第68話 学校でも、真琴
冬休み終了のお知らせ〜!!
校門くぐった瞬間、みんなマジ「あけおめ〜!」って、あちこちで爆裂に言い合ってんだけど。
……いや、終わんの冬休み早ない!?
付き合って初めての、超記念すべき冬休みだったんだけど!?
アタシも全方向に手を振りながら「あけおめ〜!」「ことよろ〜!」を繰り返す、完全にBOT化めるである。
思えばこの冬休み、真琴のお父さんのことで一緒に北海道へ行って。クリスマスをめちゃくちゃ特別に過ごして。お互いを名前で呼び合うようになって。お正月には優梨と叶乃に恋人バレして、おまけにお姉ちゃんにまでソッコーでバレて……。
……まぁ、それはそれで、結果オーライだったんだけど。
てか、リアルに真琴に救われた。
アタシが勝手に抱えてたモヤモヤを、真正面から全部ひっくり返された。あんなの、マジで反則。
去年までのアタシとは、もう全然違う。そのくらい冬休みは濃かった。
なのに、振り返ると一瞬。マジで秒。
真琴といると時間の進み方バグるんだけど?
恋泥棒な上に、時間泥棒まで兼任するとか聞いてないんだけど!?
昇降口でローファーを履き替えながら、自然と足が教室へ急ぐ。
教室の扉をガラッと開ける。真っ先に視線が探してしまうのは、一人だけ。
……やっぱ、真琴だ。
噂の恋泥棒兼時間泥棒は、いつもの席で静かに文庫本を読んでいた。
「まこ――」
危なっっっ!!!
普通に「真琴」って大声で呼ぶところだった! 教室、教室。ここは学校。まだみんなには秘密の恋人なんだから。
「泉さん……おはよ」
真琴がめくろうとしていた文庫本のページが、カサッと小さく虚しく響いた。
真琴の指先がピタッと止まる。……あ、いま、コンマ1秒くらいフリーズした。
ゆっくりと本から顔を上げてこちらを見る真琴の目が、なんか、ほんの少しだけ冷たく感じた。
「……おはよ」
いつも抑揚ないけど、今日はドライアイスをぶちまけられたような、冷たくて息苦しい低音ボイス!!
うん、ほんの少しじゃなかった。
クール系通り越して、氷雪系最強キャラだ……思わず首元のマフラーにガッツリ顔を埋めた。
いや!
アタシなんかしたっけ? 呼び方を急に「泉さん」って変えたから??
「八乙女、泉。おはよ」
不意に背後から声をかけられて振り向くと、優梨と叶乃がいつの間にか隣まで来ていた。
真琴がいつも通りのトーンで「おはよ」と返すのを待ってから、アタシは二人に笑顔を向ける。
「おはよー! てか、叶乃がこの時間に学校にいるとかマジで珍しいじゃんね」
「教頭による反省文の提出指導までリーチが掛かってるからな。ウチが毎朝、家まで回収しに行って連れて来る事にした」
優梨がため息混じりに言うと、叶乃は自分の席へと向かいながら、カバンを机にドサッと置いて気怠げに大あくびをした。
「提出指導くらい、別にどうってことないって〜」
「進級は出来たとしても、そのあと進学の時に不利になるぞ。自覚を持て」
優梨に小言を言われながら叶乃が席へ座ると……優梨が、アタシの制服の袖をくいっと小さく引っ張ってきた。
声がめちゃくちゃ小さい。思わず顔を寄せる。
「ん? なに? 」
優梨はチラッと真琴の方を盗み見てから、さらに声を潜めた。
「もしかしてさ……ケンカした? 」
「……は? 誰と? 」
「泉と。なんか、二人の空気が氷河期じゃね? 」
「いや、アタシ的に心は、ほんわか温暖化だったけど……あっちが、なんか」
「めるち〜、ケンカは犬でも食わんって言うぞ……あ、イズミンが大型犬だったか。ガハハハ!……ふぁ、あ〜、う」
笑いながら、あくびするとか器用すぎるでしょ! ってか、ケンカしてる空気感に見えたのか、朝の挨拶で……
ってことは、真琴、やっぱり怒ってる……!?
そのあとも、一時限目の授業なんて全然頭に入らなかった。
黒板の文字は一応写してるし、先生の声もBGMみたいに聞こえてる。なのに、脳内はずっと一つだけ……。
ガチで怒ってる……? 気のせいじゃないよね……?
朝の「泉さん」がダメだった? ってか、学校なんだから身内ノリからオフィシャルに切り替えるの仕方ないじゃんね! だったら真琴も、あんな冷え冷えな目で見なくても良くない!?
