第44話 八乙女メル 告白 ①
教室のドアを開けた瞬間、いつもの席に直行しながら、とりあえず一発目の「だるっ」をかましてしまった。
普段のアタシならオーバー気味にクラス全体に向かって『おは!』で、入っていく。
すぐに週末のスクショ大会を見せ合っていたクラスメイトたちから『ネイル』やら『リップ』やらについて、褒め合いが始まり『可愛い』の過剰摂取になる。
過剰でもないか? 実際可愛いし。
バッグを自分の机にドサッと置くと、本格的なクラスメイトとのトークが開始する。
月曜日はとくに、クラスメイトのメイクやヘアスタイルの、変わり映えに気が付きやすい。
ぶっちゃけ、アタシはそのへんの察知能力はバケモンクラスだと思う。誰々の、何処の部分の、何処が、どう変わったか。褒めることと一緒にして伝える事は得意だ。
週末にクラスメイトたちが、別の場所で楽しんできた「カワイイ」を持ち寄って、ただひたすらに褒めちぎり合う……日常。なんか、その日常が、今日はだるいな……二発目。
「八乙女。おはよ」
「優梨、おは」
教室に入ってくる時も視線の端で確認はしたけど、その席には誰も座っていなかった。
「あれ? 唇。やけにテカってね? 」
「あぁ……白色ワセリン塗ってるからかも」
「どした? 」
「うーん。ちょっと……ドデカ感情持った大型犬に噛まれた」
「こわっ 」
実際に噛んだのはアタシ自身なんだけど。噛まれたのと一緒じゃんね。
「ピアスも右だけ落としたのか? 」
「……みたい」
クラスメイトたちが楽しそうに話してるのを、何処か遠くから眺めてる感じが今日は強い。
「泉……休みかな」
「たぶん……ね」
アタシは察しが良いと、自分では思っていた。でも、それは外見や匂いと言った、五感で感じるものに限った事だったのかもしれない……
「なんかさ。アタシって、いつまでもアタシしか見てないんだな。って、気づいちゃった」
「なんそれ? 」
「いや、深い意味はないけど」
泉さんの気持ちに全く気が付いてなかった訳では無い……と、言うか。同じ気持ちだったら嬉しいな。って、言う期待はしていた。その、期待があったから、アタシに対する泉さんの言葉や仕草を、好意的に解釈して、勝手にアタシが受け取っているだけだと思っていた。
泉さんは、いつからアタシのことが好きだったんだろ?
中山に言った「好きな人」って、アタシのこと?
「おはよー」
「叶乃、珍しいね。遅刻ギリギリでもないなんて」
「推しの配信が、耐久で7時までやってたから」
「黛。授業中、寝るパターンか」
「ユーリン甘いね。今から寝る……ってか、めるちの朝食フライドチキンだった? 」
叶乃は唇を指差してくる。そんな、テカってて目立つのかな? 塗り方考えないとダメか。
「それな。訳なくね? ドデカ感情持った大型犬に噛まれたんよ」
「フライドチキンの奪い合いで? 」
「フライドチキンから離れてくれない?? 朝から重いて」
「脳はスッカラカンだから、脳にはちょーど良いよ? 」
「はよ、寝ろ」
だる、だる、だる、だる 三、四、五、六発目。
授業はいつもと変わらない感じで受けてはいた。アタシの今の感情って、なんなんだろ? どんな状態にアタシはいるんだろ?
小テストのプリントを優梨から受け取る。
……泉さんはプリントを後ろの席に回す時、かならずアタシの方を見て、目を合わせてくれていた。
目が合って、お互いに小さく手を振り合う……
それも、文化祭以降はしてくれなかったよね。
本当に用事があったから、帰ったの? アタシから離れたかっただけ? アタシが好きだから??
テストの順位が悪かったのと、アタシは関係ある? アタシが好きで悩んでた……??
本当にアタシのこと……好き? れ、恋愛対象で??
文化祭の泉さんの逃走劇以降、聞きたいことは山ほどあった。
テスト勉強の邪魔はしたくなかったし、『好きな人』がいる。って、知って、話し掛けづらかったのもある。そんなの関係なしに、アタシから勇気を出して、話し掛けていれば良かった。
泉さんのお母さんから風邪を引いてることを聞いて、泉さんを心配する気持ちに嘘はなかった。
それでも『弱ってる、泉さん。チャンスかも』って、やっぱりアタシの気持ちを優先して動いてしまってたんだ……ごめんなさい……泉さん、ごめん。
いっぱいいっぱい傷付けたんだろうな……泉さんの本物の感情にすら気付かずに、アタシの事ばっかり押し付けて……
放課後のチャイムが鳴り響くと、すぐに優梨が振り返ってきた。
「八乙女、帰りどっか行く? 」
「なんで? 」
「黛とモール行くからさ」
「あぁ……パス。大型犬と、じゃれ合ってくるわ」
「そっか。頑張れよ」
「意味分からんし……」
さてと、泉さんに家に行きますか。だる……七発目
なんて言えば良いんだろ? 最初のひと言目って、難しくない?
『風邪、大丈夫? 』『お粥、食べられた? 』『良くも二時間放置したよね?? 』『アタシの何処が好き? 顔?? 』『ガチ恋バトル……しよ』
いや、ないわ……二時間放置されたのだって、待ってる間は不安もあったけど、泉さんなら必ず開けてくれる。って、勝ち確みたいなとこあったもんな……なんで、そんな確信めいたもんがあったんだ?
でも、泉さんを待っていた時間は嫌いじゃなかった……いや、泉さんだけを考えていた時間は好きだった。
全面ガラスの超ゴツい自動ドアが開く。天井高すぎだし、ラグジュアリー系ホテルのロビーとかって、こんな感じだよね。
昨日も来たし来るの三回目だけど、圧倒されてしまう。
昨日はたまたま泉さんのお母さんと鉢合わせになったから、そのまま入れた。今日は、エントランスのインターホンを鳴らすしかないか。
泉さんの部屋番号を入力して呼び出しボタンを押した。
出てくれないと、アタシは軽犯罪を犯して入ることにするから出てくれ〜
『八乙女さん? 』
『開けてもらえる? 』
『どうし』
『後ろにも人がいるから、早く! 』
だる……八発目
「ピピッ」の音と、ともに、「解錠しました」のアナウンスが聞こえてきた。
ドアは開いたし、なんとか第一関門は突破した。そのままエレベーターに乗り込み、最上階で降りる。
また二時間、待たされたりするのは、マジ勘弁だからね、泉さん!!
玄関のインターホンを鳴らす……ガチャ。と、すぐにドアは開いた。




