら、アタシ何も言えなくなるじゃん」

「うん」

「……もう、分かったよ! 」




 こういう時だけ押し強いんだから!


 真琴は大事そうに両手でスマホを持ち直すと、ついにその細い指先で画面を優しくタップした。


 ローディングのあと、動画の再生が始まる。


 ――スピーカーから微かに流れる静かな音と、画面に映し出された、最初の真っ黒な画面。


 少しの静寂のあと。


 パッと画面が切り替わったかと思えば、画角いっぱいにアタシのどアップがドカンと映し出された。


『うわっ、近っっ!! え、待って待って、これもう録画始まってるよね? 』


 インカメラの距離感、間違えたまま撮ってたもんね……画面の中で過去のアタシが一人で盛大に慌てふためいていた。


「ぎゃーーー! 」


 アタシは断末魔の悲鳴を上げながら、クッションをひったくって、思い切り顔を埋めた。

 黒歴史の強制開示キツすぎる!! 真琴からは今のところ何の声も聞こえてこないけど、どんな顔してアタシの自爆劇を見てるんだろ!?


「……ま、真琴……? 」


 恐る恐る、クッションの隙間から声をかけてみるけれど、やっぱり返事がない。

 耐えきれなくなって、顔は埋めたままで、チラッと視線だけを隣の真琴に移してみた。


 真琴はアタシの呼びかけすら耳に入っていないみたいに、ものすごく真剣な、吸い込まれそうな瞳で静かに動画を見つめていた。スマホを持つ指先に、かすかに力が入っているのが分かる。


 そんな真琴の横顔をよそに、画面は次のカットへと切り替わる。



 中学時代の制服姿。バイト帰り。コンビニ。文化祭。猫カフェ。体育祭……


 クリスマス、お正月、雪の日。


 変顔。笑顔。自撮り。何でもない日。


 そして。


 真琴との、大切なツーショット。


 『いま』に近づくほど画面の中のアタシは……


 どこを切り取っても。

 世界で一番、幸せそうに笑っていた。



 やばい。


 マジで、恥ずかしすぎる。

 何日もかけて。夜中まで一生懸命編集して。


 お気に入りの音楽を付けて。下手くそなりに文字を入れて。


 全部――真琴のためだけに作った。



「……作るの、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからね」


 クッションに顔を埋めたまま、小さく呟く。


 でも。真琴は、やっぱり何も返事をしない。


 そして、ついに訪れる最後の映像。

 画面いっぱいに映る、満面の笑みのあのアタシ。



『真琴!』


『お誕生日おめでとう!』


『来年も!』


『再来年も!』


『その次も!』

『ずっと、一緒に祝おうね!』


 静かに、一瞬のブラックアウト。


 ……終わった。


 心臓の音がうるさい。そう思った、まさにその瞬間。


 パッと、また画面が点いた。


『あ』


『まだ終わってなかったわ』


『現場の、めるさん』


『最後に一言、どうぞ!』



 動画が終わる。真琴のスマホの画面が、ふっと暗くなった。


 部屋には、暖房のかすかな音だけが残る。


 ……やばい。


 終わっちゃった。


 動画の勢いで誤魔化せると思ってたのに、最後の『現場のめるさん、一言どうぞ』で丸投げしたまま終了するとか、過去のアタシ何やってんの!?


 いや、知ってる。


 編集してた時は、「未来のアタシ感謝しろよ」くらいのノリだった。

 だから、実際にアタシと一緒の時に見てくれないと、未完成になるんだけど……


 でも実際その未来が来ると、マジで逃げ出したい! 隣では真琴が、まだスマホを持ったまま動かない。


 ……なんか言ってよ。

 

 お願いだから。


 この沈黙、心臓に悪すぎる。



「……えっと」


 もうやるしかなくね? アタシ、腹くくってこ! 


 小さく息を吸う。


「現場の……めるさんです」


 自分で言って、自分で恥ずかしくなる。つま先から頭のてっぺんまで熱い!!

