第30話 天使の休息
ベッドは違うとは言え、一緒の部屋で眠るとなると八乙女さんが気になって仕方がない。
「八乙女さん、布団大丈夫? 眠れそう?? 」
ベッドから身を乗りだし、床に敷いた布団に入る八乙女さんに声を掛けた。
「アタシ、雑魚寝でも大丈夫だから。ぜんぜん余裕」
「そう。無理だったら言ってね」
「『無理』って、言ったらどうするの? 」
「え? 」
何も考えてなかった。『無理』って、言われると思ってなかったら、あえて『無理』そうだったら言ってね。って、言っただけなのに
布団が無理なら、私のベッドも……幅は大丈夫。でも、八乙女さんの体温や息遣いが近いことを考えると
「ごめん。気にしないで、大丈夫だよ」
「……そう。電気暗くするね」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
薄暗い照明を見つめる……八乙女さんは何を考えてるのだろう?
ストーカーの事があり、そこから私なりに八乙女さんに近付こうと、友達になろうと頑張ってはいる。
今まで、友達らしい友達を作って来なかったから、友達の振る舞い方すら分からない。
「泉さん、起きてる? 」
「起きてるけど、どうしたの? 」
やっぱ、布団は無理。言われたら、どうしよう
「好きな人いる? 」
「えっ? 」
「いや、なんかさ修学旅行みたいな気分だな。って」
修学旅行の時も先に眠るタイプだから、そう言う話を私はしたことがない。
もし、中学の頃に、こう言った話があったなら、私はどう答えただろう。
「いないよ」
「え? 」
「好きな人。いないよ」
いる。でも、それを言えるはずがない。
八乙女さんを『好き』って言ったら、ここまで作ってきた関係は壊れるかも。
恋愛対象じゃないって言われた人に好きって言うのは、怖くて仕方がない。
「そっか。アタシもいない」
心からほっとした。私が無理なら、他の誰とも付き合ってほしくない。
隣にいるのが持田さんや黛さんなら、まだ良いけど、私以外に八乙女さんの隣にいたら嫌だ。ましてや、誰かと付き合うなんて許せない……私の許しなんて必要もないのだけれど。
誰とでも仲良くなってしまう八乙女さんだから……
他の人と八乙女さんの、楽しそうな話し声が聞こえるたび、どうしようもない苛立ちとともに、焦燥感に駆られる。
別グループの子と親しげにいるところを見ると、やりきれない寂しさとともに、疎外感を感じる。
自分が作った、とても脆いのに打ち壊せずにいる透明な壁……
「アタシらに、恋バナは無理っぽいね」
「そうだね」
無理に決まってる。少なくとも八乙女さんだけには。
いつか『好き』って、言える時が来るとも思えない。
好きの重みで、針が少しずつ、心の奥深くに突き刺さってくる感覚に近い。
八乙女さんと過ごす時間は楽しくて幸せなはずなのに、同時に切なさが募っていく……痛みは増すばかりだ。
「次、何話そ? 」
「何でもいいよ」
「泉さん、眠い? 」
「大丈夫」
「じゃあ、次は」
伝えたくても伝えられないから、八乙女さんの話は全部聞くし。どんな小さな変化も見逃したくない。髪形や髪色を変えた、香水を変えた、アクセサリーを変えた、SNSのアイコンを変えた。私が一番最初に見付けたい。
私を守るための、とても小さな小さな私なりの意地。
長い時間、八乙女さんと話した気がする。学校のこと、バイトのこと、持田さんや黛さんのこと。
少しでも共通点を見付けたかったけれど、今までの過ごし方が、八乙女さんとは違い過ぎる。
好きなことも趣味も違う。ミルクティー以外に共通点あるかな? オムライスくらいかも。
「泉さんの、オススメの本教えてよ」
「でも、八乙女さん。読者は好きじゃないって」
「う〜ん。何事もチャレンジかな。強要されたりはしたくないけど、共有とか共感はしたいじゃん」
エアコンを付けたままなのに、体温が上がって来るのが分かる。
「じゃあ。何冊か貸すよ」
「ありがと。夏休みの間に読んでみる! 」
「ミステリーだからね」
「アタシ読解力ないけど、大丈夫かな? 」
「何事もチャレンジだよ」
八乙女さんが読みやすそうな本を頭の中で何冊か浮かべた。
「八乙女さんの、オススメのアニメ教えて」
「無理に合わせなくても良いって」
「無理してない。私も同じだよ」
私だって、八乙女さんの好きなものは知りたいし、その話で盛り上がったりしてみたい。
「ちな、好きなジャンルとかある? 」
「え? 別にないと思うけど。八乙女さんの観てるものだよ」
「あーね。じゃあ、何作か考えておく」
どっちが先に眠ったのかは分からないけれど、起きたのは私が先だった。
時計を見れば10時近くになっていた。こんなに遅く起きたのは久しぶりだ。
何時まで昨日は喋ってたんだろ?
薄手のカーテンレースの隙間を抜けてきた光が、白い絨毯に、ゆらゆらと淡い模様を浮かべていた。
今日も凄く暑くなりそう…………カーテン開けたら八乙女さん起きちゃうかな。
はぁ〜 八乙女さんの寝顔が可愛いを通り越し過ぎて、意味が分からない。素のままで、こんなに可愛いことなんてあるの? 枕が足元に転がってるけど、無防備な寝顔過ぎる。
天使の休息? 眠れる夏の女神?? 語彙力ある方だと思ってたけど、この可愛さを正確に表現する言葉なんてない。
写真撮りたいけど、さすがにマナー違反だよね。
いま、八乙女さんの寝顔を観ていられるのは私だけ。至高の贅沢だ。
どれだけの時間、八乙女さんの寝顔を観察していただろう?
八乙女さんが『んー……』と小さく声を漏らしながら、枕を探しているのか、何度もシーツをパシパシと叩いている。
もう少し下に枕はあるのに、届きそうで届かず、八乙女さんの指先は空振りばかりしていた。
八乙女さんの足元にある枕を拾い、顔付近に近付ける。
八乙女さんは『くふふ』と、声を漏らすと、ニヤけながら枕を引き寄せ、ギュッと胸に抱き締めた。
閉じた瞼の裏側には、今、どんな景色が広がっているんだろう。
いや、さすがに可愛さが有り余る。
頭撫でたい。八乙女さんにハグしたい。ほっぺたツンツンしてみたい。勝手に動き出しそうになる、手を体を、必死に引き止めた。
眠ってるなら頭を撫でるくらい良いのかな? 昨日、公園の時にしてしまったし。
勝手に真琴満足ポイントが貯まったことにして、ヨシヨシしていいのかな?
駄目だ。私、自分でも訳が分からなくなっている。
「……おはよ。泉さん早いね」
色々と迷ってる間に起きてくれて助かった。八乙女さんは、心地良さそうな脱力感とともに、猫のようにしなやかに体を反らせ、眠気を追い払っていた。
「おはよう。眠れた? 」
「うん。グッスリ! 」
「そう。良かった」
「今日も暑くなりそうだね」
「だね」
八乙女さんに、一番最後に『おやすみ』を言えて、八乙女さんから、一番最初に『おはよう』を言われる。
自分がとんでもなくワガママな事に気付いた。
ずっと、これが続いてほしい。




