第59話 限界サンタと無自覚トナカイのメリークリスマス
いやいや、いくら泉さんのリクエストでも、アタシ一人だけこれ着て部屋にいるのは不公平じゃんね!
画面のセクシーサンタと、隣にいる泉さんを交互に見つめる。
……あ。そうだ、さっき泉さんなんて言ったっけ。
『おあいこ』
よし、その言葉、そのまま返してやる!!
「……いいよ。アタシ、このサンタ着る」
ごくり、と唾を飲み込んで、あえて不敵に笑ってみせる。
「その代わり! 泉さんもトナカイ着て。さっき『おあいこ』って言ったじゃん? アタシだけ着るなんて、おあいこじゃないから! 」
リモコンをポチポチ操作して、フードに可愛いツノがついた、セットアップの茶色いトナカイ衣装を画面にドーンと表示させた。
これならサンタより露出は少なめだし、パジャマっぽい。
「ほら、泉さんこれ絶対似合う。アタシがサンタやるんだから、泉さんはアタシのトナカイになってよ」
『アタシのトナカイ』って何!? なんか独占欲強めのヤバい奴みたいになってない??
恥ずかしさで顔が爆発しそうになっているアタシを、泉さんはじっと見つめていた。
「良いよ。トナカイは、一人のサンタのために走るものだから、八乙女さんだけのトナカイでいい」
泉さんはいつも通りのクールな真顔のまま、ぽつりと言った。
「……アハハ」
な、ななななんなんこの子!?
いつも言葉数は少ないのに、返す言葉の重さが毎回、倍返し以上で来る!
これ以上この会話を続けたら、コスプレ着る前にアタシが限界を迎えてしまう。
真っ赤になってるであろう顔を見られないように、勢いよくリモコンをテレビへ向けた。
「あーもう! 分かった、注文するからね!! 」
決定ボタンを親指で思いっきり押し込む。
画面が切り替わり、『ご注文を承りました。お部屋のドア前までお届けします』という無慈悲なメッセージが表示された。
あーあ、押しちゃった。
これで、アタシのセクシーサンタと、泉さんのもこもこトナカイの召喚が確定してしまった。
数分後。
コンコン。
部屋の入口近くから、小さくノックするような音が聞こえた。
「え? 」
思わずドアの方へ向かおうとしたアタシを、泉さんが呼び止める。
「あっ、こっち」
泉さんが指差したのは、入り口のドア横にある小さな扉だった。
「そこ? 」
半信半疑で開けてみると、小さな受け渡し用のボックスの中に、ラップのかかったハンバーグセットのトレイと、衣装袋が二つ並んで置かれていた。
「うわっ! 」
思わず声が漏れる。
「ここから届くんだ! 」
店員さんと顔を合わせることもなく、全部ここから届くらしい。
「すご……泉さん、これ一緒に運ぶの手伝って」
衣装の袋を抱え、トレイを持ち上げながら振り返った。
「ラブホって、こういうシステムなんだね」
「私も初めて知った」
泉さんも少しだけ感心したように、アタシの持つトレイを見つめていた。
テーブルまで運んで料理を置く。ハンバーグの熱気で、ピシッと張られた透明なラップが内側から白く曇っていた。
「おぉ……普通にアツアツだし、めっちゃ美味しそうじゃんね! 」
「うん」
そして、そのアツアツのご飯のすぐ隣には。
きっちりと畳まれた、二つの衣装袋。
「…………」
「…………」
二人同時にスッと視線を逸らした。
……よし、ご飯にしよう。
うん、まずは腹ごしらえだ!
料理は思っていた以上に美味しかった。
二人とも最初の数分はほとんど会話もなく、夢中で箸を動かしていた。
「……生き返る」
思わず漏れた一言に、泉さんが小さく笑う。
「大袈裟」
「だって本当に生き返ったんだもん」
泉さんのお父さんの事故を知って、北海道まで来て、ホテルを探して、親に嘘までついて。
ずっと張り詰めていた糸が、温かいご飯を食べた途端、ようやく少しだけ緩んだ気がした。
空になった食器を受け渡し口に戻した頃には……テーブルの上に、さっきまで見ないふりをしていた二つの衣装袋。
料理に逃げていた現実が、静かにアタシたちを待っていた。
「……」
「……」
二人同時にその袋へ視線を向ける。
「じゃあ……着替える? 」
泉さんに、静かに聞いた。
「いいよ……」
わざとらしく「えい! 」と、声を張り上げながら、テーブルの上の赤い袋をひったくるように掴んだ。
「じゃあ、アタシ浴室で着替えるから。泉さんはこっちで着替えてて」
「あ、うん」
泉さんが小さく頷くのを見届けて、逃げるように浴室に滑り込み、バタンとドアを閉めた。
ふぅーーーっ、と深い息を吐き出す。
危ない。あのまま同じ空間で袋を開けてたら、恥ずかしさで爆散するところだった。
…ってか、お風呂のクオリティまでエグいんだけど!
ピカピカに輝いてるし、二人で足を伸ばしても余裕で余りそうなサイズ感。
しかもボタンやツマミがズラリ。
何これ? 押したらビームでも出るわけ??
壁の案内に『最新設備』って書いてあったけど、一般家庭の風呂には存在しない謎のスイッチの多さ……押したい! 手当たり次第押してみたい!!
