第38話 文化祭 ⑥
調理係の皆は椅子に座り、顔色は完全に疲れ果てていた。
「お疲れ様 泉さんは?? 」
「お疲れ様 教室に行った」
調理室で待ってる言ってたけど、同中の子たちと話に行ったのかな?……いや、泉さんなら、その可能性は少ない。
「アタシも教室行ってくる」
「八乙女さん。お願いあるんだけど」
調理室から出ようとするも引き止められてしまった。
「どしたの? 」
「この、配膳がラストなんだけど、カフェに持っていって欲しい」
「あーね。良いよ! 疲れてるだろうし、後片付けもあるもんね。アタシ持っていくよ」
「助かる! 出来上がったのは、ワゴンに乗っけてあるから。お願いね」
ワゴンの持ち手に手を掛けようとすると、衣装が掛かっていた。
誰か着ようとしてたのかな? 貴族風ご主人様コスプレ……せっかくなら着ちゃおうかな。
「これって、着て良いの? 」
「え? 逆に見たいんだけど!! 」
とりあえず着てみた……光沢のある生地で仕立てられたロングタキシード、アタシに似合うのかな?
「どう? 」と、みんなに声をかけると、調理室にいた、他のクラスや先輩方からも歓声が湧き上がった。
「中世の絵画から抜け出してきた? 」
「なんか、娘役トップスターの人が男装の麗人を演じてるみたい」
ちょい不安だったけど、こういうのもアタシ行けちゃうんじゃね?
ポニーテール何かにしちゃったりして、ますます麗人っぽいでしょ。
「とりま、行ってくる」
これ、泉さんは何て言ってくれるかな。ワクワクと、ドキドキが止まらん。
教室のドアを開けてバックヤードへと入る。
「ラスト持ってきたよ」
バックヤードに入るなり、調理室と同じような反応が返ってくる。
簡易的なパーティションの仕切りしかないのに……声デカいよ、みんな。お客様にも聞こえちゃってるでしょ。
「ね。泉さんは? 」
「めるちのこと、ご主人様って、呼んでいい」
「呼ばんで良いから、泉さんは? 」
「接客してるよ」
「接客? なんで?? 」
「メイドさんの一人が疲れ過ぎて。ダウンしたんよ」
「ガチ? 大丈夫なん?? で、何で泉さんが」
「ごめん、私。盛り付けあるんだ」
皆の手を止める訳には行かないけど、泉さん見たいな……え? 接客ってことはメイドさん?? あのクラシカルメイドさん着てる!?
パーティションを少しだけズラす……うぎゃ!
後ろ姿だけで尊みが限界突破して、鼻血出そうになるんだが!!
神スタイルのクラシカルメイドさん!!!
ちょっと待って。 シルエットだけで優勝してるんだが?
背中のリボン結びが愛おしすぎて、抱き着きたくなる。 いや待て。
でも今日のキャッチコピーは
『境界線を飛び越えろ』 今しかない!
ふぅ〜 大きく息を吐いた。 よし、イケるイケる!!
意を決して、パーティションから出ると、泉さん目掛けて歩み出す。
一歩一歩進むたびに鼓動が大きく速くなっていく…………目の前には完全無敵のクラシカルメイドさん!!
「だ、だ〜れだ! 」
マジごめん。抱き着くのは出来なかった……でも、目隠しは出来ちゃったもんね。『八乙女さんでしょ。ったく〜』言われてーー
「めるちょ……今、それ違うと思う」
「へ? 」
泉さんの完璧な後ろ姿ばかり見てたから、状況把握してなかった……目隠しをしたまま、泉さんの肩越しから見えたのは。同中の友達6人が円になって座ってた。
なんだ、このメンツの空気感。オワリ散らかしてるじゃんね……
泉さんがアタシの目隠ししていた、手を振り解いた。一瞬しか見えなかったけど、振り向く泉さんの目には涙が浮かんでいた。
「え? ちょ。泉さん!! 」
泉さんは、そのままカフェを飛び出して行った。
「おい! 泉!! 」
コイツ! 泉さんがメイドか、執事か、聞いてきたやつだ!!
「お前! 泉さんに何した!! 」
泉さんを追いかけようとする男子の肩を思いっきり引っ張る。
「な、何もしてねーよ! 」
コイツに聞くより、まずは泉さんを追い掛けるか! 他にもお客様いるのに、抑えられない……ゴメン、みんな。
「お前! 泉さん見付けた後に、ぶん殴るから!! 」
「俺も探」
「うっさい! アタシが行く!! 」
話を聞いた優梨とかも探してるらしいけど、泉さんを見付けられないまま、時間だけが過ぎていく……体育館は軽音部のライブで盛り上がってたし、校庭には屋台とかあるから、ここも人が多い。
泉さんが行くとしたら、人混みは避けるはず……離れ校舎? 泉さんに人が空いてるところ。って、聞かれたっけ? 行ってみよう!
