第70話 二人だけの『特別』
店員さんがお皿を置いた瞬間、ふわっと甘い幸せの香りが鼻を直撃した。
いや、待って。いちごショート、ガチでビジュ優勝、いや大優勝!!
純白のクリームの上に鎮座する真っ赤ないちご。全方位どこから見ても完璧な黄金比率で、まじで尊い。
秒でスマホ構えてアクスタ並べてガチ撮影したい……っ!
でもさすがに、この最強先輩コンビの前で、はしゃぐのを披露するのはハードル高すぎ。
……ここは大人しく我慢一択。
「いただきます」
三人で小さく手を合わせる。
フォークで先っぽをそっとすくって、ひと口。
「んまぁっ……! 」
あぶなっ、気づいたら声漏れてた!いやでもこれ、スポンジが雲レベルでふわっふわだし、生クリームも全然重くなくて後味一瞬で消えるし、いちごの酸味が神がかってるし、ガチ大正解。
「これ、ガチでヤバい……」
「気に入ったか」
橘先輩が、自分のことみたいに嬉しそうに目を細める。
「はい! マジで美味しすぎます! アタシ、ここ絶対また来たいです! 」
「それなら良かった」
橘先輩は満足そうにコーヒーを口に運んだ。
……なんだろ。
いまの橘先輩、学校にいる時より断然空気が柔らかい。
生徒会長モードじゃないってだけで、こんなに雰囲気変わるんだ。
「美鈴は八乙女派でもあるものね」
「アハハ……ありがとうございます! 」
「あぁ。まぁ、今は黛派だがな! 」
はい前言撤回ー! さっきの『ありがとうございます』を大至急セルフ回収したいんですけど!? どんだけちっちゃい子好きなんだ、この人。ブレなさすぎて逆に清々しいわ!
「それはそうと、八乙女ちゃん」
一条先輩は、カップに小さくふぅふぅ~って優雅に息を吹きかけてから、そっと口を付けた。
湯気で前髪がちょっとフニャッてなってんの、お人形さんみたいで可愛いけど、なんかおもろ。
ソーサーにカップを丁寧にコトッと置くと、綺麗な目でこちらを見据えて口を開く。
「さっき、歩いてる時から何か考え事してたでしょ? 」
「え? 」
「ほら、向こうから歩いてくる時」
……ガチで!? バレてた!?
「顔に思いっきり書いてあったもの」
「うっそ!? アタシそんなに分かりやすいですか!? 」
「嘘よ」
「なんなんですか、もう! 」
「2割はね」
「ってことは8割はガチじゃないですか!? 」
アタシの反応を見てクスクス笑いながら、また紅茶をふぅふぅしてるし……。
まさかの猫舌説ある? ヘビのくせに??
「悩みがあるなら聞くわよ」
「別に重い話じゃないですけど……」
手元のフォークを、意味もなく指先でくるくる回す。
「その……誕生日プレゼントって、何あげたら一番嬉しいと思います? 」
その瞬間、一条先輩がカップを口元へ運ぶ手をピタッと止めた。逆に、橘先輩は何も考えずに即答する。
「人によるな」
「いや、それは大前提としてそうなんですけどっ! 」
「相手は誰だ? 」
「えっと……友達です。アタシにとって、めちゃくちゃ大事な」
一条先輩がアールグレイを吹きかけそうになるものの、優雅なムーブでハンカチを口に添えて耐えている。
いや、なんで!? なにそのリアクション!?
「八乙女ちゃんの大事な友達、ねぇ」
「大事な友達です!! 」
「八乙女、大事じゃない友達っているのか? 」
「え? いや、まぁ……いないですけど……特別な友達、的な? 」
「良いじゃない、美鈴。そういうことにしておきましょ」
含みっ……! 語尾の含みがエグい。この人、絶対分かってる。
「ってか、二月十四日なんですよ、その子の誕生日」
「ほう」
「しかも、バレンタインデーで日曜日」
「友チョコを兼ねたお祝いか!? 」
「あー………まぁ」
「なるほどな」
橘先輩が一人でめちゃくちゃ納得したように力強く頷く。
「日曜日なら学校も休みだし、一日中一緒にいられるじゃないか」
「……まぁ、たぶん? 」
「いいじゃないか」
いいじゃないか、って。そんな簡単に言われても!
