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第32話 ヒロイン


 明日には北海道を離れる事になるけれど、八乙女さんと会えるのは夏休み明けかな。


 結局、私には八乙女さんデトックスは無理だった。気が付けば、八乙女さんの事を考えている。

 会えない分、自分の妄想で出て来る八乙女さんが、どんな感じで私と過ごしているかを、本物の八乙女さんには言えない。

 言えない事を妄想しては、後ろめたい気持ちになる。でも、妄想が止まることはなかった。



 お風呂にゆっくりと浸かってから、気合いを入れてスマホを手に持ち、数十分。

 電話を掛けるだけなのに、何回も八乙女さんのアイコンをタップしては、ホーム画面に戻る。の繰り返をしてしまう。

 もし、私と通話したいなら、八乙女さんの性格だと、八乙女さんから掛けてくるはず。

 それがないってことは、別に私と通話したくないのか、ほかの予定で忙しいのか。


 スマホのアルバムアプリには、八乙女さんが自撮りしてくれた、写真が溜まる一方だ。

 一枚一枚をスライドしては、写る八乙女さんの可愛さに頬が緩みそうになる。

 その中でも、一番観てしまうのは、私の家にお泊まりした時に撮ったツーショット。

 八乙女さんと作ったハート……隣にいる八乙女さんが、一番可愛いく思える。


 他に自撮りして送ってくれた、お出かけコーデも浴衣も水着も、全部がキラキラしていて可愛い。

 と、同時に周りに写っている持田さん以外の女の子たちが邪魔だと思ってしまう。八乙女さんから離れてほしい。

 中学の時に一緒だった子もいるけれど、私が北海道に来ていなかったら、そこは私がいるべきはずだ。

 


 今の八乙女さんの隣には私がいる……もう、平気な振りさえ、出来ないところまで来てしまったのかも知れない。

 どこまで、私は隠し通せるのだろうか。



 スマホの時計表示を見れば23時前になっていた。掛けるかどうか逡巡する。八乙女さんから電話が来ないってことは、私のことはどうでも良いのかも知れない……八乙女さんにとっては、そのくらいの存在なのかも知れない。

 嫌だ、八乙女さんの中から『私』がいなくなるのは嫌だ。


 思わず八乙女さんのアイコン、通話をタップしていた。

 

 何をしているのか? 何を言おうか? 考える間もなく、八乙女さんは出てくれた。


『あっ。八乙女さん』

『ど、どうしたの? 』 

『どうしてるかなって? 』

『アタシも! アタシも、電話しようとしてた!! 』


 久しぶりに聞く、八乙女さんの可愛らしい声に安心するよりも、電話にすぐ出てくれた事に安心した。

 そして、リップサービスなのかも知れないけれど、同じ気持ちだった事に喜びを隠しきれない。


『ね、泉さん。ビデオ通話にしない? 』 


 八乙女さんの顔が観られるのは嬉しいけれど、久しぶり過ぎて、上手く喋られるか分からない。

 薄暗くした方が、私は喋りやすい。


『少し恥ずかしいから、照明は暗くして良い?』

『ぜんぜん良いよ! 』


 照明を落とし、スマホの明るさも押さえて、ビデオ通話にする。

 画面にはベッドの上でキャミソールにショートパンツ姿の八乙女さん。

 


 ボディクリームでも塗っているのは見て分かる。でも、真夏だし家の中とはいえ、開脚しながらの前屈は、胸の谷間が見えちゃってるし、太ももとか……どこを私は見れば良いの?


 なんで、八乙女さん。見えちゃってるように映るの!? もう少し画角を考えてほしい。


 目のやり場に困り、八乙女さんにも照明を落として貰う事にした。


 スマホから聞こえる、私の好きな声。八乙女さんと、いま繋がっているのは私だけ。

 離れているのに、淡い光の中、二人だけの世界。夢の中で繋がっているみたいだ。


 部屋を薄暗くしたせいか、私も八乙女さんの声も小さくなっていく。

 ベッドの中で内緒の話をしている錯覚に陥る。そのまま内緒のことを……八乙女さんと通話している時でさえ、イケナイ事が瞼の裏で始まってしまう。

 瞼を閉じれば、そのまま脳内では、いつもの秘密の上映会が始まる。


 夢でさえ、八乙女さんに会いたいけれど、会ってしまったら……どうなってしまうか自分でさえ分からない。

 夢なのを良いことに、やりたい放題してしまうかも知れない。

 夢なら、八乙女さんに嫌われてでも自分の欲を満たし、現実では何とか上手くやり過ごす……

 

 いっそ、嫌われて完全に拒絶されたなら、私はそのあと、どうするのだろう……

 0か100、本当の友達にもなれず付き合えないなら、絶望的にまで嫌ってほしい。

 私以外の誰かの隣で、楽しく笑ってる八乙女さんなんて見たくない。


 八乙女さんは、通話しながら、どんな顔をしているだろう? 

 薄暗くて分からないのもあるけれど、八乙女さんの顔を見る事が出来ない。


 私はいま、酷い顔をしてるはず。八乙女さんとの通話は楽しくもあり苦しくもある。

 『電話をしようとしてた』最初は八乙女さんと同じ気持ちだったのが純粋に嬉しかった。

 会話を交わすたび、自分の奥底に閉じ込めた感情がせり上がってくる。


 息が詰まる。


 勝手に好きになって、勝手に友達になりたがって、それでも足りないなんて。


 本当に自分勝手だ。



 ………八乙女さん? 話の途中で黙ったままになったけれど??