離れ校舎に着くと、遠くから楽しそうな声や音楽が聞こえてはくるけど、文化祭とは無縁な空気を感じる。
空き教室を順番に見ていく。泉さんは一番端っこの空き教室で机に突っ伏していた。
良かった……とりあえず、優梨に送るか。
『泉さん。離れ校舎にいたから、後はアタシに任せて』
さて、ここからどうしよう? 何があったのか聞いても良いのかな……驚かせないように、そっとドアを開けて、少しずつ近付く。泉さんはまだ起きない。
「普通逃げるのは、お姫様が多いじゃんね」
近づき声を掛けた。泉さんはビクッと体を震わせたかと思うと、パッと顔を上げた。
「八乙女さん……」
泉さんの隣に座る。
「メイドが逃げたらご主人様に怒られるよ」
「ご主人様って、来場者?」
「うーん……アタシ? 」
「本当だ。八乙女さんコスプレしてる……」
「アタシのどう? 泉さんのメイド姿、完璧だよ。可愛くて究極のメイドさん」
「八乙女さんも……完璧……だよ」
なんか普通に会話してるだけなのに、心がくすぐったい。
「八乙女さんが、ご主人様なら……メイドになろう……かな」
「喜んで、雇わせて下さい! 」
泉さんに『お嬢様、紅茶をお淹れ致します』言われて、フィナンシェを『あーん』して欲しい……いや、幸せフルセットかよ!
ダメだ……別な話をしないと、雰囲気に飲まれて『好き』って、告白しちゃいそうになる。
「ね。この離れ校舎って、女の子の幽霊出るって噂あるよね? 」
「え? 」
「なんか、何十年か前に通ってた生徒が病気で」
「やめて!! 」
体を小さく丸め、目を瞑り両耳をふさぐ泉さん……待って? こういう話は苦手だった?? だから、お化け屋敷も……
「う、噂だから。ぜんぜん大丈夫だって」
「やだ。怖い……」
ゴメンだけど。小さく肩を震わせ、怯える泉さんの心配より、可愛いが勝ってしまった……驚かせないように慎重に泉さんの髪を撫でる。
「大丈夫だよ。アタシが守るから」
「どうやって? 」
少し落ち着いたのか、アタシを見る泉さん……なんか、こうしてしっかり目が合うの。って、久しぶりな気がする。
「仲良くなる。アタシのコミュ力使って仲良くなるよ」
『ぷっ』っと、珍しく泉さんが吹き出した。それだけでアタシは嬉しい。ってか、撫で続けて良いのかな?
「八乙女さんなら、本当に仲良くなりそうだね」
「そうだよ。泉さんとも仲良くなったし」
泉さんの静かに微笑む顔は、何度見ても綺麗だ……
「さっきの男子……」
「うん。話しにくいなら、無理に話さなくて大丈夫だよ」
泉さんは静かに首を振った。
「同じ小学校だったでしょ」
「アタシ、なんとなくでしか、覚えてなくて……」
「……そっか。低学年の頃、しょっちゅう『デカ女』とか、からかわれていたから」
「やっぱ、アイツ。ぶん殴ってくる」
「今は、もう大丈夫だと思ったけど……」
「アタシ、ぶん殴るから」
泉さんの結ばれた唇の端が、ほんの少しだけ上を向いた。
「……ポニーテール……」
え、待って、無理……召されるって。会話の脈絡どこ行った? キスされんのかと思っちゃったじゃん!
泉さんは顔を少し近付け、アタシのポニーテールに、そっと触れてきた。
「髪サラサラ」
「う、うん……ちゃんと、毎日ケアしてるから」
ポニテの毛先ツンツン触られてる……今日は洗うのやめちゃおうかな……いや、ダメだ、洗ってケアしないと!
泉さんから触れられるのって、いつぶりだろう? もっと触れられたい……もっと、触れてきてほしい……
「ポニテ、可愛い。インナーカラーも……揺れるのも」
「……恋心も、揺れちゃったりなんかして……アハハ」
「え? 」
「え? 」
なんだ、このエアー感?? なんで、そんなにキョトン顔するの!! 本音を隠した冗談だよ!? 恋の隠し味的な! あっ ダメだアタシ……脳内お花畑なっちゃってる
『あーあーあー この放送は離れ校舎だけに届いてます』
カノ? なに、この放送??




