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女子高の王子様は、アタシにだけ重すぎる   作者: ちーよー
泉 真琴 ギルティ・プレジャー
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50/72

第50話 泉 真琴 シングルエモーション ②

 カーテンを引いた。金属製のリングが擦れる「シャー」という音が室内に響く。

 カーテンが閉まった瞬間、世界は急に狭くなる。私と八乙女さんしかいない世界


「え?『シャー』って、音はデジャブ?? 」

「なにが? 」

「いやいや。なんで、普通にカーテン閉めるの? 先生いたじゃんね」 

「……視界には、入ってないけれど」

「じゃ。アタシが見たのは幽霊? 」

「幽霊の話はやめて」

「もう、めんどくさいなぁ」


 八乙女さんがカーテンを開けると、一気に世界が広がってしまう。

 先生の後ろ姿しか見えないけれど、椅子に座りコーヒーカップを持っているように見えた。



 どこまで聞かれたのか……



先生シロちゃん! アタシたちの話、聞いてました? 」


 先生は、足の先で床をけだるげに蹴り、椅子ごと後ろを向いた。

 コーヒーを口に含むと「ふぅ~」と、深く息を吐き出す。


「寝てたから、少しよ」

「少しって、どのあたりですか? 」


 保健室の先生が大事な球技大会中に寝ていた……何回かお世話になった事はあるけれど、そんな先生には思えない。


「『失礼します』くらいから」

「超序盤じゃないですか! プロローグもプロローグ!! 」

「大きい怪我なら、すぐに出ていったけど、そうでもなさそうだし」

「まぁ。軽く捻っただけですけど」




 白石先生は、机に置いてある眼鏡を掛けると、面倒臭そうに続ける。


「聞こえたとしても興味ないし……ベッドメイキングしてる時にイチャつき出すのが悪い。出るタイミング失った」


 そう言いながら、こちらをちらりと見る。


「それに。保健室で押し倒すのはダメ」

「保健室『で』って、ことは、他なら大丈夫ですか? 」

「それは、私の言うことじゃないわ」


 白石先生が八乙女さんを見ると、八乙女さんの顔が赤くなっていく。


「私は、先生に知られても、構ないけれど」

「泉さん! 」

「付き合っている事実は変わらないから」


 八乙女さんの顔が曇る……白石先生はその空気を察したのか。少しだけ面白そうに笑った。


「へぇ。一人はバレてもいい派で、一人は隠したい派か」


 そして白石先生が何気なく言う。


「好きな相手と付き合えた直後ってさ……」

「直後が、なんですか? 」


 八乙女さんが、先を急がせるように口を挟んだ。


「相手のこと好きすぎて、自分と同じ気持ちだと思いがちなんだよね」


 その言葉に、私も八乙女さんも固まってしまう。


「じゃ。先生は、球技大会の様子観に行ってくる」


 白石先生が出ていくと、一気に静かになり温度が下がったように感じる。



「泉さん。怒ってる? 」 


 どういう意味で言ったのかは、すぐに理解出来た。


「怒ってない」

「ほんと? 」

「……少しだけ。私は隠されるのが嫌」

「うん」

「恋人なのに、恋人じゃないみたいだから」


 八乙女さんはしばらく黙ったかと思えば、クスッと小さく笑う。


「逆なんだけどね」

「逆? 」

「さっき。言ったかもだけど、アタシは恋人だから隠したい」


 私には共感出来ない感情だ……


 八乙女さんは、視線を斜め下に泳がせながら、ジャージの裾をギュっと握り締めた。


「だって特別じゃんね」

「特別? 」

「そ。みんなと同じように見られたくない」


 どういう事なのか分からない。八乙女さんを、みんなと同じになんて見たことがないから。


「二人だけが知ってる方がドキドキする」




 そうか……八乙女さんは恥ずかしいから隠したいんじゃない。秘密を共有すること自体が愛情表現だったんだ……それでも


「私は。八乙女さんの恋人だって言いたい」


 困らせたくて言ったわけじゃないけれど。八乙女さんは、無垢で純情で、本当に優しい笑顔をするよね。


「それも分かってる」

「分かるなら」

「でも、今はまだ」


 八乙女さんは周囲を確認してから、そっと私の袖を引く。


「泉さん」

「なに? 」

「誰も見てないから」


 八乙女さんとは対等なんて、無理だと思っていた。


「今だけ恋人しよ」


 そう言って、私の肩にもたれ掛かる。世界で一番、優しく温かく……罪深い重み。



 八乙女さんの真っ直ぐな瞳を見るたび、私の奥底にある「支配したい」と「支配されたい」という濁った本音が、声を上げそうになる。

 いつから、こんな感情を私は持つようになったのだろう?


