第29話 ツーショ
八乙女さんが、しっかり掃除でもしてくれたのか、浴室は使う前と同じ状態になっていた。
時間が少し経ってるから、残り香も温もりもなかった。とは言え、ここに八乙女さんが入っていたと思うと、お湯に浸かるのも躊躇ってしまう。
お風呂なんてプライベート中のプライベートだ。
八乙女さんが入っていた。その事実だけで落ち着かない。どんなふうに体を洗うんだろう。二人で入るとしたら……
そんな想像をしては自己嫌悪に陥る。
『友達』の距離感さえも分からなくなってしまう。八乙女さんの髪を乾かしてた時も、最初は小動物を乾かす気分に近かった。
純粋に髪を傷めてほしくなかっただけなのに、触れるたび欲張りになっていく。
白いうなじがドライヤーの熱で、ほんのり赤くなり、汗が滲む……そこに小さいホクロがあるのも、たぶん私しか知らない。
ほかの誰にも見せてほしくない。
ドライヤーの風が目に入るのが嫌だったのか、薄目になる八乙女さんも、猫耳が付いたフードを被る八乙女さんも、くるくると変わる表情の八乙女さんも……可愛いが積み重なっていく。
八乙女さんの事を考えると、幸せな気分にもなるし、辛い気分にもなる。
幸せだと思うのは、私が八乙女さんを今でも好きだから
辛いと思うのは、この好きを、そのまま伝えてはいけないから
同じ事で悩んで、同じ回答に辿り着いて、また同じ事で悩んで。のループから抜け出せない
友達でいたいのに、感情の扱い方が分からない……
シャンプーと同じように、この感情も綺麗サッパリ流れてくれたら良いのに。
浴室から出て髪を乾かそうとするも、ドライヤーを部屋に置きっぱなしにしていたので、部屋に戻る。
中に入ると八乙女さんは、スマホを弄っていた。
「ドライヤー。持って行くの忘れたみたい」
「あっ。じゃあ、今度はアタシが乾かすよ」
「いい。大丈夫」
「まだ泊めてもらったお礼してない」
「別にお礼とか言いって」
「ダメ」
公園の時もだけど、八乙女さんって変なところで頑固だよね。
ムスッと頬を膨らませる八乙女さんも可愛いけど。
「じゃあ。お願い」
「おけ! 任せて。キューティクル増し増しにしちゃう」
さっきとは逆になり、鏡に映る自分を見た。『クールビューティー』とか『クール系イケメン』とか。そんな風に見られているのは知っている。
本当の私は、こんなにも余裕がないのに。
「こういう事って、他の子とかにもするの? 」
私は何を聞いているんだ? そんなの聞いたところで悲しくなるだけ
「え? しないけど、なんで?? 」
「あっ。と……友達とかだとするのかな? って、私、特別仲の良い友達もいなかったし」
「知らんけど、普通はしないんじゃない? 」
『普通』はしない。今してくれているのは、泊めてもらったお礼だから。
緊張してきて、肩や全身に力が入っしまう。
鏡越しでも表情を観られたくなくて目を瞑った。
「今は、アタシがお姉ちゃんやってあげる」
「なに、それ」
「妹だから、やりたかったんだよね。お姉ちゃんっぽいこと」
目を瞑ると、八乙女さんの匂い、手の感触、ドライヤーの音。視覚以外の感覚が鋭くなっていく。
形の良い細長い指先が、首すじや耳元に触れるたびに、ゾクゾクしてしまう。
「っん」我慢してても、条件反射的に声か漏れる。余計に恥ずかしくなって、さっきより強く目を瞑った。
ドライヤーの音が周りの音を遮断し、その熱がまとわりつく。私と八乙女さんの空間が、より密閉されたように感じてしまう。
「終わったよ。キューティクル爆盛り、天使の輪が良い感じ」
「ありがとう」
仕上がりはいつもより輝いて見えた。
私も髪伸ばそうかな。
もっと、この幸せな時間を味わいたい。
「アタシが泉さん家に泊まった記念にツーショ撮らない? 」
「凄い記念だね」
「……ダメ? 」
少し首を傾けて言ってくる八乙女さんの、可愛いの破壊力が凄い。
「撮ってくれたら、アタシはすっごく嬉しい」
八乙女さんって、妹だからってのもあるかも知れないけど、天然の甘え上手なとこあり過ぎる。
強いと言うか。ブレずに真っ直ぐ、突き進むような女の子だと思ってた。実際にそういうとこも多くあるけれど、それと同じくらいに甘え上手なのを知ってしまった。
「良いよ。撮ろ」
小さく「よしっ」とガッツポーズをして、えへへ、とはにかむ八乙女さん。
友達って、こういう事もするのかな?