いや、違う。今じゃない! いまは風呂のメカニズムを解明してる場合じゃない。本題はこっちだ。
浴室の鏡に視線を戻し、意を決して、赤い袋からサンタの衣装を取り出す。
……うん。分かってはいたけど。
「やっぱり布面積少なすぎませんかね!? 」
あっ つい、声に出てしまった。
鏡の前で、実際に着てみる。
オフショルで肩は丸出し、デコルテのラインはガッツリ開いてる。
何よりスカートが短すぎて落ち着かない。
アタシのギャル魂をもってしても、これは露出度、高すぎでしょ!
でも、いいんだ。
あっちの部屋では、もこもこの可愛いトナカイコスを着た泉さんが待っているはず。
その癒やしを摂取するために、アタシは今がんばってサンタになっている。
よし、いくぞアタシ。
「泉さん、着替えたよー! 」
なるべく平気な声を装いながら、お風呂場のドアを開けて、部屋へと一歩踏み出した。
それと同時に、ベッドの横に立っていた泉さんが、ゆっくりとこちらを振り返る。
――バチッ。
火花が散るみたいに、視線がぶつかった。
気合いを入れてミニスカサンタを着てきたのに。
目の前には、もこもこトナカイ姿の泉さん。
……可愛い。
可愛いの暴力だ。
アタシ、秒で負けた。
全身ブラウンの、ありえないくらいモコモコしたボア生地に包まれてる泉さん♥
萌え袖にフードについてるちっちゃい角が、動くたびに「ぴょこっ」って揺れてる泉さん♥♥
内心で限界オタク中のアタシを泉さんは、じっと見つめてくる。
視線が合う……逸らせない。
お願いだから何か言って! この沈黙が一番心臓に悪いって!
すると泉さんは、小さく首を傾げて、アタシを頭の先からつま先までゆっくり見渡した。
「……うん」
何その『採点します』みたいな間!!
「すごく似合ってる」
「…………え? 」
「サンタ」
短い一言なのに、破壊力がヘビー級なんよ。
思考停止。
心停止。
呼吸停止。
「か、感想それだけ!? 」
「えぇ……? 」
短っ!!
もっと照れるとか、笑うとか、何かあるでしょ!?
真顔で『似合ってる』も嬉しいけど、もう一声ほしい! と、思っていたら泉さんが呟く。
「可愛いよ」
「……ありがと」
はぁ〜 それよ、それ。もっと言って欲しいけど、なぜ、目を逸らした?
照れてるのか、アタシのコスプレを笑ってるのか分からない!!
アタシが一人で真っ赤になってる横で、泉さんはフードについた小さな角を指でムニムニ触り始めた。
……いや、そのトナカイ。
可愛すぎるんだって。
本人だけ自覚ないの、反則なんだけど。
「このトナカイ」
角の感触に飽きたのか、自分の着ている衣装の裾をきゅっと摘まんだ。
「スースーして、落ち着かない」
でしょうね!!
その一言で、アタシの視線は自然と泉さんの下半身へ吸い寄せられる。
もこもこのボア生地に包まれた上半身とは対照的に、ショートパンツは思った以上に丈が短い。
そこからすらりと伸びる生脚が、容赦なくアタシの視界へ飛び込んできた。
……脚、なっが!!
ほっそ!!
ほんとモデルスタイル!
可愛いトナカイだと思って油断してたら、下半身の破壊力が凄すぎる。
お美しい御御足で……ありがとうございます。
「ね、ねえ泉さん。……写真、撮ろ!」
この限界空間をごまかすように、アタシはスマホを掲げた。
「……えぇ」
泉さんはすんなり頷いて、アタシの隣へ並ぶ。
画面の中には、セクシーサンタと、もこもこトナカイ。
……画面越しでも泉さん、脚長っ。
「じゃあ、撮るよー」
なるべく自然に肩を寄せようとした、その瞬間。
ガチで心臓飛び出るかと思った。
サンタ服の肩が大きく開いているせいで、少し近付くだけでも肌が触れそうになる。
……やばい。
緊張で手が震える。
写真ブレる。
ピトッ。
泉さんの方から、肩を寄せてきた。
「……八乙女さん、こっち向いて」
なんの、ためらいもなく縮まる距離。
ふわっと香るシャンプーの匂い。
萌え袖から伸びた手が、そっとアタシの肩へ触れる。
――カシャ。
シャッターが切れた。
「……ふふ」
写真を見た泉さんが、小さく笑う。
「八乙女さん、すごい顔になってる」
「ちょっとぉ! 完全に意識飛んでる顔じゃん、これ!! 」
画面の中には、クールに微笑む美人トナカイと、目を丸くして真っ赤になっている茹でダコサンタ。
……また、負けた。
どう見ても、可愛さ勝負は泉さんの圧勝だった。この画面の中ではね!
「写真、泉さんに送っとくね」
「ありがとう」
「いつでも見返せるように」
「ロック画面にしとこうかな」
「もっと、アタシのビジュ良いやつにして」
ひとしきり笑い合ってスマホを置くと、部屋の中にフッと静寂が戻ってきた。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、シーンと静まり返る空間。
「泉さん。先にお風呂――」
――ピシッ。
その時、壁の奥の方から、小さく乾いた音が響いた。
「っ……」
隣にいた泉さんの肩が小さく震え、もこもこのトナカイのツノが、小刻みに揺れていた。
泉さんはアタシのサンタ服の袖をきゅっと掴むと、いつものクールな真顔のまま、ぽつりと言った。
「……お風呂入りたいけど、一人は無理」
「ふぇ? 」
予想外すぎて、喉から変な音が生まれた……
泉さんはアタシの目をじっと見つめたまま、さらに袖を引っ張った。
「……お願い」
――ふえぇぇぇぇぇ!?!?