 視線なんか、とても合わせられない。


 膝の上で指先をもじもじさせながら、「……アハハ」と困ったように笑って誤魔化してみる。


「その……」



 全然言葉が出てこない。こんなの、動画なら何回でも撮り直せた。


 でも今は、一発勝負。だからこそ。一番伝えたいことだけを、ちゃんと伝えたい。


 少しずつ顔を上げる。

 真琴が、まっすぐアタシを見ていた。


「……十六歳」


 声が少し震える。


「お誕生日、おめでとう」



 一呼吸。


 胸の奥で暴れる心臓をきゅっと押さえながら。


「……真琴」


 名前を呼ぶ。恋人になってから、何度も呼んだ名前。

 それなのに今日は、今までで一番特別に響いた。


「……大好き」


 言えた、やっと全部。


 その瞬間。真琴は何も言わなかった。長いまつ毛が一度だけ震える。

 唇が少し開いて何か言おうとして。でも結局、一言も出てこない。


「……真琴? 」


 返事はない。その綺麗な瞳が、少しだけ潤んでいた。


 ……あ。


 もう。


 これ以上、言葉なんかいらない。

 アタシはそっと距離を詰める。


 真琴の頬へ手を添えた。


「っ……」


 真琴が小さく息を呑む、その音さえ抱き締めたい。

 アタシは目を閉じる。


 唇が触れるまで、あと少し。


 逃げないで。

 お願い。


 そう願った次の瞬間。


 柔らかな感触が、そっと重なった。


 ほんの少しだけ。

 本当に、一瞬だけ。


 触れて。


 離れる。


 世界からログアウトしたみたいな、懐かしい感覚。

 どっちからともなく、ゆっくり目を開ける。


 唇が少し開いたまま、潤んだ瞳の真琴。


 好きがあふれる


「……ファーストキッス」


 

 照れ隠しみたいに笑うと。

 真琴はまだ声が出せないまま、小さく、小さく頷いた。


 その仕草が嬉しくて。

 胸の奥が、ふわっと温かくなる。


 ――これが。


 アタシたちの、初めてのキスだった。




 唇が離れても、しばらくアタシたちは動けなかった。


 お互いに視線をふっと合わせるだけで、心臓が跳ねて照れくさい。


 甘いしびれがおさまらない。


「……あはは」


 思わず笑うと、真琴も優しく笑い返した。

 その笑顔だけで、アタシはハッピーに包まれる。


「あ、そうだ」


 箱の中からチョコを一つつまむ。


「はい、あーん」

「……あーん? 」

「今日の主役なんだから、特別大サービス! 」


 真琴は少しだけ戸惑いながらも、大人しく綺麗な口元を開けた。


 パクッ。


「……美味しい? 」


「うん」

「作ったの真琴なんだけどね」


 声を合わせて、二人で笑い合う。この時間がずっと続いてほしい。


「今度は私」


 真琴が、お返しとばかりにチョコを一つ、細い指先で手に取る。


「え? 」

「口、開けて」

「ま、待っ──」

「……あーん」


 くっ……。


 この至近距離で、真琴に見つめられると、どうしても逆らえない。


 恥ずかしさをごまかすように口を開けると、静かにチョコがアタシの唇の間に運ばれてきた。


 カリッ。


 甘いガナッシュが広がる。

 さっき食べた時よりも、なんだか、何倍も甘く感じる。


「……甘いね」

「うん」

「チョコ、本当に美味しいもんね」


 そう言って笑いかけると、真琴はアタシの頭を撫でた。

 体中の力が抜けて、にやけてしまう。

 

「……それだけじゃない」



 次の瞬間。


 今度は真琴の方から、そっと距離を縮めてきた。


「ま、こ──」


 最後まで名前を呼ぶ前に、柔らかな唇がもう一度重なる。


 一度目より、ほんの少しだけ長く。


 さっきより少しだけ、二人の熱を確かめ合うように。


 お互いの唇の端に残っていた、チョコレートの甘さが、ゆっくりと深く溶け合っていく


 ……あ。


 本当に、甘い。

 

 ゆっくり目を開けると、ゼロ距離で真っ赤になった真琴が、愛おしさに耐えかねたように愛おしそうに笑った。


 その真琴の頬を、一筋の涙が真っ直ぐ伝わっていく。


 すぐに、視線は奪われた。


「……める、大大大好き」


 知ってる……でも、そんな綺麗な涙を流して言うのはずるいって。


 


 「なんで、真琴が泣いてんのよ……」


 アタシだって、大大大大大好きなんだけど。

 そっと真琴の頬に指先を滑らせる。


 指先に吸い取った真琴の涙は、驚くほど熱かった。




 一度目のキスより。


 二度目のほうが、


 めちゃくちゃ、


 甘かったじゃんね。


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