「ポーズどうしよっか? 」
「八乙女さんに、お任せするよ」
少し上目遣いで考え込むと「クフフ」と、小悪魔めいた笑みを見せた。
「定番のハートにしよ」
「ハート? 」
「そ。アタシ、こっちから作るから、泉さんは反対」
八乙女さんに合わせるように作ってみたけど、恥ずかしさが出てしまう。
みんな、こういう事してるの?
「これは、友達とするの? 」
「ポーズは違うけど、ツーショはするよ」
するのか……八乙女さん、友達多いし、色んな子と撮ったりしてるのかな。
「おっけー!! 観て。良い感じじゃんね」
スマホに映った二人。自分よりも断然、八乙女さんに目が行ってしまう。
あまりにも可愛い。ずっと眺めていたい衝動に駆られる。
「共有しちゃうね」
あとで、一人になった時に観よう。これで、いつでも八乙女さんを見ることが出来る。
「ってか。泉さんの、お母さんって、アタシが泊まるの知ってるの? 」
「連絡して了承は貰ってる。八乙女さんのお母さんからもオッケー貰ってること伝えて」
「そっか。でも、こんな時間まで大変だね」
枕元の置き時計を見れば0時を過ぎていた。適当にテレビを付けてはいたけれど、時間過ぎるの早い。
「午後からの時は、0時過ぎるかな」
「美容師さんって、大変そうだよね」
「お母さんの場合、昔から出張とかも多いからね」
「かっこよ。何処行くの? 」
「技術講習で、アメリカとかヨーロッパもあるし、講演会とか、社会福祉施設で利用者への施術とか。いろいろ」
驚きと感心の混ざった表情なのか、ただでさえ大きい目を、さらに見開く八乙女さん。
「ヤバ! 凄いね。ガチでリスペクト」
「ね。それは、私も本当に思う」
「でも、お母さんいない時、泉さん一人になっちゃうから、寂しいね」
なんで、この人は本当に触れてほしくない所を触れてくるのだろう?
沈黙だけが、私に許された唯一の肯定だった。
「……泉さん? 」
「高校生で一人暮らししてる人もいるし、中学の頃からそうだったし、大丈夫」
「いつでもアタシ来ちゃうよ」
「え? 」
「一人で寂しいな。って、時にアタシが行くよ。ほら、通い妻ってやつ」
「通い妻? 」
「通い。付けなくて良いなら、付けないけど」
「なーんてね」と舌を出し、アハハ。と自嘲気味に笑う八乙女さん。
一瞬だけ、本気にしてしまった。
冗談だとしても、心臓が締め付けられる。
「今度はアタシが料理作るね。泉さんには勝てないかもだけど、こう見えて、アタシも料理出来るんだよ」
「大丈夫、そう見えてる」
「ホントに? インスタントしか作れないと思ってるでしょ??」
八乙女さんがキッチンに立っている所をイメージしてしまう。
エプロン着けて、二人で料理……イメージは膨らむばかりだ。
本当に作ってくれるのかな? 冗談だよね。
「じゃあ。今度、お願いするね」
「今度って、いつ? 」
「いつって。……9月くらいかな」
「おけ! 腕によりをかけて作っちゃうよ」
「また、知らない間に『メルチポイント』貯まったのかな」
「メルチポイント? 」
「え? 貯まったから、料理とかしてくれるのかと思った」
「あ、あーね」
八乙女さん。メルチポイント忘れてなかった? 完全に目がキョトンとしてたよ。
八乙女さんがアグレッシブなのは知ってるけど、今日はやたらと来てる気がする。何か嬉しいことでも、あったのかな?




