第52話 星をひとつ
いつもの昼休み。優梨がバッグからグミやチョコを取り出し机に置いた。
「金曜のボランティアのお礼」
「ありがとう、ユーリン」
さっそく、叶乃が手を伸ばし開けようとするも
「いたっ」
優梨に思いっきり手を叩かれた。
「黛のせいなんだから、黛は最後」
「でも、元をたどれば、ドッジボールで負けたから……」
叶乃が、アタシをみてくる……
「八乙女は、一生懸命やってくれた。最後に一条先輩に騙された黛が悪い」
「あの人ズルいよ! お菓子を床に置いて、おびき寄せてから『ポン』って当ててくるんだもん!! 」
「それに引っ掛かるのなんて、黛くらいだろ」
涙目で『カノに当てるの? 』作戦も一条先輩には通じずか。
「今、思い出しても八乙女と泉は、お姫様と王子様っぽかったな」
泉さんに、おんぶされたやつ、秒で学校中に拡散されてんだけど……泉さんと一緒にいるだけで、好奇心の目で見られるのは慣れない。
「カノは『ご主人に調教された大型犬と、調子に乗ったギャル』にしか見えなかったけど。調子じゃないや、転がってきたボールに乗ったギャル」
「私って、大型犬のイメージなの? 」
「イズミンは、めるちの言う事だけ素直に聞きそうだから。犬だね。めるちの犬」
凄い一人でガハハ笑いしてるけど、試合終わったあと、めちゃくちゃ心配してくれたくせに。
そして、泉さんは、なんで少し嬉しそうな顔してるの??
何でもない昼休み。何でもない話。なのに、今日は、とんでもなく楽しい。
……まぁ、理由は分かってる。
放課後デートだから!!
キーンコーンカーンコーン。
放課後のチャイムと同時にリップを塗り直して髪を整えた。
手鏡に映るアタシは今日もマジでビジュ最強、完璧!
「泉さん。帰ろ」
「ええ」
並んで歩くも、相変らず車道側は泉さんだった。対等って、なんなんだろ?
小学生の頃からアタシを好きだった。と、言ってくれた泉さん。
アタシは……いつから、泉さんを好きになったんだろ? 『好き』を時間で計ったところで、意味なんてないけど、『好き』の大きさは、ちゃんと対等だよね?
「八乙女さん。キーホルダー買う所って、決めてるの? 」
「決めてるよ。アタシのバイト先の上にあるドンキ」
偽彼氏役を頼んだ時、泉さんはドンキで猫のキーホルダーを見ていた。北海道のお土産だって猫だった。だから泉さんは猫好き。
ドンキに着いて、バラエティコーナーへと向かう。
「泉さん。この辺に、たくさんあるよ」
「すごい数だね」
人気の定番キャラや、おもしろグッズ的なキーホルダーが、うじゃうじゃと置いてあった。
物珍しいのか、色々と触る泉さん。
くふふ……泉さん。アナタの欲しいものは知っているのだよ。
それは、右端の一番上にあるカワイイカワイイ猫ちゃん。
「あ、これとか良くない? 」
って、猫のキーホルダーに手を伸ばした、その瞬間。
すっと伸びてきた綺麗な長い指と、アタシの指先がぴったり重なった。
「あ……」見上げたら、すぐ隣に美の暴力!
同じタイミングで同じやつ触るとか、少女漫画かよ!!
いつも物静かな泉さんも、一瞬目を見開いてフリーズしてた。
まだ、不意打ちだとドキドキしてしまう……
「や、やっぱ。泉さんって猫好きなんだね」
猫キーホルダーを手に取って、泉さんの目の前で振ってみる。
「え? 八乙女さんが、猫好きなんでしょ? 」
…………どういうこと?
「泉さん、猫好きじゃないの? 」
「普通だけど」
「え? 」
「八乙女さんが好きなんだと思ってた」
アタシ猫好き。なんて、一回も言ったことないけど……
「なんで? 」
「楽譜に、猫を書いてくれてたし」
「え? 」
楽譜に猫を書いたのは、泉さんが猫を好きだと思ってたからなんだけど。
アタシの勘違いかよ! ちょっと、予想してない展開でマジ焦る!!
「北海道のやつも? 」
「そう」
「猫好きだからじゃなくて? 」
「違うけど」
「偽彼氏役してくれた時に、これ見てたよね? 」
「……や、八乙女さんが、猫っぽい……から」
小さくハニカんだ泉さんの破壊力、マジで世界救えるレベルなんですけど!?
……って、ことは。あのキーホルダー。
猫だからじゃなくて。
アタシだから選んでくれたってこと!
こっちが顔赤くなるんだが!!
「じゃ、じゃあ。アタシが毎日隣にいるんだから、猫のキーホルダーは……もういっか」
「……だね。別のにしよう」
猫のキーホルダーを棚に戻したあと、アタシたちは並んで店内を歩いた。
コーナーの奥まで進んだ時、不意に泉さんの足が止まる。
視線の先にあったのは、星形のキーホルダーだった。
ん? どうした、泉さん??
「星好きなの? 」
そう聞くと、泉さんはなぜか星じゃなくてアタシの方を見る。
目が合った。 ……いや、なんで!?
