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女子高の王子様は、アタシにだけ重すぎる   作者: ちーよー
泉 真琴 ステップアップ
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第67話 眩しかったのは

 暖房の優しい音だけが聞こえる。ココアは、もう冷めかけていた。


「……やっぱりさ」


 めるはマグカップを見つめたまま、長い睫毛を伏せる。


「お姉ちゃんって、本当に遠いな。凄すぎるんだよ……」


 私は返事をしない。


 続きを待つ。


 めるも、それを分かっているようだった。


「昔からそうなんだよね」


 心の底から必死に引っ張ってくるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「お姉ちゃんは、何でも最後までやり切るの」


 自嘲気味に少しだけ笑った。でも、その笑顔はすぐに消えてしまう。


「サッカーもそう、勉強もそう」


 毛布のモコモコとした袖を、指先が白くなるほどぎゅっと握り締める。


「決めたことは絶対途中で投げない」


 ぽつりとこぼれた、ひどく掠れた声。


「アタシには、それが出来ない。夢もない……これを頑張りたいって思えるものもない」


 一度息を吸って、ゆっくり吐く。


「だから比べちゃう。七歳差離れてるから、まだマシかも知れない」


 沈黙が流れる。


「これが、二・三歳しか変わらなかったら、本当にアタシは……」


 めるは言葉を喉に詰まらせ、俯く。


「……アタシは、本当に何もないんだよね」


 時計の秒針だけが、小さく時を刻んでいた。


 私の胸の中にある言葉は――違う。


 違うと思った。


 でも。


 『そんなことない』……ありきたりな一言では、きっと届かない。


 だから。


 私は、私が見てきた"事実"だけを口にすることにした。

 


