第60話 メリークリスマス アタシだけのプレゼント
――えぇぇぇぇぇ!!
一緒にお風呂!?
この布面積エグいセクシーサンタの次は、ガチの裸の付き合い……どんどん露出が多くなってるじゃんね!!
「あ、いや、えっと! 泉さん!? 」
アタシは両手をぶんぶんと振って一歩後退した。
一応、お風呂のシーンをイメージをしてみる…………
っぷは。やっぱり泉さん共演NGだった。脳内だけでも刺激が強すぎる!
「さすがに一緒にお風呂は、ちょっと……まだ恥ずかしいかなって言うか……アハハ……」
必死に言い訳をまくしたてるアタシに、泉さんは掴んだ袖を離さないまま、きゅっと眉を寄せた。
「……でも、怖い」
このふるふると震えるトナカイ……、可愛過ぎやろがい!!
「お、お風呂のドアを開けっ放しにして、アタシが脱衣所で歌っててあげるから! 下手だけど」
「……やだ」
いつもなら絶対に言わないようなワガママを、泉さんはトナカイのフードを少し深く被り直しながら、消え入りそうな声で呟く。
上目遣いでアタシをじっと見つめてくるその瞳は、本気で怯えていて、同時にアタシをめちゃくちゃ頼りにしてくれていた。
くっ……!
クールビューティーな泉さんの、こんな全力の寂しがりおねだり、断れる人類がこの世にいるのだろうか……否!!
「……わ、分かった! 一緒に入ろ! でも恥ずかしいから、電気は暗くして入るからね!! 」
せめてもの抵抗として叫ぶと、泉さんはホッとしたように小さく頷いた。
「……うん」
「じゃ、じゃあアタシ、お湯溜めてくるっ! 」
心臓の爆音を誤魔化すようにダッシュで浴室に向かい、自動お湯沸かしのボタンを限界まで強く押し込む。
お風呂が溜まるまで、およそ十五分。
……地獄なのか天国なのか、カウントダウンが始まってしまった。
お互いコスプレ姿のまま、部屋のソファに並んで座る。
自動的に、アタシと泉さんの足が、数十センチの距離で並ぶ。
気まずさを紛らわすために、お互い何となく前を向いて、点けっぱなしのテレビを眺めていた。
泉さんは、何を考えてるんだろう?
気になり、チラッと隣を盗み見る。
いつの間にか、泉さんはソファの上で膝を抱えるように座っていた。
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
浴室から電子音が鳴り響く。
心臓のバクバクが、また少し大きくなる。
膝に顎を乗せたまま、じっとアタシを見つめてくる泉さん。
「沸いた」
囁くような泉さんの声も、触れそうなほど近くにある瞳も、アタシには揺れているように思えた。
「アタシ、先はいるよ」
「早く呼んでね」
「う、うん」
よし、いくぞアタシの心臓。絶対に途中で止まるなよ……!
――ガララ。
脱衣所でサンタコスを脱ぎ捨て、急いで身体を洗い浴槽へと浸かる。
髪も洗いたかったけど、早めに起きて朝に洗うことにした。
「泉さん、良いよ! 電気暗くするから、気を付けてね」
浴室の外に向かって叫びながら、壁の『照明』と書いてあるツマミを弄る……。
暗闇一歩手前の、お互いのシルエットがギリ分かるくらいの怪しい暗さ。
立ち上る湯気の向こうから、泉さんがゆっくり近づいてくる。
さすがにこの状況は刺激が強い!! 泉さんを見ないように上を向いた。
「髪洗うから、そこにいて」
「う、うん」
ってか、薄暗くても、恥ずかしいもんは恥ずかしい。
浴槽の横に色々とついてるボタンに『ジェット』や『バブル』って、書いてあったよね?
バブルって、泡だよね??
「ちょっと、お風呂。泡泡にしてみるね」
この泡でお湯を不透明にすれば、露出対策は完璧になる。我ながら天才じゃんね!
薄暗闇の中、浴槽のフチにあるツマミやボタンの並びへ腕を伸ばした。
「えーっと、バブルはこれかな……? えいっ! 」
ボタンを力任せにカチッと押し込んだ。その瞬間――
――ゴボボボボボボッ!!!!!
凄まじい轟音と共に、浴槽の底から激しい水流が吹き出した。
「ひいぃぃぃ何これ!? ジェットバス!!? 」
バブルがものすごい勢いで湯面を覆い尽くし、浴槽から溢れ出していく!
アタシまでアワアワしてまうわこんなん!!
とにかく、一刻も早くこの暴走水流を弱めたい!!
「どうしたの? 大丈夫?? 」
髪を洗っているらしく、目を瞑ったまま、泉さんは不安そうな声を出した。
「だ、大丈夫だから! 気にしないで!! 」
秒でパニックになったアタシは、隣のツマミをヤケクソで回した。
その瞬間、浴室の間接照明が一斉に点灯する。赤、青、緑と、目まぐるしく色が切り替わる――レインボーバスがフルドライブを始めてしまった。
激しい泡に七色の光が乱反射して、お風呂が完全にパーティと化している。
「……なに!? 八乙女さん!! 目がチカチカする」
「ごめん、ホント気にしないで!! 」
さらに別のボタンを押し込むと、今度は浴槽の底から天井へ向けて無数の光が放たれた。
きらきらきら……。
天井一面に広がる、圧倒的に美しい水中プラネタリウム。
ものすっっっごくロマンチックな星空。
――ただし、下半身は変わらず「ゴボボボボボッ!」と大荒れ中である。
なんなんこのお風呂!