視線を逸らせずにいると、少しだけ間があって。
「別に」
「じゃあ、なんで見てたの? 」
「八乙女さん」
「なに? 」
「それ」
泉さんの視線が、少しだけ横へ逸れる。つられるように耳朶のピアスへ触れた。
「ピアス? 」
「うん。でも、こっち」
次の瞬間。
泉さんの指先が、アウターコンクの星形ピアスと、その周りの肌にそっと触れた。
一瞬息が止まる……アタシを何回、天に帰す気だよ。
「似合ってる」
その一言の破壊力! さっきまで顔だけだったのに……今度は耳まで熱くなってるじゃんね!!
「じゃ、じゃあ。これにしよ」
ドキドキしながら、星形のキーホルダーを手に取る。泉さんは静かに笑うと頷いた。
ドンキを出る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。アニメやミステリーの話をしながら歩く。
最初は、こんな話も出来なかったのに。今は少しずつ、お互いの好きなものが増えていく。
でも、正直あんまり頭に入ってこない。
気になるのは一つだけ。
バッグの中にある、お揃いのキーホルダー。
早く付けたい。今すぐ付けたい。
「泉さん」
「なに? 」
「キーホルダー……付けよ」
「良いけど、どこで? 」
アタシは少し先を指差した。
「あそこ」
「公園? 」
「そ」
「なんで? 」
「ベンチあるし」
ベンチに座り、キーホルダーを取り出す。
「アタシが泉さんのバッグに付けるから」
「私が八乙女さんのバッグに付ければ良いのね」
「そ」
お互いのバッグを交換する。なんか、プレゼント交換みたいだ。
カチャリ。
カチャリ。
小さな金属音が重なる。
「できた」
「私も」
バッグを返し合う。
さっきまで付いていなかった星形のキーホルダーが、当たり前みたいに揺れていた。
「これ、出窓に飾っちゃダメだよ」
「それも良いかも」
「ダメだって」
「分かってる……」
街灯の灯りがパッと付く。
気が付けばすっかり日が暮れていた……月が輝き始める。
秋の月って、綺麗だなぁ……見上げれば、まんまるお月様。
「月が綺麗だね」
不意に泉さんが呟いた。
あっ。それ、前にも聞いた。家出してた時。
このベンチで。
「そうだね……でも」
言葉の続きを探しながら隣を見る。
泉さんは、あの時と同じように月を見上げていた。 膝の上で握った拳に、きゅっと力を込める。
「でも? 」
今度は泉さんが、少しだけ首を傾げた。
目が合う。
ダメだ。 急に恥ずかしくなってきた。
それでも。
「……あの時より綺麗かも」
泉さんが小さく息を呑むのが分かった。
「え……」
普段クールな泉さんの珍しい反応。ちょっとだけ、嬉しいんだが!
「……なんで? 」
そんなの決まってる。
「泉さんと見てるから」
今度は泉さんが固まった。
そのイケメンなドギマギ顔を見た瞬間、こっちまで一気にキャパオーバーになる。
しばらくの間、二人で月を見上げていた。
言葉はない。
でも、不思議と気まずくはなかった。
ベンチにもたれ掛かるようにして、両手を後ろにつく。
冷え始めた夜の空気が心地良い。
「泉さん」
「うん」
「また、なんかあったら付き合ってね」
「買い物? 」
「それも」
「それも? 」
「んー。色々? 」
アタシがそう言うと、泉さんは少しだけ考えるように視線を落とした。
「じゃあ、まずは勉強」
「うっ」
反射的に変な声が出た。聞きたくないなぁ……良い雰囲気だったのに。
「近いでしょ? 期末テスト」
「聞きたくない単語ランキング第一位キタコレ」
「範囲、広いって言ってた」
「先生たちマジで正気失ってて草」
思わずベンチにぐったりともたれ掛かった。
「無理そう? 」
「無理筋」
「じゃあ」
泉さんが静かに言った。
「私、教えようか」
その一言に、思わず隣を見る。
「ガチ? 」
「うん」
「めちゃくちゃ助かる」
「図書室なら静かだし」
「あー。確かに」
放課後、図書室。泉さんと二人。 勉強。
……勉強になるかな?
「八乙女さん」
「なに? 」
「ちゃんと勉強するんだよ」
「善処する」
「しない顔してる」
「バレた? 」
小さく笑った泉さんの肩が少しだけ揺れた。
その時だった。
ベンチに置いていた手の甲が、ふと触れ合う。
どちらからともなく。本当に自然に。指先が近付いて。
小指だけが、そっと絡まった。
胸が少しだけ苦しくなる。でも嫌じゃない。
むしろ心地良い。
「泉さんこそ、前のテスト九位だったでしょ」
「大丈夫」
絡まった小指が少しだけ揺れる。
「次は一位だよ」
あまりにも迷いのない声だった。
九位でも十分すごいのに、泉さんは本気で一位を取り返すつもりらしい。ってか、泉さんなら出来るか。
「言ったな? 」
「うん」
月明かりの下で見た横顔は、自信たっぷりに見えた。
「じゃあ。アタシも頑張る」
「目標は? 」
即座に聞き返される。
少しだけ考えてから、胸を張ってやった。
「全教科赤点回避」
「低い」
「アタシん中では高いの! 」
思わず頬を膨らませる。
泉さんの肩が小さく揺れた。 笑った。
それだけで、なんだか嬉しくなってしまう。
絡まった小指が、もう一度だけ揺れる。
「約束」
月をみながら、泉さんが言った。
だからアタシも、小指を少しだけ握り返す。
「約束」