「める」

「……なに?」


 名前を呼ぶと、めるが少しだけ驚いたように長い睫毛を震わせ、顔を上げた。



「めるは、誰とでも話せる。初めて会った人とも、すぐ仲良くなれる」


 私が見てきためるだ。


「めるがいると、みんな笑う」


 誰よりも、めるを見てきた。


「困ってる人を見ると、放っておけない」


 静かな部屋に、私の声だけが聞こえる。



「文化祭では、みんな自然とめるの周りに集まってた……文化祭だけじゃない。いつも、めるの周りには人が集まる」


 めるは何も言わない。


 ただ、じっと私を見ている。


「私は」


 深く息を吸い込み、彼女の瞳を見据える。


「そのどれも、簡単には出来ない」


 その言葉だけは、何の迷いもなく言えた。


「人と話すのも得意じゃない。初めて会った人と、すぐ仲良くなることも出来ない。誰かを意図的に笑わせることも出来ない」



 少しだけ困ったように笑ってみせる。


「場の空気を読むことも苦手」


 沈黙。


 その沈黙が、少しだけ長く続く。


 だから。


 胸の奥にずっとしまっていた気持ちを、そのまま口にした。


「私は」


 一度、言葉を区切る。

 可愛くて、強くて、優しい。

 ずっと私を照らしてくれた、私の陽だまり。


「ずっと思ってた。めるは凄いって」


 少しだけ息を吸う。


「……憧れてた」


 言えた。


 めるに助けられた、あの日から。


 隣で笑う姿を見ても。みんなと楽しそうに話す姿を見ても。困っている人へ、迷わず手を差し伸べる姿を見ても。


 何度も、そう思った。


 私にないものを、全部持っている人だって。


 だから。


「私にはめるが、眩しかった」


 めるの瞳が大きく揺れた。


 暖房の風に、カーテンがかすかに揺れる。

 冬の柔らかな光が、めるの頬を淡く照らしていた。


「そんな……」


 震えた声。


「そんな風に、思ってたの? 」


 ただ一回、深く頷いた。


「ずっと」


 それだけだった。

 めるは何も言わなかった。

 言葉を探しているように、唇だけがかすかに動く。


「アタシ……」


 声にならない。

 目元が少しだけ潤んでいく。



 「アタシは……」


 それ以上言葉にならなかった。


 ただ、揺れる瞳だけが、今まで私の知らなかった感情を映していた。





 コンコン、と。

 空気の密度を和らげるような、控えめなノックが部屋に響いた。


「ただいま」


 ドアがゆっくりと開く。つむぎさんが部屋へ戻ってきた。


「ごめんごめん。思ったより長電話になっちゃった」


 そう言いながら部屋へ入ってきたつむぎさんは、私とめるの顔を見比べる。


「あれ? 」


 少しだけ首を傾げ、めるの顔を覗き込んだ。


「……める、少し顔つき変わった? 」


 めるはきょとんと瞬きをした。


「さらに可愛くなった、的な? 」


 突拍子もないお姉ちゃんの言葉に、めるがさらにきょとんとするのを見て、つむぎさんはどこか安心したように、いたずらっぽく笑った。


「さっきより、全然いい顔してる」


 めるは少し照れくさそうに、視線を外して前髪をごにょごにょと触った。


 つむぎさんは、それ以上は聞かなかった……その距離感が、どこか心地良い。


「忘れてた! 」


 何かを思い出したように、つむぎさんがポンと手を叩く。


「ちょっと待ってて」


 部屋を出ていったかと思うと、すぐにトントンと足音を響かせて戻ってきた。


「はい、二人とも両手を出して。手のひらを上に」


 促されるまま、めると並んで一緒に両手を差し出す。


「はい、これめるの分」

「さすが、お姉ちゃん! ありがとう!! 」

 

 可愛い羊のイラストが描かれた小さなポチ袋が、めるの手のひらに置かれた。


「で、こっちが真琴ちゃんの分」

「……え? 」


 自分の手のひらに乗せられたばかりのポチ袋を見て、私は慌ててつむぎさんに返そうとしてしまった。


「私も、ですか? 」

「もちろん」


 つむぎさんは当たり前のように頷くと、ポチ袋を挟み込むように、私の手を上から優しく包んだ。


「お正月だしね」

「でも……」

「遠慮しない」

「ありがとうございます」


 頭を下げると、つむぎさんは満足そうに笑い、空いた手で私の頭をポンポンと優しく撫でた。


「ちょっと、お姉ちゃん! 」


 隣でめるが声を上げる。


「お触り禁止だから! ギリ手までだから!! 」


「えー。真琴ちゃんに言われるなら仕方ないけど、めるに言われてもなぁ」


 つむぎさんは面白そうに目を細めこちらを見る。


「こ、恋人以外はダメなの! 」

「そうなの、真琴ちゃん? 」

「めるが言うなら、そうですね」


 私が同意した瞬間、めるの顔が一瞬で真っ赤になる。それと同時につむぎさんは、お腹を抱えて吹き出し、近くの机をバンバンと叩いた。


「プッ……あははは! 『めるが言うなら』って、忠犬過ぎるでしょ! ウケる! 」


 ひとしきり笑い転げて涙目になりながら、つむぎさんが意地悪くニヤリと笑って片手を差し出してきた。


「じゃあ、ギリ手はオッケーなんでしょ? はい、お手」

「お、お姉ちゃん!!!!! 」


 めるが勢い良く、つむぎさんの差し出した手を引っぱたいた。


 そんな妹を見て、つむぎさんは楽しそうに肩を揺らす。


「はいはい、からかいすぎた。ごめんごめん」


 つむぎさんはふう、と息を整えると、今度は少しだけ真面目な表情になって私たちを見た。


「あと、一つだけ」


 私たちは、思わず姿勢を正した。


「二人のこと」


 私たちのこと?


「お父さんとお母さんには、私から言うつもりはないよ」


 その一言に。


 めるの肩から、ふっと力が抜けた。


「……ありがと」


 心の底から安心したような声。


「言うか言わないかも含めて、全部二人で決めな」


 つむぎさんは優しく微笑む。


「そういうのは、自分たちのタイミングが一番だから」


 その言葉に、私は小さく頷いた。


「ありがとうございます」


 隣を見る。めるも私を見て、はにかむように小さく笑った。


 その笑顔は。


 さっきまでの、どこか自信を失ったものじゃない。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 前を向いた笑顔だった。


 そんな私たちを見つめながら、つむぎさんは満足そうに頷く。

 


「で、真琴ちゃん」


 つむぎさんがスマートフォンを私に向けてきた。


「連絡先交換しよ」

「お姉ちゃん!? 」

「大切な妹の恋人なんだから、普通でしょ」


 めるが何か言いたそうにしているのは分かったけれど、「はい、QRコード読み込んで」と、つむぎさんに笑顔を向けられる。


 どうして良いか分からず、めるに視線を向けた。


「真琴が決めなよ」


 私から視線を逸らしたまま、めるがぶっきらぼうに呟く。


「……じゃあ、お願いします」


 QRコードを読み込み、画面にはつむぎさんのアイコンが表示された。



「困ったら連絡して。とくに妹のことで」

「お姉ちゃん!? 」

「あ、今のは内緒だった」

「いや、内緒話下手か!? もう! お姉ちゃん。部屋から出てってよ!! 」




 入ってきた時は静かだった部屋が、もう賑やかになっていた。

 

 隣を見る。めるは、もう俯いていない。

 それだけで、今は十分だった。

 ――これからも、隣で見ていよう。

 めるがまだ知らない、める自身のことを。

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