第45話 八乙女メル 告白 ②
「うっわ。ひっどい顔」それに……
熱で潤んだ瞳と、泣き腫らして真っ赤になった目元……アタシの大好きな、あの涼しげで綺麗な顔を、アタシは自分の手でめちゃくちゃに壊してしまったの?
「上がるよ」
「なんで……来たの? 」
「え? 昨日言ったじゃん。明日も欠席するようなら、放課後来るって」
「……だって、私は」
「いちおう、RINEは来る前にしたからね。未読二件。続いてるあとに」
だるっ……九発目
「とりあえず、中に入らせて。お邪魔します」
そのまま泉さんの部屋へと入ろうとするも『ダメ!』と、必死にドアノブを握られて、止められた。
だるっ……十発目
「うるさい! どいて。……ってか、どけ!! 」
泉さんに大きい声で命令なんて初めてしたよ……当たり前にしたくはなかったけど。
アタシの声と気迫に気圧されたのか、ドアノブに掛けられていた手の力が緩んだ。
覚悟を決めて開けたドアの向こうは、アタシの知る「泉さん」の世界ではなかった。
家に上がる時に泉さんを見た時から、想像はしていた……してはいたけど……鼻をつく、ツンとした酸っぱいニオイ。風邪だけのせいじゃないよね……
「派手に散らかしちゃったね」
床に力なくペタンと座りこんだまま、泉さんは俯いたままだった。
あちらこちらに散らかった衣服、バラバラに散らばった小物類。そして床のあちこちに広がる……生々しい吐いた跡。
なんで……それでも、出窓に置いてある……アタシが上げたものだけは、綺麗にラッピングされたままなのよ……
泣きそうになるアタシを必死に奮い立たせた。
ダルいって……十いち?
「泉さん……シャワー浴びて」
びくっと肩を震わせたあと、アタシを見上げた。
逆にしゃがみ込み、泉さんと目を合わせる。
学校中の女子が憧れる「王子様」の面影なんて、どこにも残っていなかった。
顔も酷いし、服も吐いた物で汚れていた。
もう、今でも良いか。
「好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き! 」
十一回。言えたかな。マイナスな感情になった時は、プラスの感情、『好き』に変えて伝えれば、これからは、上手くやっていけるはず。
「こんなになるくらいなら、アタシの事を諦めなきゃ良いじゃん。何、勝手に諦めて自暴自棄になってんの? あんな自分勝手なキスで終わらせるな! 」
バカじゃん……
思わず、泉さんの両頬をビシッと叩いてしまった。
ごめんね――泉さん。
「だって、私の『好き』は、八乙女さんの『好き』とは違う」
「アタシ、恋愛経験ゼロだし。言ってくれなきゃ分かんない、どう違うのよ」
アタシが掛けてしまった呪いに、泉さんもアタシも掛かっちゃってたんだよね。
「れ、恋愛……」
「恋愛? 」
「た……対象」
「対象として? 」
「……大好き!! 」
泣き崩れる泉さんを、アタシなりに優しく抱き締める。
「だから、同じじゃんね」
泉さんを落ち着かせようと、髪に指を優しく絡ませて、ぎゅっと強く抱き締める。
「恋愛対象として好きかどうかは、少し前からずっと考えてた。でもさ、泉さんが他の誰かと付き合うの想像したら、無理だった」
アタシなりに考えて、考えて、出した答えだ。
「恋愛対象として。泉さんが大好きだよ」
言葉にならない……泣きじゃくる泉さんを、ただただ抱き締める事しか出来ない。
「だ……れんあい……たいしょで…好き……に……ならない……って、言った」
「ねぇ。何で、アタシが昨日帰ったのか、分かる? 」
「わっ……わた……し……キスっし……から」
泉さんは嗚咽混じり。途切れ途切れの呼吸の合間に、言葉を挟んだ。
苦しいなぁ……胸が引き裂かれる……ごめんね。泉さん……アタシが何にも分かってなくて。
「違くないけど、違う。アタシはアタシの気持ちを無視して、無理矢理されたのがムカついたの」
「ごめ……ん、なさい……っ」
何度も何度も声を詰まらせ、鼻をすすり。掠れた声で泉さんは謝罪の言葉を口にした。
「ねぇ、泉さん。アタシは泉さんと対等に付き合いたい。あんな、強引なキスを受け入れちゃったら、付き合った後に対等な関係でなんかいられない」
「……たい、とうなんて……っ、むり、だよ……っ。……わたし、すき、すぎるから……っ!」
だるっ……いち
「『好き!』 じゃあ。アタシがどれだけ、泉さんを好きか知ってるの? 毎日の天気なんか、泉さんの一言で、晴れにも雨にもなるんだけど!! ってか、アタシが好きってアピってたって、何にも反応してくれなかったじゃん!! 当たり前みたいなクールな顔しちゃってさ!!! 学校中の女の子から注目浴びて、告白も何回もされて、アプローチも毎日のように受けてて……それを隣でアタシがどんな気持ちで見てたか知ってるの? 誰も泉さんには近付いて欲しくなかったし、告白なんてさせたくないし、聞かせたくもない。アタシだけの泉さんでいてよ!! 」
一気に喋ったから脳に酸素が…………ふぅー
思いっきり息を吸う。はぁ〜 思いっきり息を吐いた。
「恋愛対象として、泉さんが好きだよ。アタシと付き合ってくれる? 」
もうこれは、泉さんがアタシの事をどう思ってても
「アタシは、もう好きだから」
泉さんの目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。手の甲で涙を拭っても、次から次へと溢れ落ちる。「わた……し……もう……無理だと……おもって」しゃくり上げる声に言葉が遮られながらも、泉さんは何度も深く頷いた。
いつもの凛とした佇まいはどこにも残っていなかった。でも、そんな泉さんがとても可愛く思えた。
泣きじゃくる泉さんの顔が近付いてくる。涙で潤んだ瞳も、赤くなった鼻の頭も、汚れた髪も服も。全部アタシのせいで、突き放すなんて出来るわけがない。
出来る訳がないけど……
「待て! 」
びくっと肩を震わせて固まる泉さん。
「唇が痛いの」 ワセリンを塗った部分を指差すと、シュンと困り眉になり「ごめんなさい」と、呟く泉さん。
それでも、アタシにキスしたいのか、今度はソワソワとしだす……なんか、本当に大型犬みたいだな。
「今日は、これで勘弁してよね」
泉さんの髪を指先で梳かしながら、引き寄せるようにして顔を近づける。鼻先を泉さんの形の良い、少し赤くなってる鼻先に、ちょんと重ねた。
シャンプーの匂いも香水の匂いもしない……吐瀉物や汗の生臭い匂い。それでも、泉さんから発する泉さんだけの匂いは、アタシの心に優しく染み込んでくる。
少し顔を離すと、恥ずかしさが込み上げてきた。熱を帯びた鼻先を思わず、こすった。
きつく結ばれていた泉さんの唇が、不意に柔らかく緩むと、吐息のような笑いが漏れた。
やっぱり、泉さんって、笑うと
「めちゃくちゃ可愛いじゃんね」
何度もアタシたちは鼻先を合わせた……
「シャワー浴びたら、アタシと一緒に掃除しようね」
10月26日、月曜日。晴れ。
花火大会でもクリスマスでも、二人の誕生日でもない。
何でもない日がアタシたちの特別な日になった。