……いや、でも。真琴なら、あり得る。
恋人になってから妙なところで独占欲エグいし、ぶっちゃけ周りにバレても構わないってスタンスの人だし。
――昼休み。
チャイムが鳴った瞬間、アタシは席を立った。
「泉さん」
文庫本を鞄へしまおうとしていた真琴が静かに顔を上げる。
「ちょっと付き合って」
「うん」
理由も聞かずにそれだけでスッと立ち上がる。……はぁ、こういうとこ、ホント好き。
教室出て廊下を歩いていると、途中で真琴が「…ん?」って感じで綺麗な眉をひそめた。
いやその顔すらマジでイケメン。
「どこ行くの? 」
「静かなとこ」
保健室の前まで来ると、真琴が少しだけ納得したように頷く。
「白石先生いるかな」
コンコン。
「失礼しまーす」
「どうぞ」
カーテンの奥じゃなく、いつものデスクの方からやる気のない声が返ってきた。
白石先生はいつものようにコーヒーを片手に、医療雑誌を気怠げに読んでいた。
ベッドにも誰も休んではなさそう。よし、ここなら周りの目を気にする必要はゼロだ。
白石先生はアタシたちが入ってくるなり、眼鏡の奥の目を少しだけ細めた。
「あれ。今日は押し倒しに来たんじゃないんだ」
チラッと隣を見る。真琴の表情は、まだちょっとだけ硬い気がした。
……怒ってる時の真琴が次に何を言うか、すっごい気になる。
「先生がいなかったら、そうしてます」
「真琴ぉっ!? そういう意味で来たんじゃないから! 何言ってんの!! 」
「違うの? 」
「違うっっ! 」
真琴だけが、真顔で小さく首を傾げている。
喜怒哀楽の全てを『押し倒したい』に集約してない?? 恋の爆弾発言が多いって……ラブボンバーガールめ。
そんなアタシたちのやり取りをみて、白石先生はフッと鼻で笑った。
「白石先生、アタシ食べ過ぎてお腹苦しいから、昼休みだけ休んでいく」
「勝手にどうぞ」
相変わらずフリーダムだ、この先生。アタシと真琴はベッドへ腰掛ける。
少しだけ沈黙、先生はコーヒーを飲みながら、また雑誌に視線を落とす。
何も聞いてこない。だから余計にこちらから話しやすい。
「ねぇ、白石先生さ」
「ん? 」
「恋人って……学校でも普通に名前で呼ぶ? 」
先生は一瞬だけ、ページをめくる手を止めて瞬きをした。
「急だな」
「ちょっと、いろいろ事情があってさ……」
先生は真琴とアタシを交互に見て、小さく「あぁ」と漏らした。
「二人は学校内と外では呼び方が違う感じか」
「……はい」
「で、泉の方が不満だった、と」
話を振られた真琴は、静かに、でもしっかりと頷く。
「少しだけ」
「なるほどね」
白石先生はコーヒーを一口飲んでから、椅子にもたれた。
「逆に聞くけど」
「うん? 」
「八乙女って、友達のこと名前で呼ばない? 」
「呼ぶけど? 」
「じゃあ、泉の事も名前で呼んでも、おかしくないじゃん」
「…………」
え。
「仲良い女子なんて、下の名前呼び普通だろ」
「まぁ……そうだけど」
「途中から呼び方変わる子も珍しくない」
先生は呆れたように肩をすくめる。
「案外、周りは気にしてない」
……あ、そっか――アタシ。
『恋人になったから周りに目立っちゃう』って、勝手に大袈裟に思い込んで、ガチガチになってたんだ。
誰よりも、アタシ自身が意識しすぎてただけじゃん。
……でも。
友達と恋人は、やっぱ違う。
友達にも名前で呼ばれるなら、真琴にはもっと特別な呼び方をしてみたい。
二人の時だけ呼べる名前とか。アタシだけが呼んでいい呼び方とか。
そういう『恋人だけの特別』は、これからも増やしていきたい。
五限目のチャイムが鳴る少し前。アタシと真琴は保健室を出て教室へ戻ってきた。
教室の中は昼休みの名残で、まだあちこちガヤガヤしている。真琴はいつもの自分の席へスタスタ向かうと、次の授業の教科書をバッグから取り出そうとしていた。
アタシとお揃いの星型のキーホルダーが揺れる。
一瞬だけ周りの様子をキョロキョロ見回す。
みんなそれぞれ喋ってるし……よし、誰もこっち見てない!
一回だけでいいからガチで勇気出してアタシ……! 心臓エグいぐらい爆発しそうだけど、ええい、いっちゃえー!!
「真琴」
アタシの口からこぼれたその一言で、教科書へ伸びていた真琴の手が、ぴたりと止まった。
真琴がゆっくりと顔を上げる。バチッと目が合う。ポーカーフェイスな真琴の瞳が、ほんの一瞬だけ、わかりやすく大きく見開かれた。
ほんのりと、耳の端まで淡いピンク色に染まっていく。
……あ。
いま、絶対嬉しいじゃん。
表情には出てないけど、アタシには秒で分かる。
朝のあのツンとした空気も、もうどっか行っちゃった。
視界の端で、何人かが小さく顔を上げるのが見えた。
一瞬だけこちらへ向いた視線。「あれ? 」とでも思ったみたいに目を瞬かせる子。
でも、それだけだった。すぐにみんな、自分たちの会話や授業の準備へ戻っていく。
大優勝――学校で名前呼び。
思ってたより百倍フツーだった。
……え。
学校でも『真琴』って呼べるとか、ハッピーなんだが!!
でもさ。 恋人なんだから、ちょっと物足りない。
学校では『真琴』
二人きりになったら、恋人専用の呼び方とか。
……そういうのもアリじゃんね。




