第51話 八乙女さんは、あげられないから
「カメさんはずいぶん遅いなぁ。ここでちょっと一休み」
アタシがウサギになりきると、最前列のキッズたちが身を乗り出した。後ろのキッズたちも絵を見ようと首を伸ばしている。 みんな、食いつきエグい。
淡々とポーカーフェイスでページをめくる泉さん。
効果音やサウンドトラックをピアノで表現してくれる一条先輩。
そして、謎の覇王感が出ちゃう、亀役を担当する橘先輩。
本当は優梨と叶乃が来るはずだったのに……
なぜ、このメンツで放課後に学童保育のボランティアをしているのかと言えば――
ドッジボールで負けた結果、優梨が生徒会に入ったからだ。
さらに図書委員当番を忘れた叶乃が、ペナルティで本の整理をやることになり、優梨まで手伝いに駆り出された。
そして、なぜかその代理がアタシたちである。
……まぁ、負けたのも、今は治ってるとはいえアタシの怪我が原因みたいなもんだし。仕方ないか。
「ウサギさん、遅かったな。私の勝ちだ! 」
橘先輩のカメだと、最初から最後まで勝ってる雰囲気になるじゃんね。
「はぁはぁ……そんな、まさか……。ボクが負けるなんて! 」
ナレーションもアタシやるとか、アタシの負担多くね?
「カメさんは、ゆっくりでも最後まで頑張って勝ちました。諦めずにコツコツ頑張るのはかっこいいですね、これでうさぎとかめのお話はおしまいです」
最後のページを泉さんが閉じる。
一拍遅れて、パチパチパチッ、と拍手が広がった。
前列の子は身を乗り出して拍手し「面白かったー!」と、声を上げる子までいた。後ろの子たちもにっこりスマイル。
……よかった。 少なくとも、キッズたちには楽しんでもらえたみたいだ。
「おねいちゃん。よむの、じょうずだね」
「ありがとう! 」
思わずこっちも笑顔になってしまう。
なんて、良い子たちなんだ。
アタシ声優とかもいけんじゃね?
保育士さんから丁寧なお礼を受け、帰ろうとバッグを手に取った時だった。
「かわいい! 」
女の子の弾んだ声に振り返る。
五歳くらいの女の子の小さな指が、ぶら下がったキーホルダーをちょんちょんと揺らしていた。
泉さんから北海道のお土産で貰った、馬の上で猫がぐでっと寝そべっているキーホルダーだ。
女の子はキラッキラした目で猫ちゃんをつつく。
……なんか、嫌な予感しかしないんだが!
「これ、いいな」
次の瞬間。
ガシッ。
女の子は迷いなくキーホルダーを握りしめた。
おい。
アタシの宝物を当然のように自分の物にしようとするんじゃない。
「お嬢ちゃん。これは、お姉ちゃんの大切なものなのよ……」
あぁ すぐに泣きそうな顔をしないで。
「それはお姉さんのだから返そうね」
保育士さんが優しく声を掛けてくれるも、逆効果になったのか、女の子はキーホルダーを胸に抱え込む。
「いや。これが良い」
断固たる意思表示!!
1ミリも返す気なさそうで、ぴえん。
「こ、これ以外なら、何でも上げるよ」
「じゃあ、八乙女ちゃんをいただこうかしら」
突然の一条先輩カットイン!! にこにこと笑っているけれど……
泉さんを見てみれば――
うっわ。
ポーカーフェイスは崩れていない。ただ、目のハイライトだけ消えてらっしゃる。
早く、一条先輩を止めなければ!
「いや、一条先輩は関係ないじゃないですか! 」
「関係ないかな? ね。マコちゃん」
くっ……『マコちゃん』を強調すな!!
「関係ないです!! 」
思わず強めに言ってしまった。
「天音……わ、私はどうなるんだ……」
オロオロしながら橘先輩まで会話に入ってきた。
ん?
さっきから泉さんは女の子とキーホルダーを交互に見て、そのまま黙り込んでしまった。
……珍しく困ってる。
「泉さん? 」
小さく名前を呼ぶと、泉さんは少しだけ唇を結んでから、
「……無理に、取り返さなくてもいい」
ぽつり、と呟いた泉さんの表情を読み取ることは出来なかったけど、声は少し掠れて震えていた。
「え? なんで?? 」
なんで、そんなこと言うの? 泉さんから貰った大切なプレゼントだよ? なんで、取られなきゃならないのよ……やだよ。そんなの
「や、八乙女さんは。あげられないから……」
泉さん。好き!!! でも、そのセリフは先輩たちには、バラしてるもんだよね……
小さくため息が出てしまったが
「お嬢ちゃん。大切にするんだよ」
名残惜しさを限界まで感じつつ、バッグからキーホルダーを外す。
女の子は、きょとん顔になったあと、宝物を見つけたみたいに顔をパッと輝かせた。
「ありがと! お姉ちゃん!!」
泉さんからのプレゼントだから本当は渡したくなかったけど。『八乙女さんは。上げられないから』を聞けたのが嬉しい!
