第69話 二人だけの当たり前
二月最初の土曜日。
バイトおつ〜って感じで、地下のお店から階段を上がると、夕方の冷気がガチでエグくて顔面冷え冷えなんだけど!
「さっむ……」
思わず肩をすくめながらマフラーを口元まで引き上げる。
アーケードの中だから雪は降ってないけど、冷たい風が入り込んできて、マジ真冬実感!!
スマホを見るも、珍しく通知は2件だけ。
どっちもクーポンっぽいし、開かずスマホショルダーへポイ。
今日もバイトは大忙しだった。
レジに立って、お客さんに呼ばれて、料理運んで、またレジ戻って。
気付いたら終わってたレベル。
てかさー、来週の日曜日……そう! 2月14日! ついにきちゃいましたわ〜〜!!
バレンタインデーより、大事な大事な真琴の誕生日、キタコレ!!
しかもさ? 付き合ってから最初の誕生日とかエグくない?♡
あ、ウケる。勝手に語尾にハートついちゃった。
ま、そう考えただけで、今日の疲れとかマジ一瞬で消え去るレベルでモチベ上がるわ。
てか、プレゼントどーするよ……マジでノープラン。
何あげたら一番喜んでくれるんだろ?
それに、アタシたち二人きりの時だけの、特別な呼び方とかも?
今日は寄り道もしないで帰るつもりだったし、家に着くまでに色々とシミュレーションするか。
「……あら? 」
聞き覚えのある声に顔を上げた。
少し先。
休日らしい私服姿の二人が、こっちを見て立ち止まっていた。
黒髪のお姫様カットに、ロングコート。相変わらず綺麗なくせに、獲物を値踏みするヘビのような目で笑う人。
その隣には、白銀色のショートボブを揺らす橘先輩。
……って。
一条先輩はハンズフリー状態なのに、なんで橘先輩、紙袋を四つも持ってるの!?
「一条先輩……」
「こんにちは、八乙女ちゃん」
一条先輩が小さく会釈する。
「おぉ! 八乙女! 」
橘先輩は紙袋を抱えたまま、大きく手を振った。
「美鈴。そんなに振ったら落とすわよ」
「む。確かに危なかった」
「だから持つって言ったのに」
「大丈夫だ天音、荷物は私が持つ」
「そういうところだけ頑固なのよね」
くっ……なんだろ。イチャイチャしてる訳じゃない。
手も繋いでない――なのに。
『二人でいるのが当たり前』って空気だけは、めちゃくちゃ伝わってくる。
それに二人の私服姿を初めて見たかも……
一条先輩はガチ、絵に描いたようなお嬢様って感じ! 真っ白なAラインのロングコートの襟元から、深めの赤のタートルネックが覗いてて、黒のロングブーツまで含めて育ちの良さ隠せてなさすぎ!!
橘先輩はマジでモデル並みにキレイ目なスタイル。濃いグレーのチェスターコートに黒の細身のパンツ合わせてて、シルエットとか超スタイリッシュだし。
てかよく見たら、首元の細いリボンタイが一条先輩と同じ赤色で、密かにお揃いにしてるの最高にエモくない!?
白とグレーのコートに、スカートとパンツ。 完全にタイプ違うのに、並ぶとパズルのピースみたいに綺麗にハマってて、いやもう、この二人付き合ってるって言われても驚かんわ!
はっ! ついガチのファッションチェックしてしまった……
「八乙女は、バイト帰りか? 」
「はい。今終わったところです」
「そうか。お疲れ様」
橘先輩がそう言うと、一条先輩は何でもないことみたいに橘先輩のマフラーを指先で整えた。
「美鈴、ほどけそうになってるわよ」
「ん? 」
「ほら」
「あぁ、ありがとう」
……え。終わり? マフラー直して、それで終わり?
なんか自然すぎて、一瞬何が起きたか分かんなかったんだけど。
しかも橘先輩の当たり前フェイス!
……いやいやいや、この距離感。この空気感。
確証。これはガチのデートじゃんね!?
アタシの視線に気付いたのか、一条先輩がクスッと笑う。
「そんなに珍しい? 」
「いや、その……」
「ふふっ」
もう、本当にこの先輩、喋りづらいっていうか、こっちの脳内筒抜けなんですけど!?
絶対アタシの顔にデカデカと『お二人デートじゃん!!!!』って書いてあんの、100パー見透かされてるよね!?