宇宙の下でジャグジーが荒ぶり散らかしてんだけど!!
とりあえずジェットバスだけはどうにか止められた。
危なかった……上半身と下半身がバイバイするかと思ったじゃんね!
「ふぅ〜」と、息を吐いて上を向けば、天井にはまだプラネタリウムの星空が広がっている。
髪を洗い終えた泉さんが、そっと浴槽へ入ってくる……薄暗い光の中、アタシたちは自然と向かい合わせの形になった。
ジェットバスを止めたからか、少しずつ消えていく泡。
ゆらゆら揺れる水面越し……何となく分かる、お互いの輪郭。
「……あの、泉さん。向かい合わせだと、恥ずかしいから……後ろ向いて」
「……うん」
泉さんはすんなり応じて、くるりと背を向けた。
ホッとしたのも束の間、泉さんはそのまま後ろへ重心を傾け、アタシの身体にコテッと背中を預けてきた。
「え!? 」
「……こうしてれば、怖くないから」
密着する、お互いの肌の熱。洗いたてのシャンプーの香り……。
吐き出す息すら泉さんのうなじに届いてしまいそうで、呼吸のタイミングすら見失う。
結果的にアタシが泉さんをバックハグするような体勢になり、アタシの心臓は、もう笑えるくらい忙しく脈を打っていた。
泉さんのどこにどう触れて良い分からず、微動だにできない。
……このまま固まって、星座として浴室のプラネタリウムにデビューしてしまうかも。
お風呂の天体観測を終えたアタシたちは、それぞれ備え付けのガウンに着替えてベッドルームへと戻ってきた。
泉さんの髪を乾かし終え、部屋の明かりを少し落とす。
暖房は効いているし、お風呂から上がったばかりなのに、どこか肌寒い。
「泉さん、湯冷めしちゃうからベッド入っちゃお。備え付けだけど、紅茶のティーバッグあったから、淹れてくるよ」
「……うん。ありがとう」
マグカップを二つ持ってベッドに戻り、泉さんにホットティーを手渡す。
「はい、どうぞ」
「……あったかい」
ヘッドボードと背中の間に枕を挟んで並んで座る。
「寒くない? 」
アタシがそう言うと、泉さんは一枚の毛布を胸元まで引き上げてくれた。
……いや、一枚をシェアするとか、距離近すぎない!?
横並びで足を伸ばすと、毛布の中ではアタシの右足と泉さんの左足がぴたりと触れ合っていた。
二人だけの空間。お互いにホットティーを、少しずつ口に含む。
ふんわりと柔らかい湯気が、二人の間に漂う。
お風呂での騒がしさが嘘みたいに、静かな時間が部屋を満たしていった。
どれくらい、そうしていただろう。
ヘッドボードの棚に置いたスマホの時計に目をやる。いつしか日付けは24 から25へと数字を変えていた。
「クリスマス……」ぼそっと声が漏れる。
泉さんのお父さんの事故で急遽ここまで来たアタシたちには、お互いへのクリスマスプレゼントなんて用意できていなかった。
本当ならデート中に買うはずだったし……。
マグカップをヘッドボードの棚に置き、ガウンの裾を少しだけ握りしめる。
「……泉さん」
「なに? 」
「アタシさ、プレゼント何も用意できなくて、ごめんね」
泉さんもカップを置くと、いつものクールな真顔のまま言った。
「……私もない。デート中に買うつもりだったから」
「やっぱり、こういうのって事前に相手に聞くもんなのかな? 」
「さぁ……でも、八乙女さんが一緒にいてくれるだけで、十分」
アタシだって、それは同じ気持ちだった。
それでも、恋人になったからこそ、泉さんに何か特別なものを贈りたかった。
ゴクリと唾を飲み込んで、ずっと胸の奥で温めていた、世界に一つだけの特別な贈り物を口にする決意をした。
どっちかと言えば、アタシが嬉しいだけな気もするけど……。
「じゃあ、泉さんにあげる――まだ誰も呼んでない、アタシだけのプレゼント」
心臓の音が、毛布越しに響いてしまいそうなほど大きく跳ねる。
泉さんの瞳を真っ直ぐ見つめて、大好きな、その名前を呼んだ。
「……真琴」
泉さんの身体が、ピクッと小さく跳ねた。
「こ、これがアタシからのプレゼント!……メリークリスマス、真琴」
静寂がベッドの上を包み込む。
やりきった恥ずかしさでアタシの顔が爆発しそうになった、その時。
泉さん――ううん、真琴の肩が、小さく震えた。
気になって覗き込むと、長いまつ毛の奥で、綺麗な瞳がうるうると潤んでいた。
「っ、……ずるい」
真琴は真っ赤になった顔を隠すように、胸元の毛布をきゅっと引き上げた。
ちょ、ヤバい。今の顔、マジで全人類に見せたい…… ダメ! 全人類に見せたくないくらいに可愛いんだけど!
『ふぅー』っと、息を吐く音が聞こえたかと思えば、ひょこっと毛布の上から真琴が顔を出してきた。
アタシの首筋にきゅっと両腕を回して、毛布ごとしがみつくように密着してくる。
そして、アタシの耳元で、消え入りそうな熱を帯びた声で囁いた。
「メリークリスマス、める」
アタシも真琴の背中へ、そっと腕を回す。
あ――おあいこ、ってこういうことなんだ。
やっぱりこの子の返す言葉の重さ、余裕でキャパオーバーなんよ……!!