「八乙女さん」

「ん? 」


 ズルいと思いながら。可愛いの方が勝ってしまう。



「ぎゅー。して、良い? 」 

「今は、良いよ」



『今は』……二人だけだから。私と八乙女さんしかいないから。


 八乙女さんの体に腕を回し、壊してしまいそうなほど強く、ぎゅーっと抱き締めた。

 対等じゃなくてもいい。私の自由も、意志も、全部八乙女さんの腕の中に閉じ込めて、奪ってほしかった……もう、奪われてるのかも知れないけれど。


 八乙女さんは一瞬だけ苦しそうな顔をしたあとに、優しく私を抱き返した。


「前に。もっと、強く抱き締めて良いよ。言ったから? 」

「苦しい? 」



 私の背中に回った八乙女さんの手が、ゆっくりと、あたたかい温度で上下する。


「大丈夫だよ」


 その仕草も声音も匂いも全部閉じ込めたい。

 私の心は完全に平伏している。

 八乙女さんはきっと、私を対等なパートナーとして、見ているかも知れないけれど。

 この圧倒的な優しさに包まれている時、私は確かに、八乙女さんの完璧なまでに支配下に置かれている。

 それが狂おしいほどに心地よくて、私は八乙女さんの首筋に、深く顔を埋めた。



「押し倒したら。噛むからね」

「私の首筋を? 」

「……それも。良いじゃんね」


 否が応でも妄想してしまう。私の首筋に綺麗な歯を立てて……妖しく笑う八乙女さん。首筋に残された熱のせいで、一日中、八乙女さんのことしか考えられなくなるくらいに。

 もう、なってはいるのだけれど。目に見える形でも欲しくて仕方がない。



 そして、私も八乙女さんの、細く白い首筋に……  


 あと、数秒ドアが開くのが遅かったら、本当に押し倒して跡を付けていたかも知れない。



 パッと私から距離を取る八乙女さん。これが、『彼女』の言う『ドキドキ』なのだとしたら、私にとっては、残酷な罰でしかない。


 好きなればなるほど苦しいのは、付き合う前も付き合った後も変わらない。

 付き合った。と、言う既成事実があるだけ、こちらの方が苦しいかも知れない。



「八乙女。無事だったか」


 ドアを開けた白石先生に、私は淡々と事実を告げる。


「白石先生が、あと数秒遅れていたら、押し倒してました」

「泉さん!? 」


 先生は焦る様子もなく、むしろ可笑しそうに鼻で笑った。


「別にどっちでも良いけど、二人きりになりたい。からって、保健室に来るのは勘弁してくれよ」

「それも良いですね」

「だから、泉さん!! 」

「泉。振りで言ってる訳じゃないからな」


 白石先生は机の隣に置いてある救急カートの引き出しから湿布とタオルを取り出した。


「八乙女。脚、見せてみろ」

「え? 今さら?? さっき、見てくださいよ」


 八乙女さんの踵を持ち、タオルを優しく押し当てるようにして、表面の水滴を吸い取る。……手当に必要な行為でさえ、心の中ではあまり触ってほしくない。と、思ってしまう。



「初期手当てが良かったからか。湿布貼っときゃ、一週間くらいで治るだろ」


 白石先生は私と八乙女さんを交互に見ると、湿布を私に手渡してきた。


「アイシング辞めて。15分くらい経ったら湿布張ってくれ」

「え 先生シロちゃんは、やってくれないんですか? 」

「さっき。タイムスケジュール見てきたけど、バスケ、もうそろそろだろ」


白石先生は私ではなく、八乙女さんを見て言った。



 バスケの試合……忘れていた。今となっては、どうでも良いのだけれど。


「ドッジボールも気になるし、泉さん。行くよ! 」

「え? 八乙女さん、動いても大丈夫? 」

「平気、平気。先生シロちゃんありがと」

「失礼します」


 廊下に出るなり八乙女さんに声を掛けた。



「おんぶしようか? 」

「次、試合でしょ。良いよ」

「私の為の理由なら、理由にならないよ」


 八乙女さんは、一瞬の間を空けて微笑んだ。


「ありがと。体育館の前で降ろしてね」

「……分かってる」

「その代わり」


 言葉を区切ると、私の背中に身を預ける八乙女さん。


「体育館出たら、またお願い」

「二人きりだから? 」


 八乙女さんの吐息が耳をくすぐる。


「秘密」


 その言葉だけで、十分だった。

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