「八乙女さん? どうしたの?? 」


 反応がない……でも、微かな寝息は聴こえて来る。

 眠っちゃったのかな?  

 病気とかじゃなさそうなのは良かった。でも、タオルケットも何も掛けないまま寝てるんじゃ? 

 風邪をひかないか心配で、何回か声を掛けるも起きる気配はなし。


 早朝シフトって言ってたし、眠くなったんだろうな……八乙女さんの可愛らしい寝息に、荒んでいた心が少しずつ落ち着いて来る。ASMRって、言うんだよね。

 八乙女さんのせいだよ、こんなに醜い心になるのも、幸せで満たされる心になるのも。 

 八乙女さんは私にとって毒にも薬にもなるんだね。


 私が荒んだ心になった時に、常にこれを聞いていれば心が落ち着くのでは?

 録画して良いのかな?八乙女さんの許可もないのに。でも今は寝ているし……


 迷いに迷ったけれど誘惑に負けてしまい、画面収録をタップした。

 イヤホンを付ければ、八乙女さんの寝息が脳と心に入ってくる、本当に隣で寝ている気分になる。

 少し前にお泊まりしたけれど、ベッドと床に敷いた布団だからか、ここまで、隣にいる感覚はなかった。


 目を瞑り思わず枕をギュッと抱き締めた……これが、八乙女さんなら。

 柔らかく良い匂いのする、素敵な八乙女さんの髪に顔をうずめて、優しく頭を撫でたい。


 枕を強く抱き締めた。

 私を上目遣いして来る、八乙女さんを抱き締めたい……そのまま、オデコや鼻、唇に口付けをして、そのまま首筋に顔を埋めたい。少しずつ息が乱れる八乙女さんの——



 突然『ガダン』と——ダイレクトに聴こえて来たので驚いてしまい。パッと枕を手離した。


 私じゃなく、八乙女さんの方からか。スマホをみると、画面は真っ暗になっていた。

 ベッドからスマホを落としたのかな?

 起きたら八乙女さんに伝えよう……私も眠くなってきた。








 ん……眩しい……起きなきゃ……でも、今日は帰る日で馬房の掃除も無しにしてくれたから、まだ大丈夫なはず。


 背伸びをしスマホを手に取ると、画面に映った時計表示は7時前で、ビデオ通話も切れていた。

 覚えてないけれど、眠りにつく前に、私が切ったのかな? 

 あと1時間は寝ても大丈夫そう。八乙女さんも休み言ってたし、まだ眠ってるかな。


 昨日の録画した八乙女さんASMR聞いて微睡みたい。

 スマホを操作すると、少ししてから八乙女さんの可愛い寝息が聴こえてきた。


 なんて、素敵な朝なんだろう……毎朝、こうして起きられたなら、どんなに嫌なことがあっても、一日を穏やかに過ごせそう。

 別に録画してるから、毎回セットしようと思えば出来るのか……天使の寝息だよ。幸せな朝だ。

 遅れて、わたしの寝息も聴こえてきたけど、ノイズでしかない……でも、八乙女さんの寝息と交わるたび、妄想を掻き立てられる。

 夜に聴いたら刺激が強くなりそうで自重するしかなさそうだ。

 八乙女さんと離れたら離れたぶんだけ、想いが強くなってしまった。


 なんで、八乙女さんから逃れらないんだろ? 合唱コンクールが終わった時に思った感情だって嘘じゃない。

 私は八乙女さんを裏切らないし、味方でいようと決めた。そして一番の友達になりたかった。

 

 八乙女さんを知れば知るほど、もっと深みにハマってしまう、深みにハマった分、抜け出すのが苦しい。もがけばもがくほど沼にハマってしまう……

 




    「好きになっちゃった」

    

    『……わたしも……好き』

 

 トゥルン♪



 …………………なに、いまの?…………八乙女さんの声と、わたしのこえ?

 一気に鼓動が速くなる。慌ててスマホを操作し、少し戻して聞き直すと違和感に気づいた。最初は八乙女さんの寝息だけ、途中から私の寝息も入って来る……最後は私の寝息だけになっていた。


 どのへんで八乙女さんは、起きたのか確認したところで意味もない。


『好きになっちゃった』以外の言葉は聞き取れなかった。

『……わたしも……好き』は条件反射かも知れないけれど……私が答えたんだよね? ぜんぜん覚えていない。


 八乙女さんは何を好きになってしまったのか……限りなく0に近いだろうけど……縋りたくもなる……それが、私だったらと……いや、期待するだけ辛くなる。

 

 画面に映るゴミ箱のアイコンをタップした。

 

 

 ……私は、何も聞いてないし知らない。



※3章までお読み頂き、本当にありがとうございます!!皆様には感謝しかありません!!ありがとうございます。

 次章からようやく、ドデカ感情とドデカ感情のドッカンバルトが少しずつ始まります。

 モチベにもなるので、フォローだったり、星やレビュー、コメントなど、よろしくお願いします。

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