「ちぇ。八乙女ちゃん、無理か」
大して残念そうな顔もしてないくせに……どれだけ泉さんの嫌がる顔が見たいんだ、この先輩は。
「天音! じゃあ。やっぱり、私しかいないな! 」
「はいはい。美鈴で我慢しますよ」
「あぁ 我慢してくれて、ありがとう! 」
橘先輩は満面の笑みだけど、喜ぶところなのか、それ。
児童館を出ると、すっかり暗くなっていた。11月も半ばになり肌寒い中、4人で駅まで歩く。
「やっぱり子どもは、可愛いな! 」
橘先輩が、学童保育のボランティアを定期的に、やってる理由が分かる……ずっと、キッズたちと遊んでたし、キッズが好きなんだろうな。
「美鈴は、可愛くて小さい子が好きだもんね」
ドッジボールで橘先輩が叶乃を狙わなかった理由も分かった……
この人、ちびっ子に弱いんだ。
「八乙女。あの、キーホルダーは、そんなに大事なものだったのか? 」
「え? まぁ……めちゃくちゃ、大事でしたけど」
「そうか、悪い事をした。私が毅然とした態度で窘めておけば良かった」
頭下げすぎでしょ? コンタクト探してんのかよ!? って、思ったじゃんね。
「橘先輩。直角やめて、マジ顔上げてください! アタシ、怒ったりしてませんから」
「そうよね。また、マコちゃんに買ってもらうなりすれば」
相変わらずクスクスと、人の反応を楽しんでるな……一条先輩は。
……ん?
アタシ、一言も泉さんから貰ったなんて言ってないんだけど。
一条先輩なら、分かってて言ってるんだろうな。
「今日は、ありがとな! 助かった」
「いえ。アタシらも、楽しかったですよ」
「いつでも。遠慮せず、生徒会室に来ていいからな」
「一条先輩が、いない時に行きますね」
「残念。美鈴がいる所は、だいたい私もいるわよ」
どんだけ仲良いんだよ、この二人!
「マコちゃん。なんか、楽しそうね」
さっきと違って、一条先輩の声音は少し優しかった。
「いえ、別に」
「そ。じゃ、私たちは方向別だから」
泉さんと二人で『お疲れ様でした』を言う。小さく手を振る一条先輩と、大きくブンブンと手を振る橘先輩。
なんか、あの二人。雰囲気が出来上がり過ぎてて、ちょっと羨ましい。
先輩たちの姿が見えなくなる。残ったのは、アタシと泉さんだけ。
……急に意識するなって方が無理でしょ。
「泉さん。やっと二人きりじゃんね」
「……うん」
「恋人タイム……」
言い終わる前だった。泉さんに、サッと手を取られる。
「え? 」
そのままギュッと握られた。思わず隣を見る。
泉さんは前を向いたまま。ただ、少しだけ握る力が強い。
……なにそれ。アタシの顔、今めちゃくちゃ赤いよね?
こっち見ないでよ……
「手。痛い? 」
泉さんが前を向いたまま聞いてくる。
「大丈夫だよ」
そう答えた瞬間だった。
ふと、繋いでいた手が緩んだ。
驚く間もなく、アタシの指の隙間に泉さんの指が滑り込み、深く、強く絡められる。
恋人繋ぎ……歩いてる時は初めてかも……
「泉さん? 」
「八乙女さんは、あげないから」
あっ……はい。貰ってください……アタシもギュっと握り返した。
駅に着くも、ホームは部活帰りの高校生や会社帰りの人たちでいっぱいだった。
電車に泉さんと乗り込むも、思った以上の混雑に、押し寄せる人波で体勢を崩しそうになる。
その瞬間。
肩を引かれた。
「こっち」
肩を引かれる。人波から庇うように、泉さんがアタシの前へ立った。
距離が近い……ハグする時は、よし! 今からハグだな!! って、準備が出来る。
でも今は違う。
準備もないし、人もたくさんいるから、いつもより余計に泉さんを意識してしまう。
「本当に良かったの? 」
泉さんは小声で話し掛けて来た。
「良かったの? って、キーホルダーのこと?? 」
「そう」
良かったとは、思ってないけど、アタシは上げられないじゃんね
「ほかに選択肢なかったし」
本当は渡したくなかった。
初めて泉さんから貰ったものだよ。どんな形だろうと失いたくはなかった。
アタシが一人の時に女の子から『欲しい』言われても、大人げなく、絶対ダメ。って、言ってる自信しかない。
突然の電車の揺れにバランスを崩しそうになるも、泉さんが支えてくれた。
近い……近いって。普段より、この距離感が、なぜか恥ずかしくなってくる。
「そっか……」
電車が駅へ滑り込む。ブレーキ音が響く。
泉さんが何か言っているのは分かったけど、小声で話してるぶん、アタシには聞こえなかった。
「え? 」
泉さんに顔を寄せる。泉さんも少しだけ顔を近付けた。
耳元で囁かれる
「今度、キーホルダー買いに行こ。お揃いの」