「プレゼントって難しくないですか? 」
アタシがカフェラテの泡をスプーンで小さく混ぜながら聞くと、
「難しくない」
橘先輩は、フォークでチーズケーキの端っこをキレイに切り分けながら即答した。
「相手が喜びそうな物を買えばいい」
「終わった……」
「終わったな」
「いやいやいや! 橘先輩、そんな一行で片付く話じゃないですって! 」
「私は毎年そうしてる」
「そうよ」
一条先輩が、ガトーショコラを上品にひと口運んでから苦笑する。
「美鈴は迷わないの」
「好きそうな物を見付けたら、それを買うだけだ」
「でも」
一条先輩がカップを口元まで運び、高貴な香りの湯気の向こうで悪戯っぽく笑う。
「美鈴、渡すまで隠すのは絶望的に苦手よね」
「あぁ」
「買った瞬間から『早く渡したい』って顔に出てるもの」
「……これでも、隠してるつもりなんだが」
「全然。毎年バレバレ」
橘先輩がコーヒーをひと口飲んで、「そうか……」と少しだけ肩を落とす。
その様子に、一条先輩がクスッと笑った。
……なんなの、この尊さ大爆発の空間。
アタシ今、目の前でガチの少女漫画(百合)見せられてるんだけど!?
あまりの糖度の高さに、いちごショートの生クリームがさらに甘く感じるわ!
一条先輩はしばらく、何も言わずに橘先輩を見つめていた。それからふっと、アタシに視線を戻した。
「でもね、八乙女ちゃん。私は毎年、『今年は何を贈ったら一番、美鈴が笑うかしら』って、それこそ何ヶ月も前から頭を悩ませるのよ」
「そうなんですね」
「結局」
一条先輩の口角が、どこか楽しげに、それでいてすごく優しい形に上がる。
「プレゼントって、目に見える物だけじゃないのよ」
「え? 」
「一緒に過ごした時間だったり、その人だけに見せる表情だったり」
「……それって、日常がプレゼントってことですか? 」
「案外、そういうものの方が忘れないのよ。物はいつか壊れるし失くすこともあるわ。二人だけが知ってる思い出って、ずっと心に残るのよ」
二人だけが、知ってること……。
その言葉が、アタシの胸の奥にじわじわと染み込んでいく。
学校でも「泉さん」って呼んじゃってたのを「真琴」って呼び直した、あのハラハラした時間。
あの時の、真琴の嬉しそうな顔。
それだってきっと、アタシたちの「二人だけが知ってること」だ。
「それで、八乙女ちゃんは」
一条先輩が、アタシの心の中を見透かすように意味ありげに微笑む。
「その『特別な友達』に、物を贈りたいの? 」
「もちろん、形に残る物もあげたいですけど……」
アタシはフォークをコトッと置いて、カフェラテのカップを両手で包み込んだ。手のひらがほんのりと温かくなる。
なんでだろ。真琴の手って、こんくらいの温度だったな、ってふと思った。
「その子にとって、世界で一番特別な誕生日になったらいいなって」
口にした瞬間。自分でも、胸のつかえがスッと取れるみたいに、すごくしっくりきた。
そうだ。
アタシはただ、綺麗にラッピングされたプレゼントを渡したいだけじゃない。
真琴と過ごす初めての誕生日を。
この先、何年、何十年経っても、真琴がふと思い出して笑顔になれるような、そんな最高の一日にしたいんだ。
気づけば、二人とも静かにアタシを見ていた。
……え、アタシ今、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいポエムみたいなこと言っちゃった!?
「……あの、なんで黙るんですかぁ」
急激に照れくさくなって、冷めかけたカフェラテを慌てて一口ゴクッと飲む。
「その……お二人は、そういう何年経っても忘れられないような『特別な誕生日』って、過ごしたことあるんですか? 」
「あぁ、それは――」
橘先輩が、待ってましたとばかりにドヤ顔で即答しかけた、その瞬間。
「美鈴」
一条先輩が静かに名前を呼ぶ。
「あっ……」
橘先輩がソッコーで口を閉じた。
一条先輩はアールグレイを上品にひと口飲んでから、アタシを見てニッコリと微笑む。
「教えないわ」
「えぇーっ!? 」
「ダメ。そういうのは、自分たちで手探りで見つけるものだから楽しいのよ」
自分たちで、見つけるもの。
誰かのマネなんかじゃなくて、アタシと真琴だけの『特別』は、アタシたちで作ればいい。
…………まずは、2月14日。
真琴にとって、世界で一番特別な誕生日にしてみせるんだから。