なのに橘先輩はそんな空気なんてどこ吹く風。
「八乙女」
「はい? 」
「時間あるか? 」
「まぁ、大丈夫ですけど」
「じゃあ、お茶しよう」
「……え? 」
「最近、ちょくちょく生徒会を手伝ってもらってるからな。私が奢る」
「いやいやいや! そんな恐れ多すぎますって! 」
思わず両手をワイパー並みにぶんぶん振る。
「ちょっと手伝っただけですよ!? 」
「それでも助かった」
「そうよ」
一条先輩がまた、わざとらしく聖母みたいな顔で微笑む。
「美鈴、こういうのは律儀だから」
「借りは作りたくない」
「という訳で決定」
「いや、決定されても! 」
二人とも、アタシの拒否権どこに置いてきた!?
てか橘先輩、アタシが返事する前にもうスタスタ歩き出してるし!
「美味しいケーキのお店を知ってる」
「美鈴、その言い方だと自分のお気に入りに付き合わせるだけじゃない」
「もちろん、それもある」
「あるんかい!……ですか」
思わず秒でツッコむと、一条先輩が肩を揺らしてめちゃくちゃ楽しそうに笑った。
「ほら、行きましょう。ケーキも美味しいし、飲み物も細かくオーダーしてオッケーなお店なのよ」
「……あ、はい。ごちになりますっ」
結局。
アタシは最強先輩カップルの後ろを、小走りで従順に追い掛けるしかなかったのである。
アーケードちょっと歩いて、路地裏にそれたとこ。レンガ調の見た目したちっちゃいカフェに入った。
店内はウッド調でまとまってて、焼き菓子の甘い匂いがふわっと鼻をくすぐる。
へぇ。初めて知ったけど、こんな場所にこんなお洒落なカフェがあるんだ。
こういう店、真琴とも来たいかも。
「三名様ですね」
店員さんに案内されると、一条先輩が窓側へ座ろうとする。
橘先輩は何も言わず、その隣の椅子を軽く引いた。
「ありがとう」
一条先輩は当然みたいな顔して座る……え、息ぴったりすぎん?
アタシは向かいの席に座り、メニューを開く。
うっわ、高っっっ!
ケーキ一個でバイト一時間分ガチで飛ぶんだけど!?
「好きなの頼んで良いぞ」
「遠慮しませんよ? 」
「しなくていいわ。払うのは美鈴なんだし」
一条先輩はメニューを見もせず、
「私はガトーショコラとアールグレイ インペリアル。ショコラの贅沢な重みには、春摘みダージリンベースの高貴な香りが一番しっくりきますから」
インペリアル? 春摘み? 何言ってるかマジで1ミリも分かんないけど即決じゃん。
橘先輩も続ける。
「チーズケーキとエチオピアの浅煎りを、フレンチプレスで。チーズケーキのレモンの風味に、絶対素敵に調和するな」
だーかーら! 横文字の波でアタシを溺れさせにくるのやめてもろて!? てか決めるのはっや!
アタシだけメニューと睨めっこ状態。
「えっと……」
どれも美味しそう。でも値段見ると胃がキュッてなる。
「……じゃ、季節のいちごショートとカフェラテで、イチゴとラテ、相性優勝ですわ……」
いや、べ、別にアタシはメニュー言うだけで良かったじゃんね!! 謎につられて「優勝ですわ」とか言っちゃったのアタシ、詰んだ!!
「かしこまりました」
店員さん、アタシをチラッと見て下がっていくじゃん……その背中見送りながら、思わずため息出たわ。 恥ずっっっっ!!
「こういうお店、あんまり来ない?」
一条先輩が聞いてきた。
「もう少し庶民的なカフェですかね……友達とはファミレスとかが多いですし」
「らしいわね」
らしいわね、ってドコが!? 前半? それとも後半??
「こういう店は静かすぎて、アタシ絶対テンション浮くし」
「もう浮いてるわよ」
「一条先輩ひどっ! 」
三人で笑う。
……あれ?
一条先輩も、ちゃんと普通に笑うんだ。
学校じゃ人の反応見てクスクスしてる印象しかないから、なんか新鮮な気がする。
少しして飲み物が運ばれてきた。店員さんが紅茶を置く。
一条先輩はカップを持ち上げる前に、小さなシュガーポットを手に取った。
スプーンで砂糖をひとさじ。
……じゃなくて。
そのまま橘先輩の前にあるコーヒーへ、さらりと入れた。
「はい」
「ありがとう」
橘先輩は何の疑問もなく一口飲む。
「ちょうどいい」
……え。
終わり?
今の確認とかしないわけ?『砂糖入れる?』とか、『どのくらい?』とか。
そんな会話すらなし? マジで毎回そうしてるみたいな自然さ。
アタシだったら
『砂糖いる?』
『半分だけ!』
『これくらい?』
『もうちょい!』
って絶対なるじゃん!? ……なんなのこれ。
すごっ。
付き合いが長い人って、こういうことなんだ。
言葉じゃなくて。当たり前みたいに相手のことを知ってる。
……なんか、ちょっとだけ憧れちゃうじゃんね。




